@sirasu810
五話です。小松殿(重盛)の片目を受け継いだびわと、喪服の息子たち。わいわいしていると宗盛がやって来ます。そして徳子のもとには知盛が。どちらも徳子にとっては兄、小松殿の息子達にとっては叔父にあたります。宗盛は小松殿亡き後の平家の棟梁となりました。今後の平家を動かしていくのは彼らとなります。
清盛の息子たち(小松殿の弟たち)
宗盛:新たな平家棟梁。優柔不断。
知盛:ガハハ系武士。気遣いが下手。
重衡:武芸に長け思慮深い。イケ叔父上。
小松殿の死により、清盛はすっかり気を落としていました。しかし今がチャンスとばかりに後白河法皇が朝廷の諸々をよいように采配・平家領地の没収などを行なったため清盛が激怒し、福原から上京。「清盛様が朝廷に報復なさるおつもりだ……」と京都の人々は不安に思います。都に戻った清盛は、朝廷の役人の多くを罷免し、平家の人間にすげ替え、ついには法皇を鳥羽離宮に幽閉します。さらに徳子の子を安徳天皇とし、外祖父である清盛が朝廷を牛耳ることになりました。
「いいのかなあ、のんきに笛なんて吹いてて」
資盛は聡いんですよね。昔ポカはやからしましたが、空気は読める次男です。平家の動向を案じつつ、小松殿の息子達+重衡が、宗盛は平家の棟梁としてどうなんだかなあという話をしています。
話題に出た宗盛は、とある事件を起こしていました。原三位入道頼政の息子仲綱は、すばらしい名馬を持っていて、仲綱はこの馬をもちろん大切にしていましたが、平家棟梁となった宗盛が、「素晴らしい馬、私がもらう!むちゅ」と強引に取り上げてしまいます。これもまた、平家による悪行です。
平家の横暴が過ぎるので、頼政たちは後白河法皇の子、以仁王を担ぎ出し、朝廷から平家を排除しようと考えます。しかしやはりというべきか、この目論見は平家側に漏れるのでした。以仁王にはただちに追っ手がかかります。以仁王が髪を下ろしていたのは、女装をして逃げる(女房装束と市女笠をまとえば、すぐには宮様だとは分からない)ためです。
さて、以仁王は平等院に逃げ込みます。戦が始まりました。小松殿の長男:維盛も、ついに出陣です。
「兄上、子供の頃から怖がりで、刀を振るうより、舞を舞う方が兄上には似合ってるんだけどな。兄上、大丈夫かな……」
ここでびわが歌うのは、『平家物語』四巻にある『橋合戦』を引用したもの。
平家二万八千余騎、
木幡山うち越えて、
宇治橋の詰にぞおし寄せたる。
すはや、討ち奉れ討ち奉れ!
しかれども、
「橋を引いたぞ、過ちをするな!」
後陣、これを聞きつけず、
我先にと進むうち、二百余騎
おし落とされ、流されけり。
これより両方の詰めにうっ立て矢合わせす。
そこへ五智院の但馬、
鎧もかけず盾も持たず通りける。
向かってくるをば、切って落とす。
切って落とす。
してこそ矢切の但馬と言はれけれ。
戦のシーンなので、琵琶の音や調子も強く、迫力・躍動感がありますね。
以仁王を担ぎ上げた頼政一派と平家は、宇治川にて対面。頼政たちは平家の軍勢が渡って来れぬよう、宇治橋の板をあらかじめ外しておきました。気がついた先陣が「板が外してある!過つな!」と声を上げますが、勢いは止まりません。兵は宇治川に落ち、流されていきます。両岸から矢合わせとなり、橋からは但馬という武者が鎧も盾もなく、向かってくる矢を次々と切り落とします。アニメ原作である現代語訳の『平家物語』四の巻『橋合戦』では、以下のように記されています。
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高めの矢はくぐり抜けて低めの矢は躍り越える。まっこうから来る矢は、長刀で斬って落とす。この見事な戦いっぷりを敵も味方も見物する。このことがあって以来、五智院の但馬は「矢切の但馬」と呼ばれるようになったのですよ。
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軍記物としては見せ場になり、但馬のほかにも兵たちが弓で、太刀で、見事な戦いぶりを披露します。ですが平家には及ばず、頼政一派は負けることになります。
アニメ未登場ですが、橋合戦の物語の壮絶なところも古典から少しご紹介します。この戦いは以仁王の謀反(挙兵)によるものでしたが、その首謀者である頼政は戦った後、自害します。切腹し、従者がその首を落とし、首には石を括り付けて川に沈めました。敵方に取られ、辱められるのを避けるためです。アニメ四話で春大明神の使いが、太刀の先に清盛の首を掲げていましたが、討ち取った首はあのように扱われて、勝者が凱旋します。橋合戦後の古典での描写は以下です。
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平家の人々、宮並びに三位の入道の一類、渡辺党、三井寺の大衆、都合五百余人が首切って、太刀長刀の先に貫き、高くさし上げ、夕に及んで六波羅へ帰り入る。兵ども勇みののしる事おびただし。
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敵兵ばかりか以仁王の首さえ掲げて、平家軍が六波羅に帰還します。彼らが喜び勇む様は凄まじいものだったとも。言わずもがな、これもまた平家の悪行の一つです。
維盛は戦場で圧倒されていました。雨のように降る矢。燃える火。ここを死に場所と苛烈に向かって来る以仁王側の兵。敵味方は次々と死んでいきます。心が砕ける維盛。
そして夜軍になったため、重衡は灯りを取るために火を点けるよう命じたのですが、これが寺にまで及んだことを深く悔いることになります。寺を焼くというのは、仏像や経典さえ燃やしてしまうという畏れ多いことであり、寺の中に避難していた戦うことができない僧や稚児、女子供たちさえも焼き殺してしまうわけですから、重衡はひどく苦しむわけです。
「やむを得なかったのですよね……」
「戦うは武士の習いだ。戦うからには負けてはならぬ」
維盛と重衡が深く傷ついた一方で、徳子もまた苦しんでいました。望まぬ婚姻だったはずなのに、夫である高倉上皇(安徳天皇がたったので、高倉天皇は上皇になった)に惹かれていった。けれど徳子は平家の娘です。平家は上皇の父である後白河法皇を幽閉し、腹違いとはいえ高倉上皇の兄弟である以仁王を殺害しました。さらに上皇には他の妻との間にも子供が産まれており……。
「でも私は許すの。父上も上皇さまも法皇さまもみんな。許すだなんて偉そうね。でも、どちらかがそう思わねば、憎しみ、争うしかない。でも、私は世界が苦しいだけじゃないって思いたい。だから私は許して、許して、許すの……」
徳子というキャラクターがしっかりと描かれているのはアニメならではです。この台詞も、徳子だから出てくるものですね。
「おとうは、許したか……、重盛は、許したか……」
「びわは、許したか?」
物語は中盤にさしかかりました。悪行を重ねてきた平家には報いが待っています。次回はついにあの人が動き出します!
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