@sirasu810
三話がきてしまいました。三話は色々なお話をぐっと詰め込んであり、アニメオリジナルの描写もたくさんあります。
びわたちは厳島に向かいます。目的は徳子が天皇の子を授かるように祈ること。小松殿(重盛)の息子たちを含む平家の人々が奉納を行っています。舞うのは長男:維盛、横笛は三男:清経、縦笛は殿下乗合事件の発端である次男:資盛です。武士たる平家が貴族社会に進出するからには芸事の習得も重要でした。殿上は雅が必須の世界でごじゃる。
徳子は明るく振る舞っていますが、まだ子供を授かっていません。「大丈夫よ、心配しないで」とびわを撫でる徳子。しかし帝である夫、高倉天皇は、父親の後白河法皇に会うことを避け、徳子を残して小督局のもとへ……。
以降は小松殿を中心に物語が進みます。寺が話題に出てきますが、寺社はこの時代において貴族・武士と並ぶとても強い勢力でした。寺社も貴族や武士と同じように、広大な私有地である荘園を持っており、人や土地の管理に関わっています。日本史としては荘園・寄進という単語が出てくる時代で、源頼朝の台頭以降は、守護・地頭の設置という流れになります。
小松殿が寺でトラブルがあったことをびわに話していました。小松殿・後白河法皇・西光の三名で、延暦寺に連なる寺を焼いてしまった西光の息子たちをどうしたものかと、話し合いをしている場面もあります。西光は法皇の側近なので、彼が「処分など」と言えば、法皇も「そうよのう」と煮え切らない態度をとります。西光の息子たちに非があるのは明らかなので、小松殿が「それでは(延暦寺の天台座主である)明雲どのも延暦寺の僧たちも、納得せぬかと」と進言しても「そうよのう」です。
はっきりしない朝廷側の態度に、寺社側は「我慢ならん」と神輿を抱えて内裏に押し入って物申そうとします。これが強訴です。神を先頭にして数千人が武装してやってくるので、内裏の四方の門は武士が配置され、守りを固めます。北門は源氏軍勢が、それ以外の門は小松殿たち平家軍勢が担いました。
「よいか、山法師たちを追い返せばよいのだ。急所は狙うな。それと、絶対に神輿だけは射てはならぬぞ。神の依代であるからな」
小松殿が命じます。ここでびわが歌うのは、『平家物語』一巻にある『御輿振』を引用したものです。
さて、神輿を先立てまいらせ、
東の陣頭、待賢門より入れ奉るとしければ、
狼藉、忽ちにい出来て、
武土ども散々に射奉る。
御輿にも矢どもあまた射立たてたり、
神人宮仕射殺され、
衆徒多く疵を被る。
「御輿にも矢どもあまた射立たてたり」の部分は語感のテンポがよく、弓がビュンビュン飛んでる感じが掴めます。神人は下級の神職、宮仕は雑役の僧、衆徒とは僧侶のことです。内裏に向かって来た僧たちは、さんざんに射られ死傷者も多くなってしまい、神輿を残してお山に逃げ帰ることになります。
物語の定番「やってはならぬ」をやってしまえば、何が起こるかといえば悲劇です。以下は原作を交え、アニメにないシーンも捕捉した三話終盤までの解説です。
追い立てられて山に戻ることになった衆徒は、国家の鎮護を祈祷するという重要な役目をボイコットし、朝廷に大打撃を与えんと「寺を焼き払い、山に身をひそめようぞ!」と計画します。この時代の寺社は大変アグレッシブかつ強力。いまにも大事件が起きてしまうか、というところで衆徒をなだめたのは平時忠でした。第一話で「平家にあらざれば人にあらず」を言ったあの人です。彼は荒ぶる僧たちの前に進み出て、紙と筆、その場で書いた句によって、衆徒たちをなだめてしまいました。言葉巧みな人なのです。
ただし言葉でなだめるだけでは事がおさまりません。朝廷は衆徒の要求を受け入れ、横暴無礼をはたらき、寺を焼いた役人・西光の息子たちを処分することをにし、神輿を射った武士たちも牢屋に入れました。ああこれで解決、丸く収まった——と思うなかれ。「やってはならぬ」をやって無事で済むはずがないのです。
火事が起きます。安元の大火、または太郎焼亡ともいわれる大火事で、炎は都じゅうに広がり、各地の御殿・名所・民家が焼け落ち、火の手は内裏にまで伸びました。朱雀門や応天門さえ焼けてしまい、多くの人々の命が失われました。この火事は「言語に絶する恐ろしさ」だったといわれるほど凄まじいもので、小松殿の家も焼けてしまいました……。
そんな中、平家に不満を持つ者たちによる、平家を討たんとする企てが起こります。密議の開かれた場所が鹿ヶ谷(京都の左京区)だったので「鹿ヶ谷の陰謀」といわれています。
この密議には後白河法皇が同席していたということが最大の問題でした。帝の言うことは絶対とされる世の中です。法皇は譲位をしていますが、院政の時代であり、彼も国のトップです。国のトップが認め、命じてしまえば、平家は朝敵、つまり国家にとっての敵になってしまいます。酒が入った陶器は徳利ですが、瓶子ともいいます。これを平家(平氏)とかけて「倒すなどたやすい」「首はこのように……」と不穏なことが語られ、源氏の名も上がりました。しかしこの企ては清盛に密告され、関わった人々は捕らえられます。
ことのあらましを伝え聞いた小松殿が言います。
「維盛、皆の者にふれよ。天下の大事を聞きつけた。重盛を信ずるものは参集せよと」
ただごとじゃない、と思いますよね。ただごとじゃないんです。平家が台頭してから、これまでにもこうした不穏な出来事はありました。平家に対する世の中の不満は以前からあったのです。けれど小松殿は、自分の家、平家に関する揉め事など「私事に過ぎず、大事などではない」として、武力でねじ伏せようとする清盛を諫めてきました。その小松殿が「天下の大事」と言い、武士たちを招集します。
小松殿はびわとともに西八条(清盛の屋敷)へ。そこにはすでに武装した平家一門がいます。在俗とはいえ出家した入道である清盛さえもが武装しています。こちらもただごとではありません。これまで朝廷・帝に尽くしてきた恩賞により現在の栄華がある平家にとって、朝敵と定められることは至上の不名誉。今回は平家追討の命こそ出ませんでしたが、平家への反抗に対して清盛が穏便でいるはずはありません。しかもあの密議には、清盛が情けをかけたことで生きている者、平家と縁続きの者もいたので、なおのこと清盛は激昂していました。成親、お前ってやつは……。
小松殿は「法皇さまのところに向かうべきではない」と申し立てます。対して清盛は、法皇さまには我が屋敷にお留まりいただく=幽閉するのだ、と言います。法皇を手の内に置くと。どえらいことを言い出しました。小松殿は自分も兵を集めていると答えましたが、
「しかし、その兵は、父上、貴方を討つための兵でございます」
「自分の父を討つと!?」
「討ちたくて討つのではございません。我ら平家の繁栄は、法皇さまの御恩ゆえ。その恩の深さは、幾度も染めた紅の色よりも、深いと存じます。しかしながら、いま私が法皇さまに忠を尽くせば、親の恩に反くことになります。忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず。私の進退はここに窮まりました。父上、ここを動かれるならば——私の首を、刎ねてからにしてください」
次回からは別のシーンで始まりますので、小松殿の口上はここまでとなります。
小松殿は〈忠〉と〈孝〉の人です。君主の恩こそが何よりも重要である、平家を取り立ててくれた大恩ある後白河法皇に弓引くというならば、重盛は恩への忠のために法皇側に付き、平家と戦う。しかしそれでは父の恩に尽くすことはできない、親への不孝であることの大罪を逃れようとすれば、法皇への不忠となる。わが進退、ここに窮まる。小松殿にここまで言われては、清盛も打って出るわけにはいかず、思いとどまることになります。
小松殿は悪行によって衰退していく平家において、良心と評されているキャラクターです。清盛との対比もあるので、人物像が際立っていますね。小松殿が清盛を諌める物語は『平家物語』二巻『小教訓』と『教訓状』にあります。
〈忠〉と〈孝〉については同じく二巻にある『烽火之沙汰』にも詳しく書かれています。主君が主君としてふさわしくなくても、臣下は臣下として忠義を尽くさなければならない、父が父として相応しい振る舞いをしなくても、子は子として尽くさないといけない、孔子がそう説いていたではないか、重盛はまさにこの通りにしたね——と語られており、現代においては「なんでさ⁉︎」的考え方ですが、この〈忠〉と〈孝〉を貫かんとするのが小松殿です。
以下はアニメ原作である現代語訳の『平家物語』二の巻『烽火之沙汰』からの引用。
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孝経には、国に諫める臣があればその国は必ず安泰である、家に諫める子があればその家は必ず正しく整う、とあります。重盛公は、おおよそ上古にも末代にも稀な大臣でございましたよ。
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これほどの人物として描かれる小松殿。
ここまでフラグを立ち上げれば何が起こるか……覚悟して待たれよ次回!
——以下雑談——
「成親、お前ってやつは……」の成親について。
これは藤原成親のことです。彼は平治の乱において敗北し、死罪となるところだったのですが、妹婿である小松殿のおかげで命拾いします。別のトラブルを起こした際には、後白河法皇のおかげで解任されていた仕事に復任できたりします。自分の行動がどのようなことに繋がるかをあまり考えられず、周りの情けに助けられ、けれども間の抜けた厚顔な人として描かれます。こういったキャラクターは物語に色を添え、関わる人々の存在感にも深みを与えます。
鹿ヶ谷で「(平家を)倒すなどたやすい」と言った成親は、密かに戦と軍備の支度をしていましたが、彼と手を組んでいた人物が「これはうまくいかんな、つまらん陰謀に与して罰せられるのはごめんだ」と平家に陰謀のことを密告します。清盛は成親を呼び出し「平治の乱で切られるはずだった首を、我が息子重盛が命がけでとりなした。なのになぜ平家を滅ぼそうなどと企める。恩を知るのが人、恩を知らぬのが畜生だ」と凄みますが、成親は「わたしはそのような企てに全く加わっておりませんよ、誰かの讒言ですよ」と嘘をつきます。そして捕らえられていた場所に駆けつけた重盛には「どうぞお助けを!」と必死で命乞いします。
清盛が怒るのも無理はないのですが、小松殿は「重盛はここに参じました。そうである以上、ご助命いたします」と成親に断言して、そのために動くのでした。武士たちには「父である清盛のおおせであっても、成親どのを斬ってはならぬ。腹立ち紛れに性急なことをして、後日悔やむのは父上本人なのだから」と説き伏せています。義兄にも〈忠〉〈孝〉で、尽くしすぎでは小松殿。
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