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エツィオに生まれ変わったデズモンドは、平穏な人生を歩みたい

全体公開 9904文字
2021-03-30 15:12:31

第5話「せめて安らかに」

Posted by @acbh_dmc4

エツィオは重い気持ちでモンテリジョーニへと戻って来た。
ヴィラへと着くと、マリオとパッツィ家の者達を集めて貰い、ヴィエリが死んだ事を告げた。
パッツィ夫人とヴィオラは酷く怒り狂い、控えていた傭兵に抑え付けられながらも、エツィオへの怨嗟を叫び続けていた。
エツィオはその罵倒を静かに聞いていた。自分の家族が殺されれば、自分とてその元凶となった相手を恨み、一生許す事などできないだろうから。
そしてヴィエリを殺すことは想定していたが、あのように彼を死に追いやるつもりはなかった。

痛みをこらえるような顔をして恨み言を受け止めているエツィオを、マリオは心配してパッツィ家の者を退出させてから二人で話せるようにした。
マリオは最後の一人が退出するのを見届けると、ボンヤリと皆が出て行った扉を見つめ続けるエツィオの視界を遮るように進み出て、彼の肩を揺らして声をかけた。

「エツィオ、大丈夫か?」

呼びかけに初めて気付いたように顔を上げ、マリオを見つめる。
酷く傷ついたようなエツィオの表情に、マリオは胸を痛めた。

一先ず、任務後で疲れているだろうエツィオに椅子を勧め、落ち着ける。
そして自ら口を開くまで、マリオは辛抱強くエツィオの言葉を待った。
暫くの沈黙後、意を決したようにエツィオが口を開く。その声色は落ち着いてはいるものの、悔いが感じられた。

「俺は、ヴィエリに向き合ってやることが出来ませんでした」

ヴィエリに剣を突き刺したのは事故のようなものだった。
敵でありながら、真っ直ぐにエツィオに対して己の正義を貫き、果敢に立ち向かってきた友。
実力差があり過ぎたからだとか、まともにやり合えば酷く傷つけてしまうからなんて言うのは、彼の覚悟の前では理由にならない。
最後の最後までヴィエリに対して真摯になれなかったことが、彼の心を悩ませていた。

「中途半端に手を出して、ただ無暗にヴィエリを苦しめただけでした。父上達と同じように、本気でアイツの運命も変えてやろうと接していれば……
「うぬぼれるな、エツィオ。全て救う事など叶わぬものだ」

叱責するようにマリオに窘められると、エツィオはその言葉に顔を上げた。
いくらアニムスでの体験やデズモンドの精神を受け継ごうとも、エツィオはまだ16歳の若造で、本格的な任務すら最近請け負うようになったばかりだ。
技術だけとってみれば手練れのアサシンでも、こうして窘められるとまだまだ自分は未熟な子供なのだと実感する。
エツィオは長いため息を吐き、マリオに言われた言葉を噛み締める様に頷いた。

「今は心の整理をするのが優先だろう。ゆっくり休め。明日、パッツィ家の者はサン・ジェミニャーノへ送る」
「はい。父上。有難うございます」
「エツィオ、お前に助けられた者は多い。それを忘れるな」

エツィオはマリオの励ましに力なく微笑むと、礼をして部屋から退出した。

部屋に戻る途中、すれ違った使用人に風呂を頼み、身を清め、着替えを済ませてからベッドに潜り込んだ。
意識は冴え渡って、眠れる気分でもなかったが、無理でも目を閉じて眠る努力をした。
グルグルと頭の中をヴィエリから言われた言葉達が巡る。家族の為に己の命を投げうった勇敢な友に、申し訳なさが募る。
そうして悔やむ事はヴィエリを冒涜している事だと分かってはいるが、エツィオは心に深い蟠りを感じていて抜け出せないでいた。

ずっと悶々としていると、部屋の入り口付近に人の気配がした。
安全な我が家だとしても、自然と息を殺して耳を聳て様子を伺ってしまう。遠慮のない、来訪を告げるかのような足音と、梯子を登る気配から、家族の誰かが訪ねてきたのだと分かった。
ドアなどはないから、来訪者は壁を叩いてエツィオに声をかけた。

「エツィオ、寝ているのか?」

薄々感づいてはいたが、その来訪者はフェデリコだった。
おそらくマリオから話を聞いて、心配して来てくれたのだろう。だがエツィオは今は誰とも話をしたくない気分だった。
無駄だとは知りつつ、無言で寝たふりを続ける。しかし普段からあまり空気を読まない兄は、無遠慮にエツィオに声をかけた。

「飯を持って来た。寝ているならちょっと起きろ」

フェデリコは返答が返されずともお構いなしに部屋に入り、エツィオの横になっているベッドへと腰かけた。
慌ててシーツに頭からもぐり込み、ベッドに完全籠城しようとするが、問答無用でシーツを引き剥がされてから顔を覗かれた。
お道化たように片眉を上げて、怪訝な顔で人の顔を観察するフェデリコが憎たらしくなる。

「なんだか、初めて任務で人を殺したような顔してるな」

フェデリコの言葉に無性に腹が立ち、無言でシーツを取り返そうと引っ張る。しかしガッチリと掴まれていて、返してもらえる気配はない。
じゃれ合う気にもなれず、どう見ても拗ねているように見えるだろうが、これ以上反応しようものなら長引きそうな気配を察して、フェデリコに背を向けた。

「食事は要らない。それより、一人にしてくれないか?」
「お前でも凹むんだなぁ。なんだかそういうお前を見れて安心したよ」

何処か嬉しそうにそう言うフェデリコに、エツィオは内心で酷く苛ついていた。
口を開けば八つ当たりしそうで、言葉を飲み込み、ギリリと奥歯を噛む。
そんな様子を見かねたように、フェデリコはエツィオの体にシーツをかけてやると、ポンポンと子供の寝かしつけでもするようにシーツを軽く叩いた。
暫し沈黙が落ちるが、やはり兄が部屋を出ていく気配がない。
意固地になって背を向け続けるが、フェデリコはやはりマイペースに話し始めた。

「エツィオ、俺は一足先にフィレンツェに戻ることにした。伯父上からお前の報告を聞いたからな。父上の代わりにロレンツォ殿に張り付かなきゃならない。そこで、マスター・アサシン殿に助言を賜りたいんだが今は都合が悪いか?」

今後の任務報告のようなものをされれば、渋々でも反応せざる負えない。
もそりと鈍い動きでフェデリコの方に体を向ければ、フェデリコが目を丸くしてエツィオを見つめた。

「うわ、お前本当にひっどい顔してるな。やっぱりなんか食った方が良い。ほら、口開けろ。お兄さまが食べさせてやる」
「ほっといてくれ。今そんな気分じゃないし、都合が悪いので出てってくれ!」
「俺が素直に言う事聞く男に見えるのか?いつだって可愛い弟にちょっかい掛けたいんだ、俺って男は。ほら」

フェデリコは無理矢理ちぎったパンをエツィオの口に突っ込むと、楽しそうに笑った。
仕方なくもそもそと味のしないパンを噛み締め、そして上体を起こす。
一口パンを食べれば思い出したように空腹を感じ、もっと寄越せと言わんばかりに腹の音が鳴った。
現金で素直な自分の体に憮然とした顔になれば、フェデリコは笑いをかみ殺してエツィオの膝の上に優しくトレーを置いた。
トレーに載せられているカトラリーからスプーンを取ってスープを飲む。体の芯から冷え切っていた気がしていたが、食事を摂るにつれ徐々に熱を取り戻していった。
食事が終わった所で、エツィオは少し気分が上向いてきたのでフェデリコと話をする余裕が生まれた。
恐らく目的を達成しない事にはこの兄はエツィオを放っておいてはくれないだろう。エツィオは先ほどの話の続きを促す事にした。

……いつフィレンツェに戻るんだ?」
「明日か明後日には向かう。他の皆は父上が全快したら一緒に戻るって話だ」
「そうか」
「父上が心配してたぞ。帰って来て顔も見せないまま直ぐ寝室に籠るから。まぁ、伯父上がお前をそっとしておいてやれと皆に言って回ってたからな。事情は知っている」

フェデリコとて子細に事情を聞かされているだろうに、マリオの助言を無視してわざわざ様子を見に来たという訳だ。
昔っからエツィオの事に関しては首を突っ込みたがり、兄貴然としたがる。いや、フェデリコは正しくエツィオの兄なのだが。

……父上には明日お伺いするよ」
「ああ、そうしろ。それから、お前は何でも一人で抱え込み過ぎる」

フェデリコが優しく頭を撫でてくれる。
エツィオは伺うようにフェデリコを見ると、フェデリコは心配そうな笑みを見せて「もっと頼れ、家族だろ?」と続けた。
兄の思わぬ気づかいに、凍り付いていた心が優しく解れていく。

「なんだよ。その心底不思議そうな顔は」
……いや、意外だなと思って。なんかまともなこと言うし。お前、本当にフェデリコか?」

そんなエツィオの珍獣でも見るような視線に呆れたように目を細め、意趣返しにぐりぐりと髪の毛をかき混ぜられた。
鳥の巣状になった髪を撫でつけていれば、フェデリコから呆れた様に突っ込まれる。

「お前、俺の事なんだと思ってんだ?」
「頼りになるお兄さま?」

冗談めかしてそう言ったが、それは紛れもなくエツィオの本心だった。
記憶の所為で幼い頃からフェデリコを子ども扱いしてしまう事もあったが、こうしてちょっかいをかけてくれるお陰で、本当の子供の様に、エツィオを弟にしてくれた。
いつだってエツィオが周りと打ち解けられるように、先頭に立って腹芸をしてくれていたのだ。
人懐っこい彼は、お家の確執がどうとか、そういうものを無視して周りと打ち解け、人望を集める才能がある。
あのヴィエリ一派にだって、揶揄い交じりではあったが、気さくに輪に入って談笑していたくらいだ。


―――そしていつだったか、あのヴィエリすら揶揄って、子供の様に3人で街中を駆け回った事だってあったっけ。

エツィオはホロリと一つ涙を零した。
まるでその涙がきっかけとなったように、フィレンツェで過ごした日々が走馬灯のように思い出された。

出会いこそアニムスでの本来の最悪な展開だったが、話してみればなんてことの無い不器用な子供だった。
何故かエツィオを気に入ったらしく、街で見かければ絡んで来たヴィエリ。
文句を言いつつもエツィオの言う助言に耳を貸し、渋々手紙の下書きを直していた。
学園に通えば、ひっきりなしに声をかけて来て、馬鹿な事を言えば窘めてやると、拗ねながら何処か嬉しそうにしていた。

そして、兄とクリスティーナを取り持ってしまう結果になったのに、エツィオの任務後に危険を承知でフィレンツェから逃げる様に忠告に駆けつけてくれた。

短い間だったかもしれないが、いろんな思い出が蘇る。

ポロポロと零れ落ちる熱い雫が、頬と握りしめたシーツを濡らしていく。
フェデリコはそんなエツィオの頭を引き寄せて泣き顔を隠してやると、ただ傍に居てくれた。

……こんな、泣くなんて思ってなかった」
「親しい友人を亡くせば普通は泣くもんだ」

ポンポンと背中を撫でられる。
アニムスの記憶の中では共に戦ってきた嘗ての味方を処理したことだってあった。
だがこうして実際に己の手で命を屠るのは、友になれたかもしれない男を死なせてしまった喪失感は想像以上に苦しかった。
相手にも家族が居て、良き未来の為に戦って苦しんで、そして生き残るには殺すしかない。
そんなことは嫌というほど分かっていたのに。

エツィオは心の中でただひたすらヴィエリへの謝罪をし、いつの間にか眠りについた。



****



翌朝、肌寒さに目を覚ますと、フェデリコに殆どシーツを取られ、ベッドからずり落ちかけていた。
それなりに広さのあるベッドだが、豪胆な兄は一人大の字で真ん中に寝ており、エツィオを蹴飛ばして端に追いやっていた。
フェデリコは心配してエツィオが眠りについた後も一緒に居てくれたのだろうが、こうなってくると大迷惑である。
幸せそうに寝ている兄へ意趣返しに軽く頭を叩いてみるが、起きる気配はない。
仕方なくエツィオは着替えを済ませ、少し早いが階下に食事の催促をしに降りて行った。

本日もスケジュールは詰まっている。
パッツィ家をサン・ジェミニャーノへと送り、自分も葬儀とその後の対応に回らなければならない。
一人食堂で朝食を摂っていれば、母マリアが通りかかり、ジョバンニが呼んでいると伝えてくれた。

急いで朝食を終え、ジョバンニの寝室へと向かう。
軽くノックをしてから入室すると、ジョバンニはエツィオの顔を見て安心したように微笑んだ。


「父上。昨日は顔を出さずにすみませんでした」
「いいや。大体の話はマリオから聞いた。辛かったな」

大分心配させてしまっていたようだ。
思慮深い父親の顔を暫し眺めて、エツィオは思い切って訪ねてみる事にした。

「ヴィエリとは、友人というには薄い関係でした。なれるかな、程度で正直今回の偵察でも、決裂する事は目に見えていました。彼は父親を心から慕っていたし、俺が同じ立場だったとして、恐らく敵の手は取らないでしょう」
……そうだな」
「でも、俺は最後の最後までヴィエリとまともに向き合う事をしませんでした。真剣勝負を持ち掛けられてもただ躱すだけ。最後には事故の様に向こうが俺の剣の上に倒れ込んで……俺は、やはりヴィエリに関わるべきじゃなかったんですよね?」
「それは分からない。確かに出会いを悔やむ事も時にはあるだろう。だが、フィレンツェで見たパッツィの息子は、お前と出会ってとても満足そうな顔をしていた。結果は残念だったかもしれないが、その友情は無駄ではない」

ジョバンニの言葉に、エツィオは頷く。
昨夜、フェデリコのお陰で、友の死に涙を流せたお陰か、少しだけ己の感情を飲み込めたような気がする。
エツィオはいつもの調子を取り戻して報告をつづけた。

「これから、サン・ジェミニャーノへ向かおうと思います」
「葬儀に出るのか?」
「ヴィエリの家族は、俺の参加を快く思わないでしょうから、遠目に見守ろうと思います。昨日、別れは済ませましたが、俺には責任があります」
「そうか。くれぐれも、気をつけるのだぞ」

ジョバンニに別れを告げ、モンテリジョーニの壁門へと向かう。
見送りにマリオやフェデリコが顔を出し、厩で馬を借りてから出立の挨拶に暫し立ち止まった。
昨夜フェデリコからフィレンツェへ戻ると言われていた為、フランチェスコの動向だけ告げておかねばならない。

「フェデリコ、恐らくフランチェスコは教皇の後ろ盾が得られるまでは動きを見せないだろう。そしてその援軍の規模は大きい。フィレンツェのテンプル騎士団の兵の動きや武器の動きを監視してくれ。場合によってはモンテリジョーニからも援軍を出す」
「だが今回の襲撃はフィレンツェに居るメディチ軍だけでも勝てるんだろう?」
「まぁな。フランチェスコの遺体をシニョーリア宮から吊るし、士気を下げる事が出来ればこちらが勝つ。効果的な方法だが、死者を冒涜すれば同時に悪名もついて回る。俺はあの後マリオ伯父上にこってり絞られた」

具体的な所業を話せば、フェデリコは目を白黒させて「……最終手段にしておく」と言った。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂であるミサでの暗殺までにはまだまだ時間がある。
デズモンドの記憶が蘇ってからというもの、アニムスでの体験よりは時期が早まってはいるが、それでも教皇の説得やミサの時期は1年以上は先だ。
当日の主要な実行犯の名前は既に伝えてあるため、後はその者たちを監視し、対策を講じればいい。
エツィオは気をつけるようにと念押しして、出立の挨拶を済ませると馬を飛ばした。



サン・ジェミニャーノへと辿り着くと、元パッツィ軍を従えたロベルトが迎えてくれた。
ヴィエリの葬儀は無事に進行しており、家族は悲しみに涙を流し、ヴィエリの棺に縋り付いているのを入り口から見守った。
沈痛な面持ちのエツィオを心配し、ロベルトが声をかけるが、最期まで見守らなければとその場に留まり続けた。

告別式を終えて、パッツィ家はエツィオの用意させた住居へと案内されていった。
ヴィエリが使っていた屋敷をそのまま二人に与え、今後の生活の支援なども行う事は決まっていた。
悲しみに肩を落とし、涙にくれながらも気丈に従う二人を見送った後、ここまで尽力してくれたロベルトへ改めて礼を言った。

「ロベルト隊長。有難う。大分世話をかけたな」
「いいえ。これくらい。エツィオ様の心痛に比べたらなんてことありません」
「ああ。それと、夫人達は暫くここで生活してもらおうと思っている。モンテリジョーニは俺が居る限り戻りたくはないだろうし、フランチェスコがフィレンツェに向かったから、そこに戻してやることも出来ない。それから、ヴィエリの死を知ったら、フランチェスコがこちらに向かうかもしれない。二人の監視はしっかり頼む」

ロベルトは神妙に頷くと、エツィオの指示のもと、数人のアサシンを連れてパッツィ家の者達の元へと赴いた。
テンプル騎士団と内通しないよう、使用人に扮した弟子を監視役に宛がうのだ。
サン・ジェミニャーノに潜伏していたテンプル騎士団は拘束または暗殺したため、直ぐにヴィエリの死が伝わる事はないだろうが、息子の死を知ったフランチェスコが何を仕掛けるか分からない。
暗躍するパッツィ一味を始末しない事には気は抜けない。
それが、残された家族の恨みを買うとしても、やらなければならない。

その日から、モンテリジョーニの彼女たちの荷物やら生活物資を運び込むため、その監督の為にエツィオはモンテリジョーニとサン・ジェミニャーノへの往復が続いた。
サン・ジェミニャーノの兵の練度や、その中でアサシンとして才能のありそうな者たちを見極める為に試合なども行い、自ら指導をする。
またもモンテリジョーニに居る家族を構ってやれない事に心痛もあったが、フランチェスコやヤコポ・デ・パッツィがいつサン・ジェミニャーノへ報復に来るか分からない事もあって、これは急務だ。

そうして忙しい毎日を送っていたある日、なるべくパッツィ家の子女達とかち合わないようエツィオなりに気を使って動いていたが、意外な事に向こうから訪問があった。
兵達の訓練を指導している最中、ロベルトがエツィオを呼び出し、ヴィオラが話をしたがっている事を伝えた。
兵にはある程度下がって貰い、エツィオはヴィオラと数日ぶりに向き合った。
いつもであれば気の強そうな快活な少女だったが、ヴィエリの死後、少しだけやつれたように思う。
気まずい空気が流れる中、エツィオは恨み言位ならいつでも受けようと、彼女に問いかけた。

……ヴィオラ、どうしたんだ?」

顔色が悪く強張った顔でこちらを睨んでいる少女に向き合う。
目の前に居る兄の敵に面と向かうのは相当に辛い事だろう。
エツィオはあまり刺激しないよう、控えめに彼女の出方を窺った。

「昨夜、お兄さまの部屋でこれを見つけたの。でも、勘違いしないで。私は、貴方の事は絶対に許せない。確かに、とても仲がいい兄妹とは言えなかったけれど、私の家族を殺した者に掛ける情など無いわ!」

ぶっきら棒に渡されるその手紙は蝋封が剥がされており、ヴィオラが先に内容を確認したのだろう。
エツィオはそれを恭しく受け取り、そっと手紙を取り出して中身を確認した。



『エツィオへ

こう何度も手紙を寄越されると迷惑だ!俺とお前はフィレンツェで敵になる事を承知した筈だ。
戦いたくないなんて、そう言うなら俺たちの仲間になればよかった。

だが、そうしたとしても父上が本当の意味で納得するとは思えないから、どの道こうなる運命だったのかもな。
父上はアウディトーレ家に関わる者が全て気に食わないのだから。

父上にお前を殺せと命じられた。
だが、俺はそれが最善だとは思えない。もう、何が正しいのか分からなくなった。
お前なら、こういう時どうすれば良いのか、正しい道を選ぶことが出来るのか?
お前が俺だったら……最近ずっとそんな事を考える。

でも、俺はお前の事が許せない。
お前がクリスティーナの事で俺を裏切ったからじゃない。
お前にとってもお前の兄貴とあの女がくっついたのは予想外だったんだって、お前の動揺した姿を見ればすぐに分かった。

本当はお前がクリスティーナの事を好きだったんだろう?
俺だって、お前があの女の恋人になるんだったら、祝福してやらなくもなかった。
それなのにお前は俺に何も言わないから、それが腹が立つんだ。

本当の友なら、俺に言うべきだった。
そうしたら、俺だって協力位してやった。

だから、これで最後だ。
もう手紙は送って来るな。


ヴィエリ・デ・パッツィ』


ヴィエリからの手紙を折りたたむ。
きっとこれは、エツィオが何度かヴィエリに投降するよう情に訴える手紙を出していた返事なのだろう。
一度も返事が来た事はなかったが、エツィオが自らサン・ジェミニャーノのヴィエリの元へ訪れなければ届いていたのかもしれない。
手紙を読んで、やはり自分はヴィエリに不義理ばかりしてしまったのだと、そう痛感した。


「お兄さまを説得してくだされば良かったのに。無理矢理連れてくる事位、貴方なら出来たのでしょう?」

ヴィオラの非難の声が突き刺さる。
返す言葉もなく、エツィオは黙り込んだ。

……本当に、貴方は肝心な事は話してくださらないのね」

傷付いたような顔でヴィオラがエツィオを見つめる。
その面差しは、やはり兄妹というべきか、ヴィエリに似ていた。

「お兄さまの最期をロベルトから聞いたわ。立派な最期だったって。でも、死んでしまったらお終いよ。私とお母様を本当に想うんだったら、立派に死ぬより惨めでも生きていてくれたら良かったのよ」
……すまない」
「本当よ!貴方がお兄さまを連れてきてくれれば、私達で説得したわ。それなのに……お兄さまは、」

ヴィオラの両目からは涙が溢れ出し、しゃくりあげるのを堪える様に俯いて、エツィオから体を背けた。
どう声をかけても彼女の慰めにはならない。
暫く震える肩を眺めて居ると、ヴィオラは憎しみの籠った声で詰まった。

……貴方はお父様も狙っているのよね。お父様たちが大きな組織に加盟しているのは知っているわ。貴方は、悪魔よ……
「理解してくれとは言わない。だが、ヴィエリと約束したんだ。貴女達を無事に保護すると。……だが、いつか貴女達をフィレンツェに戻すと約束する。その為に、支援も続ける」
「そんな事望んでないわ!お父様を見逃しなさい!それがヴィエリと私達の望みだわ!」
「厳しい事を言うようだが、俺達がフランチェスコの命を見逃したとしても、恐らく法に捌かれるか、仲間に消されるだろう」

残酷な事実を告げると、ヴィオラは駄々を捏ねる子供の様に取り乱して、エツィオに叶わぬ願いを叫んだ。

「それなら保護して!」
「抵抗し、裏切ろうとする人間を無限に保護できる訳ではない。貴女達が今無事なのは、俺が無理を通したからだ」

本来なら監視付きだとしても、こんなに自由に過ごす事が出来る立場ではない。
人質として、牢に入れるか良くて屋敷に軟禁だ。だが、エツィオはそのどちらも取らなかった。

「感謝しろとは言わないが、貴女達は敵に捕らわれているのだ。これ以上の慈悲を施す事は出来ない」

悔し気に崩れ落ちるヴィオラを見つめる。
一縷の望みを抱き、エツィオに嘆願しに来たのだろう。だが、パッツィ家が関与した罪は、最早どうする事も出来ない。
もしメディチ兄弟暗殺を取り止め、アサシンに降伏したとして、先のミラノ公暗殺の罪に問われていては極刑は免れない。
どう転んでもフランチェスコには破滅以外の道はない。

……手紙、有難う」

ヴィオラに礼を告げ、エツィオは兵士たちの演習場へと戻っていった。



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