@acbh_dmc4
ヴェネツィアのテンプル騎士団が活発でない今、エツィオが取り組んだのは街の治安維持だった。
苦しめられている民が居れば助け、害を齎す者を事前に止めては説得し、弟子に出来そうであれば引き込んだ。
殴り合いの大喧嘩の仲裁をしたり、小さな頼みごとを聞いてやったり、地道ではあるがそうしている内に、ヴェネツィアの街にあっという間に馴染んでいった。
そんなある時、白昼堂々街の広場で大規模な強盗と警備隊が衝突していた。
既に民間人の死者も多数出ているようで、エツィオは遠巻きに見物している者達に、起こっている事を聞いた。
どうやら銀行と貴族を狙った犯行で、十余人ばかりの大人数が武装して襲い掛かったらしい。
近くを巡回していた警備隊が駆けつけ、盗賊達を捕らえようとするも、強盗の方が人数が多く、エツィオが現状を聞いている間にも、警備隊の一人が倒されてしまった。
ベルトに挟んでいる投げナイフを三本同時に投げ、倒れた警備隊に止めを刺そうとしている盗賊と、その近くにいる仲間の武器を持つ手にナイフを当てた。
走り出し、腰に差していた長剣を抜いて、一番近くに居た盗賊の背を叩き切る。
閃光の如く現れた救い主に警備隊は驚き、しかし力強い味方が加わった事で形成を立て直した。
エツィオは強盗達を殺すのではなく、素早い動きで背後を取り、手足を切りつけて戦闘不能にするに徹して動いた。
そしてあっという間に味方以外の者を地に沈め、警備隊に捕縛用の縄を借りて縛り上げていく。
その一連の流れるような手際に、民衆は武闘大会でも見ているように興奮して歓声を上げた。
盗賊たちが連行されていくと、リーダーと思わしき警備隊員がその場に残ってエツィオに向き直り声をかけた。
鎧兜を上げれば、己とそう歳の違わない青年が愛想よく礼を述べた。
「助力に感謝する。お陰で同僚が命を取られずに済んだ」
「ああ。全員捕らえられて良かった」
「あの数の強盗を相手に、殆ど殺さずに捕らえるなんて大したものだ。君みたいな人は、我が隊に欲しい位だ」
「有難う。家業がなければ志願していたかもしれないな」
にこやかに勧誘の手を躱すエツィオに、年若い警備隊の男は爽やかに笑った。
エツィオの意図に気付き、潔く引く事の出来る聡明な青年だ。
「少しだけ近くの詰め所には来られるかな?ああ、それから、俺はダンテ・モロだ。先程の警備隊のリーダーを務めている。よろしく」
「俺はエツィオ・デ・カストロノヴォだ。よろしく」
ダンテ・モロ……エツィオは聞き覚えのある名前に少しだけ反応しかけたが、素知らぬ顔で自己紹介を返した。
ガッシリとして体格の良い誠実そうな青年は、どことなく見覚えもあるような気がする。
記憶に引っかかるという事は、テンプル騎士団の誰かだと思うが、直ぐには思い出せない。
アニムスで見たエツィオの生涯に関する書き出ししたノートは、ヴィラの宝物庫に預けてある。
ヴェネツィアに来る前に一通り確認はしたはずだが、そこにダンテの名前は記入されていなかった。だが聞き覚えのある名前という事は、なにがしかテンプル騎士団との関りがあるのだろう。巻き込まれた者の一人かもしれない。
この男の動向は確認しておいた方が良いと判断して、エツィオは人好きのする笑みで同行を了承した。
案内されたのは見紛う筈もない、セタ宮だった。運河に面して佇むセタ宮は頑健な要塞のように見える。
強盗団の討伐に関する調書を取るため、思いがけずこの宮殿に入ることが出来て、エツィオは内心で喜んだ。
ここの主についてもそれとなく聞いてみたが、今は不在で、近々新しい役人が配属されてくるという事だった。
もし近々配属される役人としてエミリオ・バルバリーゴがここへ来れば、街は不正な取り締まりが横行し、民は苦しめられる筈だ。
その前に対処したいところではあるが、排除するには名分が要るだろう。
もしくは、今日知り合ったこのダンテという青年と友好を持ち、セタ宮に配属される役人や人員に警戒してもらうか。
なるべく味方は多いに越したことはないと考え、エツィオは全面的にこの警備隊員たちに協力した。
「今日は本当にありがとう。貴方のお陰で我々も、民も救われた」
「いや、当然の事をしたまでだ」
「それでも。礼を言わせてくれ。それから、何か困ったことがあったら頼って欲しい。必ず力になると約束する」
「そうか。それなら、早速一つお願いしてもいいか?貴方は良い人そうだし、良ければ友人になってくれたら嬉しい。警備隊の知り合いって言うのも何かと心強いからな」
「勿論!俺こそ貴方みたいな方と知り合えるなど幸運だ。今度、本当に礼をさせてくれ。飯でも奢るよ」
威勢よく笑い声を上げるダンテは、どことなくマリオを思わせる。
調書を取る最中もそうだが、ほんの少しの間過ごしただけでも、エツィオはこの快活な青年を気に入った。
いくつか設けた己の宿泊拠点のうちの一つをダンテに教え、何かあればそこに連絡を入れるように話してから帰る事にした。
彼とは是非友人関係を築き、もしテンプル騎士団との接触があるのなら、巻き込まれる前に回避してやる必要がある。
また適性があるようならば教団に迎え入れたいものだ。有能な人材はいくらいても良い。
ダンテと別れると、エツィオは真っ直ぐアントニオの元へと向かった。
早急にダンテ・モロの身辺を洗い出す為、盗賊団へ依頼を出す為だ。
勿論、タダで情報を貰うつもりもなく、それなりの報酬を携えてギルドを訪ねた。
「ほう?この街の警備隊の男に何かがあると?それとも、勧誘するつもりか?」
「適性があるならば勧誘もある。だが、今回の件はアサシン教育とは別かな」
「……ほう?では、“予言”に関係があるのかな?」
エツィオはアントニオの含みのある物言いに首を傾げた。
マリオからはアントニオに予言者に関する事を伝えたとは聞いていなかった。
教団の中でも地位ある者であるから、知っていてもおかしくはないが、それでもマリオが無暗に教えるとは思えなかった。
とすると、エツィオの荒唐無稽な噂話の一つを取って、鎌をかけているのかもしれない。
一先ず様子を見る為に惚けてみるが、アントニオは静かに笑みを見せて理由を話した。
「君の行動はまるで未来を知っているように的確だからな。予言者かもしれないと噂されている。勿論、指導者達の間での話だから、下の者達は知らないさ」
「そうか。皆が俺を写本に記された予言者ではないかと噂しているのは知っている」
「もし、君の秘密を教えてくれるなら、ダンテの事は無償で調べよう。どうかな?」
「というか、アントニオはもう俺の事を予言者だと断定しているのだろう?否定したところで意味はなさそうだが……」
面白そうに目を細めてエツィオが突っ込めば、お道化た動作で肩を竦めた。
エツィオはアントニオの疑念に答える事はせず、釘を刺すにとどめた。
「もし俺が予言者だとして、その情報を盲信する事があっては危険だ。ならば、敵のやり口に関して多少の心得があり、頭の切れる者と思っておいてくれた方が良い」
「……そうだな、承知した。ならばその切れ者にテンプル騎士団の動きがあれば相談させてくれ。それで、ダンテ・モロについて知りたいんだったな。彼については元々情報がある。追加で調べて欲しい事があるなら言ってくれ。部下を遣わせよう」
調査書と言うにはお粗末だが、いくつかの資料と共にダンテの素性についての書類を出してもらった。
エツィオはその資料を見て、ダンテの名前に聞き覚えがある筈だと納得した。
名家の跡取りであるダンテは、一族を通してバルバリーゴ一家との関りがあるようだった。
バルバリーゴ家については対極にいる二人の兄弟について、それぞれ記憶に強く残っていた。
アゴスティーノ・バルバリーゴは公正な人物で、アサシン教団とも懇意にしていた人物だが、その兄のマルコ・バルバリーゴは総督ジョバンニ・モチェニーゴ暗殺後に総督になり、国の予算で散々贅沢をしていた人物だ。そして、テンプル騎士団の者だ。
エツィオは調書のバルバリーゴの名前をトントンと叩き、アントニオにもっと資料を出せるか確認した。
「マルコとエミリオ・バルバリーゴについての調書はあるか?こいつはテンプル騎士団に所属している者だ。俺の兄のフェデリコからも報告が上がっている筈だ」
「それは本当か?今ある調書はここにあるのみだ。奴についてもう少し探りを入れてみよう。監視もしなければ」
「ああ。頼む。あと、出来ればモチェニーゴ総督に渡りをつけたいんだが……有力貴族を通じて面識を得られないかな?テンプル騎士団がヴェネツィアを掌握するには彼の存在は邪魔だ。彼の側近のカルロもテンプル騎士団に属しているから、暗殺される危険性がある」
「何だって?!そ、それは早くに対策を打たねばヴェネツィアの軍が全てテンプル騎士団の手に渡ってしまう!」
「当面は平気だろう。だが、急いだ方が良い。総督に謁見が叶えば、こちらで何とか出来ると思う」
モチェニーゴはテンプル騎士団と言う組織について知っている風であったし、毒を盛られて殺される直前にエツィオに敵の排除を願っていた。
テンプル騎士団がヴェネツィアの脅威になりうるという事を伝えられれば、暗殺を止められるかもしれない。
幸い、家族を救って今もエツィオは貴族席のままだ。モチェニーゴ総督に会えるようになれば、己の身分を明かす必要もあるだろう。
ヴェネツィアにエツィオ・アウディトーレが居ると分かれば、テンプル騎士団は下手な行動はとれなくなる。
すぐさまアントニオは部下たちにマルコとエミリゴ・バルバリーゴの調査と監視を命じ、自身も知り合いの貴族との連絡を取る為、計画を立て始めた。
****
数日後、宿に届いたダンテからの呼び出しで、エツィオはドゥカーレ宮の広場に赴いていた。
裁判用の壇上を横切り、警備のしっかりした正門を眺める。
この宮殿の奥に居る総督は重装兵を何人も門扉や屋上に配置し、鼠一匹這い出る隙も無い程の護りで固めている。
そして総督暗殺に用いられた毒は、確かカンタレッラだ。この時代においてはその毒の検出は出来ない。
記憶ではモチェニーゴ総督への警告が間に合わず、死に際に居合わせてしまった結果、エツィオが暗殺者に仕立て上げられてしまった。だがそうならなかった場合も老衰で片付けられてしまっていただろう。
そうなってしまえばテンプル騎士団の勢力を止めるのに無駄に時間が掛かってしまう。
なんとか有力貴族を通して謁見を叶えたいものだが、それが出来なければ記憶の通り、上空からドゥカーレ宮殿に侵入する事になるだろう。
その為にレオナルドにより設計された馬鳥は既に完成させている。それもエツィオの記憶を話し、大砲付きの対空機として作り上げた。
欲を言えば反射板などを取り付けてステルス仕様にしたかったが、そこまで工夫する時間はなかった。それでなくとも試運転に命懸けだったし、これ以上体を張るのはマリオが許さなかった。(滅茶苦茶怒られたが、被害を最小限に試運転出来るのは俺しかいなかった)
今回の事でレオナルドは気球の原理を思いついて、馬鳥の更なる改良に燃えていたが、完成するのはまだまだ先だろう。
そんな事を思いながら一人思案に暮れていれば、いつの間にか近くにダンテが到着していて声をかけられた。
「エツィオ!すまない、待たせたかな?」
「いや、散歩がてら早めにこちらに着いていたんだ。ここいらの建物は見応えがあって素晴らしいからな。そんなに待っていないよ」
「そうか、ならよかった。だけど、少し声をかけ辛かったよ。凄く絵になっていたし、それに周囲がな……」
エツィオがきょとんとした顔でダンテを見上げるので、周囲を見てみろと手振りで誘導された。
辺りを見てみれば、物思いにふけるエツィオに声をかけるか迷っていた女達が、エツィオと目が合うと黄色い歓声を上げていた。
少しだけ困ったように笑って手を振り、ダンテにこの場から離れようと言うと、そそくさと広場を後にした。
今日はダンテに街の案内をしてもらう約束だったのだ。
既に街の構造は大体頭に入っているが、それをおくびにも出さずにエツィオはダンテの後に続き、紹介される店や施設に感心して見せた。
目新しいものはなかったが、彼が紹介する店の評価などは興味深く聞いていた。
昼時となり、ダンテのおすすめの店へと休憩に入った。
軽食を頼み、一息つくと、ダンテは面白そうにエツィオに話しかけた。
「それにしても、広場中の女の視線を独占するとは恐れ入ったよ。故郷ではかなり浮名を流していたんじゃないか?」
「まぁ、それなりにな。とはいえ、稼業が忙しくて言うほど遊んではいないんだ」
「そうなのか?そういえば……声かける前、少し憂鬱そうに見えたが、何かあったのか?」
「……考え事をしていてな。この街に来たのは、一時の自由を満喫する為なんだ。郷に帰れば責任ある立場になると思うと、気が重くてね」
「稼業か……助けてもらった時も尋常じゃない立ち回りだったが、エツィオは騎士か何かなのか?」
「ああ。そんなようなものかな。その内領地を任される事になっている」
適当に話を合わせると、ダンテは感心したように頷いた。
改めて互いの自己紹介をすると、エツィオとダンテは1歳差で、エツィオの方が年上だと分かった。
大柄で精悍なダンテとは異なり、鍛え上げられた逞しさはあるものの、何処か幼さを残す甘い顔立ちのエツィオは大体下に見られることが多い。
特に体格差のある者と並べば猶更である。
「童顔なのも戦士としてはコンプレックスかな。まあでも、敵と対峙すると勝手に油断してくれるからやり易くはあるんだが」
「だが、エツィオは技だけでも他を圧倒していた。あの後、俺も含めて皆鍛錬に熱が入っているよ」
余程強盗団にやられそうになった事が堪えたのか、あの時の者達は危機感を持って鍛錬に励むようになったようだ。
ダンテも、元々は真面目に警備隊としての職を全うしていただろうが、より己の力を高める為に真剣に取り組むようになったと知って、その真面目さに好感が持てた。
しかし、ボンヤリとではあるが、シルヴィオ・バルバリーゴとダンテとの戦いを思い出し、カーニバルでの八百長を思い起こす。
この真面目な青年が、目的のためとはいえ、明らかな不正をするようになるとは思えない。
それに至るまでの何かがあったような気はするのだが、なんせアニムスの追体験を書き出したのは、もう十数年も前の事で、詳細に思い出せなくなている。
一連の人生を書き出す作業も、エツィオとして生まれ変わった6年分の記憶で薄くなり始めていたのだ。
誠実そうなこの青年に関しては、テンプル騎士団に引き込まれないように、良く見張っておかなければ。
昼食をとりながら、お互いの家の事を話す。
さりげなく探りを入れつつ話を進めていくと、ダンテの許嫁の話になった。
幼馴染で親同士の約束ではあったが、初めて会った時からその娘に一途に恋をしていると意地らしい事を照れながら話してくれた。
「へぇ、それで、ダンテはそのグロリアにも好いてほしいと思ってる訳だ」
「ま、まぁ……だが、俺には勿体ない位、その、美人で……」
「気後れする、と。なら尚の事アタックしろ。経験則だが、そういう子には真摯に向き合えば、ちゃんと真心を返してくれるものだ。それに幼馴染なんだろう?案外お前からの告白をヤキモキしながら待っているかもしれないぞ?」
「い、いや、でも……俺は体の大きさだけが取り柄だし、なんて言って良いか……」
「少し話しただけでも、ダンテが誠実な男だって言うのは良く分かる。そんな相手に愛を乞われれば、ぐらっと来ない女はいない。今こそ自分の気持ちを彼女に伝えるべきだ」
図体に似合わず、もじもじしながら渋るダンテに思わず嗾けるような事を言ってしまうが、なんとなく、その娘と彼は上手く行きそうな気がする。
それでも深刻そうな顔をするので、元気づけるように背中を叩いた。
「いいか、君ぐらい無骨だと、逆に丁寧で優雅な仕草を意識すればギャップで好感が増すんだよ!多分」
「適当言っているだろう!全く、他人事だと思って」
「まぁまぁ、とにかく、騙されたと思って自分の気持ちを相手に伝えてみろよ。そこからがスタートラインだ!どちらにしろ、自分の事を想って欲しいなら、意識してもらわない事には始まらない」
エツィオの言う事も一理あると納得したダンテは、今度こそ決意をした風に頷き、その後は始終うわの空で許嫁の事を考えているようだった。
適当なアドバイスをして激励してから別れる。
恐らく次合う時は告白の成果について報告が入るのだろうと予感したのだった。
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