@sirasu810
九話です。クライマックスに向けてぐんぐん進みます。アニメオリジナルの場面が多い回でもあります。
季節は移り変わりながら、平家と源氏は戦いながら、びわは「おかあ」を探しながら、時が過ぎていきます。八話のラストでびわを助けてくれたのは、三人の白拍子でした。静、月、あかり。静は静御前のことです。三人の舞の見事さに、びわは見惚れます。静が言います。
「不思議な色ね。でも、同じ色の目をした人がいたなあ」
びわはとうとう「おかあ」への大きな手がかりを得ました。
そのころ平家は太宰府へ。都では新しい帝が立てられたと聞き、心穏やかではありません。しかも九州の武士に平家を追討せよという院宣が出され、四面楚歌な状況。小松殿の次男:資盛が交渉に赴きましたが、院宣には逆らうことができないから、太宰府から出ていってくれと言われます。
三男:清経は、流浪の身となったことで心身ともに疲弊していました。
「かつては父上に仕えておられた方まで、我ら平家を討つと……」
「それが世の中ってもんだろう、強い方に付かねば自分が痛い思いをする」
「だとすれば!誠実性や実直性や、恩義というものは!意味を……成さぬではありませぬか……!」
「我ら平家に、それがあったと?」
〈忠〉と〈孝〉を貫いた小松殿の息子たちが、こんなことを言い争うことになろうとは……。
平家は徒歩で箱崎へ逃げます。この場面、アニメ原作・現代語訳の『平家物語』八の巻『太宰府落』では以下のように表現されています。印象深く書かれているので、中略しつつ長めに引用します。
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国母すなわち建礼門院をはじめ高貴な女房たちが、袴の裾をたくしあげ、高く摘んでいる。(略)太宰府には外敵来襲に備えての土塁と水濠があったが、一カ所だけその土塁の切れた関の戸を出る。はだしで、徒歩で、我さきにと、急ぐ、急ぐ。箱崎の津へと落ちていかれる。
おりしも雨。
それも車軸を流すように降る雨。
吹く風は砂塵を巻きあげる。巻きあげようとする。
落ちる涙と降る雨の区別ができない。
移る、移る、移動される。住吉から筥崎、香椎、宗像と社々を伏し拝み、ただ天皇が旧都へお帰りになれるように、そうしたことが実現されますようにとばかり祈られる。そして移る、もっと落ちられる。(略)誰一人としてお慣れになっていない旅のおん事、すなわちはだしに徒歩なので、おみ足からは血が。
血が。
砂を染める。
紅の袴は、さらに色を濃くする。
白い袴であろうとも、その裾はいまや紅い。
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歩き、血を流し、さすらい続ける平家です。清経は「いつまで歩けば……」と絶望していました。そしてとうとう絶望が極まりました。清経は笛を鳴らすことを最後に、入水します。アニメでははっきりとした描写がありませんでしたが、「静かに経読み念仏して海にぞ沈み給ひける」とされています。祈り、死んでいきました。
その光景を目で見ており、泣き叫ぶびわ。共に育ってきた家族のような人がまたしても亡くなりました。見えても未来を変えられないことを嘆きつつ、びわはついに「おかあ」と再会します。
すっかり目の見えなくなっていた女性(白髪のびわと似た目をしている)は、一話で登場したおとうの妻、そして助長に連れて行かれて側室となっていた元・白拍子「浅葱の方」です。浅葱とはびわの本当の名でもあります。浅葱の方はびわや夫を捨てたことによる後悔に、ずっと苦しんでいました。しかし「いつも祈っていた」と言います。鐘の音が響きます。
「びわだ。わしの名は、びわだ」
「びわ、何もしてやれなくて……でもずっと祈っていたわ」
「祈る……?」
「おとうのことも、どうか安らかに、どうか静かに、どうか……どうか……」
「どうか安らかに……どうか静かに………何もできなくとも……祈る……」
びわは平家の行く末を見届けることを決意しました。
「びわにもできることが見つかった。ありがとう、おかあ。びわも、祈っておる。おかあがここで、静かに暮らせることを。どうか……どうか……お達者で……!」
母と子の束の間の対面が、非常に印象深く描かれています。
一方、平家はわずかながら勢いを盛り返していました。義仲は都で横暴をふるっています。どうしたものかと悩む頼朝。そしてついに源氏の御曹司、義経が出てきます。義経は刃のような男として描かれ、原作においても「異様な鋭さ、冷たさ」「鬼神さながら」「合戦のための男」と書かれており、その様子がよく表されているキャラクターになっています。(義経役の梶さんは『鬼灯の冷徹』でも義経役だったので、個人的になじみ感がすごいです。二作における義経のキャラクターは全く異なりますが、義経といえば梶さん……)
義仲の最後や一の谷の戦いについてはさらりとまとめられていますが、それぞれにはたっぷりの物語が含まれていますので、興味のある方はぜひ原作も読んでみてください。一の谷の戦いは義経の〈逆落し〉が有名ですね。
九話の終盤では、平家物語の九巻『敦盛最期』がピックアップされます。びわが歌います。
扇を上げて招きければ、
敦盛、招かれてとって返す。
頸をかかんと甲を押し上げみれば、
年は十六七、容顔まことに美麗なり。
哀れ、助け奉らばや、と思いて
後ろを見れば——
「さっさと首を取れ!私の首を取れば、そなたの名も上がろう。誓ったのだ……誓ったのだ……私は、武士として……立派に……」
平家が海へ撤退しようとしていたとき、敦盛は愛する笛、祖父が鳥羽院から賜った名笛:小枝を取りに戻ってしまったことで、船に乗り遅れていました。追いつこうと馬に乗って走っていると敵兵に見つかります。そして「敵に後ろをお見せなさるのか!」と挑発されたため、捨て置くことができずに敦盛は戻ります。熊谷次郎直実と戦う敦盛。しかし打ち負けてしまい、さあ首をとってやろうと熊谷が相手の兜を取ると、そこには年若く美しい公達がいました。
平家側の登場人物の共通の特徴として、優雅さがあります。平家の人々は舞や笛や歌が得意という描写がこれまでにもたくさん出てきました。お歯黒もしていますし(アニメにおいてははっきりと描かれません)、小松殿の長男:維盛は戦に出るときに化粧をしている様子が映りました。この場面の敦盛も化粧をしています。風雅さを忘れず公卿として身なりを整えているのが平家一門です。対比として武士らしさを強調する源氏一門にはそうした描写があまりありません。平家の兵が戦場から逃げようとして源氏のふりをしたけれど、お歯黒をしていたからバレてしまった、というお話もあります。
さて、いざ敵兵の首を切ろうとした熊谷ですが、敦盛の若さ・美しさに驚きます。実は熊谷には、敦盛と同じ年頃の息子がいました。自分の息子が怪我をしたと聞いただけでも非常につらい思いをしたというのに、いま俺がこの若君の首を切り落とせば、彼のお父上はどれほどお嘆きになることだろうか。あまりにも不憫で、哀れだ。なんとかお助け申し上げたい——と考えますが、後続の源氏の兵たちがやってきます。ここで自分が見逃しても、この若君は襲われてしまう。ならばいっそ、この手で、と苦渋の決断で熊谷は敦盛の首を取ります。
この場面は一話の感想で書いたKindleの平家物語 特製試し読み版でも読むことができ、以下のPDFでは『敦盛最期』が見開き2Pで公開されています。読んでみると「ああそういうことだったのか〜」と理解が深まりますのでぜひ。
河出書房『平家物語』フリーペーパー ダウンロード
※リンクを踏むとPDFに飛びます。
https://www.kawade.co.jp/nihon_bungaku_zenshu/wp-content/uploads/2016/12/heikefreepaper201612.pdf
「そなたらのこと、必ずや語り継ごうぞ」
びわは歩き出しました。そして次回、ついに、ついに壇ノ浦です。
◀︎八話の感想・解説はこちら
https://privatter.net/p/8277952
十話の感想・解説はこちら▶︎
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