@acbh_dmc4
フランチェスコを見送ったヴィエリは、エツィオとの約束の為、南門へと向かっていた。
気分は重く沈んでいる。
エツィオとは決裂する事になってしまった。
だが、ヴィエリはエツィオと一旦別れる前に、兵を連れて戻る可能性があると言い含めてあった。
だからこれは不意を突いて騙し討ちする訳ではない。それに、そんな事をすれば一生己の矜持が傷ついたまま、後味の悪い思いを引き摺る事になる。
「ロベルト、少数の兵を集め、南門の城壁を警護しろ。誰も近寄らせるな」
「……は、どうなさるおつもりで?」
「良いから言う通りにしろ。他の兵はその周囲を警戒させ、決してお前の部下以外、南門には近寄らせるな。そこに居る者を見ても、父上にも、ボルジアにも知らせぬようにしろ」
ロベルトはチラリとヴィエリの顔を盗み見た。
暗く、思いつめたような顔をして、葛藤しているように見える。
今の所はエツィオを騙し討ちするような指示は出していないが、この不安定な様子ではどうなるか分からない。
それでなくとも敵だらけの中に身を置いているのは、今この瞬間、ヴィエリの方なのだ。
ロベルトは少しだけ、目の前の何も知らない少年が気の毒になった。
エツィオという目の前の少年と同じ年頃のアサシンは、有能であり、誰よりも残酷だ。
そして同時に人の心を掴んで離さない、自分よりも二回り以上も年下の少年に、どこまでもついて行きたいと思わされた。
敵の身でありながら、そんなエツィオの魅力に捕まってしまった少年が哀れで、ロベルトは自然とヴィエリに優しく接していた。
テンプル騎士団とやらは、ロドリゴ・ボルジアこそ恐ろしい存在と信じているようだが、エツィオ・アウディトーレの方が余程底が知れない。
ロベルトは、どうかエツィオが慈悲を持って接している内に、アサシン教団の元に下る決意をしてくれたら良いと思った。
「ロベルト、お前は俺についてこい。それから、お前とお前もついてこい」
数人のロベルトの部下を指定した。その瞬間に嫌な予感を覚えた。
ヴィエリはエツィオと決裂するつもりなのだろうか。
最近は賢明になり、他者に対する思いやりも出て来ていたのに。
やはり彼も人を見下し蔑むパッツィ家の一員だというのだろうか。
眼の前を寂しげに歩く少年の後ろ姿を眺めて、小さくため息をついた。
***
約束通り、ヴィエリは南門の物見塔へとロベルトと数人の兵を連れてやって来た。
エツィオは前もって決裂する場合、兵と共にくると言われていたのを思い出し、内心で残念に思っていた。
このまま、ロベルトやその部下たちに俺を捕らえるなり、殺すなりの命を下せば、窮地に陥るのはヴィエリの方だ。
だが、その方が無理矢理拘束して連れ帰ることが出来るし、彼の心情にとっては良いのかもしれない。
しかしヴィエリは直ぐにエツィオを捕らえる様には指示せず、兵達に離れて周囲を警戒するよう言いつけると、エツィオの目の前まで進み出て、他の誰にも聞かれないような声量で最後通告をした。
「俺は家族を裏切れない。父上からお前を殺すようにと指示された。モンテリジョーニの手勢と兵力を考えると、今夜お前を殺しておいた方が良いと判断した」
「お前の家族は父親だけと言うつもりか?母は、妹は家族ではないのか?」
「……父上は、母上も妹も既に殺されたと言っている。だから、俺の今の家族は父上だけだ!」
ヴィエリも、本気で母と妹が死んでいると思っているわけではないだろう。
だが、必死に父親を庇うヴィエリの決意は、どうやら揺らぐことはないように見えた。
この様子では、無理矢理ヴィエリをモンテリジョーニに連れ帰ったとしても、どうにか裏切ろうとするだろう。
納得できないと言った顔をしているエツィオに、ヴィエリは罰の悪そうな顔をしつつ、更に言い捨てるように恨み言を言った。
「お前、口では俺を友人だと言いながら、俺に隠し事ばかりじゃないか。予言者だって?笑わせるな」
「……ボルジアから聞いたのか?」
「そうだ。お前からでなく、お前達の敵の長からだ!」
憎々し気に吐き捨てる様に言う。
事実かはどうあれ、エツィオの最大の秘密を本人以外の口から聞くのは、今の彼には我慢ならない事なのだろう。
しかしエツィオは動揺するでもなく、ヴィエリをじっと見据え、そしてよく言葉を選んで語り始めた。
「…正直、ボルジアが何を以て俺を“予言者”と言っているのかは分からない。それが写本に記された者の事を差しているのか、それとも言葉通りの意味なのか」
「ボルジアはお前には未来が見えていると言っていた」
ヴィエリの言葉に、エツィオは僅かに目を見開いて驚き、閉口した。
どの程度の事をボルジアに把握されているのか、やはり侮れない強敵であるとエツィオは警戒を強めた。
テンプル騎士団にとって、未来を掌握されている事がどれほど危機的状況であるか、分からない訳ではない。
ボルジアは狡猾な男であるから、エツィオを始末する為、きっとあらゆる手段を講じるのだろう。
これからはより一層警戒を強めて動かねばならない。
だが、ヴィエリと敵対するにしても、この溝を少しでも埋めてやらなければ、どちらも後悔する事になりそうだ。
エツィオはヴィエリに真摯に向き合おうと己の秘密を話す事にした。
「……お前には正直に言うよ。確かに俺は未来に起こる事を知っている」
真剣な顔でエツィオが肯定すれば、ヴィエリは息を飲んで更に問いかけた。
「だから俺に近づいたのか?」
「いいや、最初はお前に関わるつもりはなかった。本来ならばお前とはテンプル騎士団やアサシンとは関係なく、敵対関係だったんだ」
アニムスでの記憶で今までの起こるべきだった事や、フランチェスコが何のためにフィレンツェに戻ったかを話して聞かせれば、ヴィエリは半信半疑といった体で聞いていた。
また、フランチェスコが牧師にヴィエリの事を相談し、気にかけていたことも話すと、ヴィエリは少しだけ動揺を見せた。
複雑そうな顔をしてエツィオの話を聞くヴィエリに、流石にヴィエリ本人とフランチェスコの最期の事を告げるのは憚られた。
だが、ここまで話してしまえば、自ずとどうなるかは勘づく。
ヴィエリに父親と己の結末を話すよう言われて、エツィオは様子を伺うようにして正直に話した。
「とてもじゃないが信じられない」
「そうだろうな。こんなことを急に言われても、いきなり信じられる者なんか居ない」
「だが、嘘をついている風でもないし、我々の計画がバレている事は分かった。お前が俺の父上を殺すと言うのなら、俺はお前を止めなければならない」
断固としたヴィエリの断言に、エツィオは硬い表情で尋ねた。
「俺を殺すって言うのか?」
「お前だって俺を殺すつもりだったんだろう?どの道、ボルジアも父上も、お前を始末するようにと仰せだ。俺はその命令に背くことは出来ない」
ヴィエリは突如として大きな声を上げて人を呼んだ。
ロベルトからなる番兵が何人もこちらに集まった。
勿論、アサシン側の密偵をしているロベルトが集めた兵は、全員アサシンだ。
エツィオは注意深く事の成り行きを見守っていた。
だが、ヴィエリはロベルトにエツィオの抹殺を指示するでもなく、兵の持つ武器を渡すよう指示すると、一つの剣をエツィオに向かって差し出した。
自分も同じ武器を手に取り、それから兵を下がらせる。
円形になっている南門の見張り台で、まるで訓練場にでもいるように二人は対峙していた。
そして、ヴィエリが戸惑うエツィオに剣を向けると、寂しげな顔をして呟いた。
「……エツィオ、父上には、俺だけなんだ」
そして、目の前の宿敵をきつく睨みつける。
そこには一切の甘さはなくなっていた。
だが、彼から感じるのは憎しみでもなく、エツィオを蔑む気配は一つもない。
その事から、エツィオはヴィエリの言ったことの意味を考えた。
―――フランチェスコには、ヴィエリしかいない。
ヴィエリは先ほど、母や妹はもう死んでいると、そうフランチェスコが言ったのだと俺に伝えた。
それは、父親がヴィエリ以外の家族を見捨てたことを意味しているのだろう。
だが、家族は無事だ。エツィオの居るアサシン教団の元にいる限り、彼女たちが殺される確率は低い。
対して、もしヴィエリがアサシンの元に下れば、父親は確実にボルジアによって処刑される。
少しでも家族皆の延命を図るなら、今父親を裏切る訳にはいかなかった。
「ロベルト、お前にこの決闘を見守って貰いたい。エツィオ、俺と正々堂々勝負しろ!」
ヴィエリは決意の乗った鋭い眼光でエツィオを睨みつけると、すっと剣をエツィオの心臓を指し示す様に真っ直ぐに構えた。
暫しにらみ合いが続く。
エツィオは何も答えられないまま、途方にくれたような顔をしてヴィエリを見つめていた。
埒が明かないと思ったのか、ヴィエリは大きな雄たけびを上げると、力任せに掴んだ剣を振り上げて切りかかった。
剣など初めて握ったとでも言わんばかりの、拙い剣裁きで、滅茶苦茶に振り回し、ひたすら切りかかる。
素人特有の軌道の読めない剣を避け、時には弾いてなんとか説得しようと試みた。
だが、エツィオの言葉を遮るようにヴィエリは叫んだ。
「お前達アサシンに矜持があるように、俺にだって譲れない矜持がある!俺がこのままテンプル騎士団に居て、お前と敵対っ…しようが、お前の提案を飲もうがっ、どちらにしろ俺の矜持は……傷つくことになる!」
ヴィエリの剣が、エツィオの頭上に振り下ろされる。
綺麗な一刀だが、エツィオは手に持った剣で弾くと、よろけたヴィエリから飛びのく様に距離を取った。
肩で息をしているヴィエリが、一向に反撃しようとしないエツィオを睨みつけ、呼吸を整えてから叫ぶように言った。
「友として、お前を殺す!それが俺の答えだ!」
テンプル騎士団としては真っ直ぐすぎるその答えに、エツィオは瞑目して剣をグッと握った。
構えを取るヴィエリに向き合う。
ヴィエリは本気だった。
目は血走り、鬼気迫る形相で本気でエツィオを殺そうと剣を振り回す。
何度か攻撃を受け流す内に、軌道を読めるようになってきた。恐らく、エツィオが本気を出せば一瞬で勝負がついてしまう。
そんな簡単に手を下していいのか、まともにやり合うには実力差があり過ぎて本気で向き合うことが出来ない。
「お前も本気で俺を友と思うなら、本気で剣を取れ!でなければ俺は、お前を軽蔑する!」
「軽蔑されても、生きていれば何とでもなるだろ!今である必要はないはずだ!」
「俺が生きている限りっ、お前に敵対してもか!今俺を取り逃がし、お前の父や母を俺が殺してもそう言い切れるか!」
ヴィエリは体力の限界を超えて剣を振るっているのか、鼻血が一筋滴り顎を伝っていた。
ゼイゼイと疲労から苦しそうな息をしているのに、それでも剣の勢いは衰えず、これでは自ら体を痛めつけているに等しかった。
打ち込まれる出鱈目な剣を受け流し続けていたが、力の限り打ち込まれる為、徐々に腕が痺れ始めた。
いくら剣の腕があっても、こうも防戦が続けば、狂人相手に押されるようになる。
そして、なんの奇跡か、ヴィエリの剣がエツィオの左手の甲を掠め、ザックリと傷をつけた。
力任せの一撃を受け、手の中の剣が汗と自らの血で滑り、慌てて持ち直そうとしたのと、ヴィエリの足が縺れ、体制を崩したのは同時だった。
ヴィエリが倒れ込んだ先にはエツィオの剣が突き付けられ、まるで吸い込まれる様にヴィエリの胸に剣が突き刺さった。
「ヴィエリっ!そんな!!」
エツィオに被さるように倒れ込む。
崩れ落ちるヴィエリを支え、仰向けに抱き留めてからロベルトの方へ振り向き、「医者を呼んでくれ!」と焦ったように命令した。
ロベルトは二人に駆け寄り、ヴィエリの状態を確認してから、俯いてエツィオに首を振った。
「エツィオ様、これでは…もう……」
「分からない!大丈夫かもしれないじゃないか!酷い怪我から生き残った者だっているんだ!」
ヴィエリの体を抱え、突き刺さった剣を抜く事も出来ずに狼狽える事しか出来ない。
そんな取り乱しているエツィオを見上げて、ヴィエリが呆れたように小さく笑みを浮かべた。
「お前は、とんだ甘ちゃんだな……そんなんで、アサシンとして、やって行けるのか……」
「ヴィエリ、俺は……すまない。すまない!!こんなはずじゃ……」
「ほんと、に……最悪だ……相手にもされず、こんな風に、終わるなんてな……」
ゴボリとヴィエリの口から大量の血が吐き出される。
そして、うつろになった視線を瞬かせて、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「もし違う時代に出会っていたら……お前とは、本当の友に……なっていただろう、な……」
エツィオはヴィエリのその言葉を聞いて、一気に体温が下がった。
流れはどうあれ、ヴィエリはデズモンドの記憶の通りに命の灯火を消そうとしている。
そして、決死の覚悟でぶつかって来た不器用な少年を、エツィオはまともに向き合ってやる事すらできなかった。
「違う、違う!もう、友じゃないか!俺達は……」
叫ぶようにそう言った途端、ヴィエリはもう一度小さく笑い―――事切れた。
開かれたままの瞳は、光を失い、もう何も映す事はなかった。
ゆっくりと熱が失われていく友を抱えながら、呆然としてその寂しそうな顔を見下ろす。
二人の姿を、悲し気に見守っていたロベルトがエツィオの肩を叩くと、我に返ったようにヴィエリの亡骸を地に下ろし、瞼を優しく閉じさせた。
「Requiescat in pace...」
まるで懺悔するようにそう祈りを捧げ、エツィオはその場で友を弔う為、ロベルト達に指示を与えた。
ロベルトがパッツィ軍を説得している間、エツィオは数人のアサシンたちとともにヴィエリの亡骸の横で佇んでいた。
もし、サン・ジェミニャーノが開放されたならば、彼の家族と共に、ヴィエリを弔ってやらなければと考える。
フランチェスコが既に動き出したことなども報告しなければ、と今後のことを纏めていた。
すると、一際強い風が吹き抜けた際に、ヴィエリの腰元から丸められていた羊皮紙が転がり出てきた。
エツィオは無感情にそれを拾い上げて確認すると、その古い羊皮紙はアルタイルの書き残した写本の一つだった。
小難しい記号や、アラム語で書かれている文字の一部を読み進めると、それはどうやら武器の設計図のようだった。
ずっと探し求めていたブレードに関するものだと理解すると、エツィオはチラリとヴィエリの亡骸に目をやった。
そういえば、アニムスでのエツィオは、ヴィエリを暗殺した後、レオナルドに毒のブレードを作って貰ったのではなかったか。
そして、驚くほどに軽く丈夫な小手も。
(これは、形見になってしまったな……ヴィエリ、救ってやれずにすまなかった)
無言で写本を丁寧に纏め、腰のポーチに仕舞う。
まるで、ヴィエリからの餞別だとでも言うように見つかった写本を、エツィオはポーチの上から力強く握る。
程なくしてパッツィ軍の数名を連れてきたロベルトに、これからはアウディトーレ家がサン・ジェミニャーノの統治をし、しばらくの間はロベルトがその代行することを告げた。
もっと説得に難航するかとも思っていたが、さしたる混乱もなくそれらを受け入れたパッツィ軍は、ロベルトの指揮のもと、街に残るテンプル騎士団の検挙に出ていった。
そして運ばれていく友の遺体を見送ってから、エツィオはモンテリジョーニへと帰還すべく、馬に跨った。
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