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小波の眠りと目覚めの話

全体公開 遊戯王5D's(小波シリーズ) 2 20 54531文字
2022-10-09 11:15:17

時間跳躍(タイムパラドックス)と小波→ https://privatter.net/p/9178215
小波とDホイールと幽霊の話→ https://privatter.net/p/8527212
を踏まえた話

遊星編:1〜2p ジャック編:3〜8p 鬼柳京介編:10p〜
ジャックルートEDはこちら→https://privatter.net/p/9496289

次→十六夜アキ編 https://privatter.net/p/10273529
素敵挿絵はオミコさん(@FLOODING_039)より

小波ってよ、死んだみてーに寝るよな。

雑魚寝が珍しくなかった頃、不意に鬼柳がそう言った。



あれは、まだチームサティスファクションが瓦解する前のことだ。

サテライト制覇は大詰めに差しかかっていた。
辺りを牛耳っていた大きなチームをひとつ潰し、そいつらのアジトからぶん取った酒を祝いに空けて、夜が明けるまでちびちびと呑んでいた。

といっても、酒を呑んでいたのは年長の鬼柳とジャックだけで、アルコールにあまり強くない遊星は呑まなかったし、クロウはアジトの子供たちが心配だからと先に帰った。
残った小波は、呑んでまもなく眠った。酒で潰れたのか、それとも眠気に耐えかねたのかよく分からない。小波は時間が来ると必ず寝る。


潮風に晒されて風化した、半壊したビルの四階が俺たちのアジトだった。
まだ過ごしやすい季節だった。薄っぺらなボロ毛布一枚で、小波はピクリとも動かず、仰向けに眠っていた。
まるで気絶しているみたいだった。寒がる様子もなければ、寝息すら聴こえない。本当に密やかな眠りだった。

「縁起でもないことを言うな」

ジャックがそう言って、鬼柳の言い様に顔をしかめた。
サテライトの環境はあまり良くない。薬も少ない。軽い風邪を拗らせて、朝には冷たくなっている、などということは、はっきり言ってそう珍しいことでもなかった。

鬼柳は酒の缶を揺らしながらこう言葉を継いだ。
「けどよー、そう思うだろ〜? オレ、コイツ拾ったとき『あ、死んでる』って思ったもんよ。じゃあ金目のモン漁っとくかーって近付いたら、生きてたけど」
「最低だぞ鬼柳……
「ばーか、仏さんが金や食いモン持っててもしょーがねーだろ。生きてるヤツが生きてくべきなんだよ。おかげでオモシレーヤツ拾ったんだからいーじゃねえか」

そう、小波はある日、鬼柳がどこからか突然連れてきた。
「オモシレーヤツ見つけたぜ!」
と、そう言って。
似たような経緯で同じように鬼柳に拾われた遊星もジャックもクロウも、強い既視感デジャヴを感じたのを良く覚えている。


小波は、記憶喪失の決闘者だった。
赤い帽子と赤い厚手のジャケットと、寄せ集めのデッキだけが持ち物の全てだった。
目深にかぶった帽子の下で、どこかきょとんと、遊星たちを見つめながら、トコトコと鬼柳に着いてきた。

『デッキ持ってるからよ、そこらのチームの残党かと思ってデュエルけしかけたら、寄せ集めのカードで強えのなんの。まぁ勝ったけどよ、そしたらコイツ、デュエル知らねえっつーんだぜ、訳わかんねえだろ!?』

鬼柳がハイテンションでまくしたてるのを、訳が分からない顔をして聞いていたのは、遊星だけでなくジャックやクロウも同じだった。
鬼柳が連れてきた見知らぬチームメイトは、確かに『デュエル』という言葉すら初耳のように首を傾げていた。
だが、ルールも分からないのにデッキの回し方だけは完璧だった。まるで指先が何もかも覚えているように。

どこから来たのかも、歳も、名前すら、何もわからない。

素性の知れない者など、サテライトでは珍しくもなかったが。
遊星たちが後からどれほど調べても、そいつがどこから来たのかはさっぱり分からなかった。
まるで、鬼柳に会う寸前、突然どこかから現れた、という方が自然なほど、何の痕跡も無かったからだ。

遊星たちに分かったのは、そいつがどうやら本当に何も憶えていないらしい、ということ。
デュエルという言葉すら忘れているのに、どうやらデッキの回し方だけは身体が憶えているらしいことだけだった。

名前を訊ねても困惑するばかりなので、機転を効かせた遊星が
「何か憶えていることを書いてみろ。何でもいい」
と木の枝を渡したところ、拙く「名前」とおうむ返しして、たどたどしく「573」と数字を書いたので、四人でしばらく首を捻った。

鬼柳がふと閃いたように「あっ、なあ、これじゃね?」と握っていた寄せ集めデッキの一番上のカードを指した。

そこにあったのは、『大波小波』のカードだった。
水属性モンスターを全て破壊して、同じだけの水属性モンスターを大量展開する魔法カード。

『ほら、5・7・3 ゴー・ナナ・サンで、小波って読めんだろ?』
『ダジャレかよ!』

やたら自信満々にドヤ顔をする鬼柳に、そうツッコんだクロウはあきれ顔だったが、そいつは、しばらくじっと鬼柳と大波小波のカードを見つめると、こくん、と小さく頷いて「……小波」と静かに名乗った。

本当に記憶のどこかに引っかかったのか、ただそう名乗ることにしただけなのかは分からない。
だが、それ以降は、憶えていることを訊ねても首を横に振るばかりで、名前を訊ねれば、やはり「小波」と名乗るので、それからみんな小波と呼んでいた。


デュエルのルールは、遊星が教えた。
恐らく、記憶を失う前に知っていたことをなぞっただけだが、小波は興味深そうに、だが、たどたどしくルールを吸収した。

遊星が小波にあれこれとルールを教える間、ジャックは何をするでもなく、ただ、じっと、小波を観察していた。
今思えば、あれは監視だったのだろう。ジャックは最後まで小波を他のチームのスパイだと疑っていた。

それからは、あっという間に、己が手足のようにデッキを操るようになった。
記憶喪失ということなど、小波自身も忘れたかのように生き生きと、本当に楽しげにデュエルしていた。
カードに初めて触れた子どものような、無邪気で心惹かれるデュエルだった。

デュエルをすれば何か思い出すかと思ったが、結局それは徒労に終わった。小波の素性は不明なままだった。

だが、鬼柳の人を見る目は確かだった。
拾ったカードを好んで使う遊星以上の寄せ集めデッキだったのに、何度もヒヤリとさせられた。
その度に鬼柳が「な? 面白いデュエルするヤツだろ?」と得意げに笑った。

鬼柳はソイツを、五人目のチームサティスファクションのメンバーにする気だった。

小波が最初の数日に寝泊まりしていたのは半壊したアジトだったが、しばらくすると急に鬼柳が態度を変えて「なあ、クロウ。ついでだからお前のとこでガキどもと一緒に面倒見てやれよ」と言い出した。
最初の内は「ハァ!?なんでだよ!」と渋っていたクロウも、鬼柳にあれこれと押し切られ、結局なんだかんだと丸め込まれて小波を引き取った。



「人が悪いぞ、鬼柳。お前、アイツをクロウに引き取らせた時にはもう気付いて・・・・いただろう」
「だってよー、気付いちまったら、さすがにこんな吹きっさらしに独りで置いといてなんかあっても寝覚め悪りーじゃん。クロウ気付いてねえし、まあアイツもガキだしよ、ちょうどいいかなって」


眠気も相まって、思い出の中に意識が飛んでいた遊星は、二人の会話にふと顔を上げた。
酒の缶をフラフラ揺らしながら、鬼柳とジャックは大して酔ったふうもなく、平然と会話を続けていた。
意味は良くわからなかったが、気楽に酔っていられるのは平和な証拠だった。

「で? 疑り深いジャック様よ、結論は出たか?」
……実力は認める」

ジャックは眉間に深く皺を寄せ、眠る小波の方に視線をやった。

「だが、素性も分からんのだ。思い出す記憶が、オレたちに都合の良いものとは限らん。その時はチームに入れたのが吉と出るか凶と出るか分からんだろう」
「信じてやらねえと信じねえんだよ、人間ってヤツは」

鬼柳はふっと笑いながら、口角を吊り上げて、目を伏せると、揺らしていた酒を一気に煽った。

「ジャック、お前は最初からオレを信じてたか。違ぇだろ。遊星やクロウもだ。もしコイツが敵チームのスパイだろうが世界の敵だろうが、オレたちを選ぶまで一緒にデュエルすりゃあ良いだけだろうが」
「鬼柳……

ジャックが、感慨深そうな声を出した。
寝たふりをして聞いていた遊星も、同じように感慨深く思った。

ああ、そうだ。
仲間は、デュエルと信じる心で創るのだと、鬼柳はオレたちに示してくれた。

小波はもうオレたちの大事な仲間だ。
鬼柳が「拾った」と嘘をついてデッキから譲ってやったカードを、小波がどんな上級モンスターやレアカードより大切にしているのを知っている。
今回だって、敵チームのトラップで、頭上から瓦礫が遊星めがけて降り注いだ時、小波は迷わず身を挺して庇ってくれた。

小波はとっくに、オレたちチームの絆を信じている。
きっと、思い出せない過去よりも。

オレたちのリーダー、オレたちの救世主。
自分たちも、ここにいないクロウも。オレたちを見つけたのが、この鬼柳京介という決闘者でよかったと、心から思っている。

その鬼柳が信じると決めたのだ。
その選択が、間違いであるはずがない。

「おら、そろそろ狸寝入りも仕舞いだ、遊星。そいつをクロウのとこまで送っていけ」

ぴく、と遊星は肩を跳ねさせた。
テーブルにうつ伏せになったまま、寝たふりをして聞き耳を立てていた遊星のことも、お見通しだったらしい。
遊星は、のっそりと起き上がり、鬼柳たちと小波を交互に見渡した。

「だが、鬼柳もジャックも相当呑んだだろう。オレぐらいここにいなければ、もし襲撃でもされたら……
「オレもジャックもそんなやわじゃねーよ」

ふっと笑って、鬼柳はフラフラ手を振った。

チームが瓦解する少し前のことだった。
その頃のオレたちは、鬼柳の選択に間違いはないと盲目的に信じていた。


遊星は、仰向けでピクリとも動かない小波の腕を取って、背中に背負い上げた。
ふらりと遊星はたたらを踏んだ。

「見た目より重いな。男にしては細いから心配していたが、着痩せするだけかもしれないな。……? どうした、鬼柳、ジャック」
「いやぁ……
………

鬼柳とジャックが、塩でも舐めたような微妙な顔でこちらを見るので、遊星は首を傾げた。

「お前、頭は良いのになぁ……











「ブルーノ、お前ってさ、死んだみてーに寝るよな」

不意にそう言ったのは、クロウだった。



遊星は徹夜明けの倦怠感を肩に負いながら、顔を上げた。
ブルーノと二人で再調整したプログラムは無事に完成を迎えた。一度奪われてしまった最高傑作のプログラムには劣るが、ギリギリ遜色ないレベルまで持ち込めたと思う。

記憶喪失のブルーノがポッポタイムにやってきてまだ間もなかった。
だが、記憶喪失の仲間を受け入れるのは初めてじゃない、慣れたものだ。
正式な部屋は無いままだったが、ソファーでも問題ない体質らしく、最終調整をしたかった遊星と入れ替わりにゆっくり仮眠を取っていた、はずだ。
一方、遊星は結局完徹だったので、ブルーノが寝ているところは見ていない。

「ピクリとも動かねーから、マジで死んだかと思ったぜ」
「ええー? そう? 普通に寝てたつもりだったんだけどなぁ?」

軽やかに階段を降りてくるクロウとブルーノの声が、爽やかな朝に響く。

「ま、ホントに死んでたら放り出すだけだけどな!」
「ええー! ひどいよクロウ!」
「うおっ、危ねえな! 階段で引っ付くんじゃねえよ! お前見た目より重ぇんだからよ!」


遊星は、徹夜明けのボーっとした頭に、強烈なデジャヴを感じた。


…………? なぜだろう、今、なにか)


正体の分からない、だが強烈な既視感だった。


不意に、白昼夢のように
赤い帽子の下で微笑む、小波が
遊星の脳内で、ふっと振り返って、口を開こうと────


「あーっ!! 遊星お前、あれだけ言ったのにまた徹夜しやがったな!!!」


クロウの怒鳴り声が、キーンッと耳に響く。
遊星は、徹夜の頭に響く大声に、思わず眉間を押さえた。

考え事は霧散して、何を考えていたのかもあやふやになった。


「WRGPまでに体壊したら元も子もねーだろうが!! おら、工具置いて寝ろ!! 今すぐ寝ろ!!」
「いや、後はここを調整したら終わるから、」
「寝・ろ!!!!!!」


工具はぶん取られ、しっかり者のクロウの説教を食らった遊星は、なすすべなく撤退することとなった。
現在、安定して稼いでいるチームの大黒柱はクロウだ。逆らえる道理はない。


ポッポタイムのドアが、カラン、カランと音を立てた。

クロウに背中を押し退けられながら上の部屋に戻ろうとしていた遊星はベルに振り返って、見知った来訪者に「ああ」と声を上げた。

「アキ、どうした。学校じゃないのか」
「ええ、これからよ。行く前に、少し寄ってみたの」

学校鞄を手に下げて、紅い髪を耳に掻き上げたアキが、遊星に笑った。
新しい制服に身を包んだアキからは、出会った頃の危うさはない。学校は楽しく通えているようだ。

「それで、その……放課後……そう、学校の物とか! えっと、色々買いたいの。それでね、遊星……

アキがためらいがちに言い淀んだ。
朝方の通学路は寒かったのか、頬は赤らんでいる。

近くでブルーノが、はたと気付いたように、アキに向かってぐっと腕を曲げて応援するジェスチャーをしきりにするので、クロウが余計なことをするなと言わんばかりにブルーノの頭を後ろからはたいた。

「い、一緒に来てくれないかしら!」
「ああ、構わない。一緒に行こう、アキ」

アキは遊星を見上げて、パッと表情を明るくした。
そこに出会った当初のような影がないのは、ひどく喜ばしいことに思えた。アキの学校生活は応援してやりたい。

「なら、龍可と龍亞に声を掛けておこう。サテライト育ちのオレやクロウでは、荷物持ちには良いが学校の物の良し悪しは分からないからな。みんなで行こう」
「えっ。……ええそう、ね……ありがとう遊星……

アキを応援してやりたい気持ちを持っているのは自分だけではないことを伝えたくて、そう付け加えると、なぜかアキはひどく肩透かしを食らったような顔をした。
背後でクロウが顔に手をやって、深い深いため息を吐いた。
ブルーノがこそこそとクロウに耳打ちした。

(ねえ、アキさんがわざわざ人が少ない朝に来たのってさ)
(そぉーーなんだよなあ……

クロウが手で目を覆って、天を仰いだ。

「遊星お前、頭は良いのになあ……







それは、当たり前の日常に紛れた、運命の一欠片だった。

ここにいる誰も、知らなかったのだ。
ブルーノが左利きの理由を。

ここにいたのがもし、勘の優れたジャックだったら。
あの時、鬼柳とジャックの話を聴いていたのが、クロウだったら。
ブルーノが記憶を取り戻すのが、あと少し早ければ。

誰かが、真実に辿り着いたかもしれない。
遊星は、そのチャンスを、永久に逃した。





未来から来た彼らは全員、機械の体を手にしている。
生前右利きだった彼らは、記憶を移植したコピーとなった時に、左利きとなった。

その機械の体は、血肉と血管で出来た人の体より比重がずっと重く
メモリ整理のための強制休止で、皆死んだように眠ることを。まだ誰も知らないのだ。




────コイツが敵チームのスパイだろうが世界の敵だろうが、



誰も知らない。
これから訪れる試練も、別れも、何もかも。




────オレたちを選ぶまで一緒にデュエルすりゃあ良いだけだろうが





目覚めの日は近い。


やがて答えを選び、手にする者は
赤い帽子のその下で、微笑みながら、運命の日のデュエルを待っている。






《小波の眠りと目覚めの話〜決闘機械デュエルマシンの見る夢は〜》





《ルート:ジャックアトラス〜さらわれた雛鳥に誓う》(WCS2010→TF4)


あれは、雛鳥の刷り込みだろう、とジャックは見ていた。



鬼柳がそいつを拾って来たのは、サテライト制覇がそろそろ大詰めを迎えようかという頃だった。
『面白いデュエルをするヤツ』だと言って、鬼柳はソイツを、チームサティスファクションの五人目のメンバーにすると、そう宣言した。

赤い帽子と赤いジャケットに身を包んだ、いささか細い線をした記憶喪失の決闘者。
自分の名前すら覚えていないような有り様で、まるで生まれたての幼い子どものような振る舞いで、拾われて素直に鬼柳に着いてきた。

『ほら、5・7・3 ゴー・ナナ・サンで、小波って読めんだろ?』
『ダジャレかよ!』

そんなヤツに不用意に名前などやるから、懐かれるのだと。
物好きにあきれながら、同時に鬼柳らしいとも思った。

その日から『正体不明の決闘者』は、『チームサティスファクションの小波』となった。

以来、小波は鬼柳の後ろを、よくついて回った。ひよこが親を慕ってトコトコ後ろを付いて歩くように。
面倒を見るように鬼柳が言いくるめて、他の子供たちと一緒にクロウのアジトに引き取らせてから、何だかんだとクロウも好んで面倒を見てやっていた。遊星がデュエルのルールを教えて以来、遊星にもよく懐いた。

目深に被った赤い帽子の下から、ニコリと笑う、その子ども。

あまりに都合良く現れて、あまりにするりと巧みに鬼柳とクロウと遊星の懐に入り込んだその子どもに、不信感を憶えなかったと言えば嘘になる。

だが、どれほど監視しても、どれほど警戒しても、赤い帽子の下から覗くのは、幼い赤子のような無邪気さだけだった。
デュエルをすれば、無垢はさらに強まった。初めてカードを与えられた幼子のような、嬉しげで純粋なデュエルだった。


だが、ジャックは警戒を解かなかった。
遊星もクロウも、突き放した態度を取るジャックをなだめては、小波に悪意が感じられないことを説いたが、ジャックは黙り込んで、さらに警戒を強めた。


遊星もクロウも誤解している。
ジャックが警戒していたのは、この子どもではない。
小波の背後に見え隠れする、何者かの意志 ・・・・・・だった。




都合よくデュエル以外の全てを忘れるなど、あり得るだろうか。
遊星は「記憶を失う前、よほどデュエルが好きだったのだろう」などと好意的に見ていたが、記憶を失うというのは、普通は防衛本能だ。恐ろしい目にあった時、壊れかけた自分を誤魔化すために、恣意的に記憶を封印するのだ。サテライトでは、ひどい暴力を受けた女子供が、そんなふうに壊れた心を誤魔化しながら、歪に生きるのを時折見かけた。

それに比べて、小波はあまりにもまっさらだった。
そういう歪さが、まるで感じられなかった。生まれたての子鹿のような、作りたてのキャンバスのような真っ白さだった。

小波の持ち物は、デッキと帽子と、いつも手放さない厚手の赤いジャケットだけだ。
小波は暑くても寒くても、何も感じないようだった。汗ひとつ掻くこともなければ、夏場も厚手の上着を脱ごうともしなかった。

そういう やからは、普通は服の下に、虐待の傷か自傷の痕を抱えているものだ。
コイツの背景を洗うには、それを確かめねばならなかった。遊星やクロウに凄惨な傷を見せるわけにいかなかったから、隙を見てひと気のないところに連れ込んで、服を脱ぐように言った。
小波は、きょとんとしたように、ただオレの指示に従って淡々と上着を脱いで、結果的にオレは逆にぎょっとさせられる羽目となった。

そう、厚手の服の下には、多少の傷はあっても、虐待めいたあざや自傷の痕は無かった。
だが、薄手のシャツ一枚になった小波の性別は明らかだった。

服を脱ぐ段階でも、女子供に当然あるべき羞恥をまるで感じなかったから、脱ぐまで全く気付かなかった。それどころか、小波は、オレが絶句して何も言わないのを見て、まだ脱ぎ足りないと指示されていると思ったらしく、シャツまで脱ごうと手を掛けたので、オレは慌てて止めねばならなかった。小波はきょとんとして、意味が分からなそうな顔をしていた。

分かったのは、コイツの性別と、意志の希薄さ、そして何よりコイツが命令され慣れている ・・・・・・・・・ということだった。



あんなに巧みにデュエルをするのに、小波のデュエルには、個性という物が無かった。
理想的で、計算され尽くした、美しいとすら言えるようなデュエルだった。まるで精密な機械のような、意志の介在が無いデュエルだった。そう造られた ・・・・ような、そう送り込まれたような ・・・・・・・・・、そんな意志の希薄さだった。

それが、遊星たちとデュエルを重ねるたびに、どんどん無邪気に花開いて変わっていく。
自分で考えて、自分でデュエルするなど初めてみたいに、幼さと純粋さが浮き彫りになっていった。

こんな子どもが、たまたま偶然、現れるなど、あり得るだろうか、
デュエル以外の全てを忘れて、デュエルを至上とするチームの前に現れるなど。



コイツを送り込んだ誰かがいる。
それは、ジャックの直感が告げる、絶対的な真実だった。



サテライトか、それともチームか、チームの誰かのもとかは分からない。
だが、この意志の希薄な、命令されることに慣れた子供を、ここに送り込んだ何者かが必ずいる。

ジャックは、自分の勘を信じていた。ジャックは己を疑わない。勘が暴き出す本質を信じている。
だからこそ、間違いなかった。この勘は、幾度となくこの過酷なサテライトでジャックの命を救ってきたものだ。この強烈な直感を頼りに、ジャックはコイツを送り込んだ何者かの目的を探り始めた。




監視する中で、小波は、誰かを嫌うということがなかった。

これは、小波の秘密を暴き出したジャックに対して、特に顕著だった。
あの厚手の服で性別を偽っているなら、それを暴いたジャックをもっと怖がっても良いだろうに、全くといっていいほど変わらなかった。小波は、ジャックに人気のないところに連れ込まれて服を脱がされた(大いに語弊があるが、事実だ。この点は観察力が足りなかったジャックにも責がある)のを誰にも話さなかった。おかげでジャックは名誉が傷付く大冤罪を被らずに済んだが、目ざとい鬼柳あたりは、ジャックと小波の間にあった出来事に、あたりをつけていたかもしれない。
だが、小波は、やはりジャックのことも慕って付いて歩いた。

鬼柳の後ろを慕って歩く。
あれは、雛鳥の刷り込みだろう、とジャックは見ていた。小波が拾われてきた経緯を考えれば、妥当だろう。

クロウを慕って隣を歩く。これも理解できなくはなかった。
小波の振る舞いは、クロウに保護された幼い子供たちに似ていた。この過酷なサテライトで、寝床や安全を担保してくれる存在に、信頼を寄せるのは当然だった。

ジャックに付いて歩く。これは、逆の意味で理解できなくもなかった。
サテライトの過酷さでは、分かりやすく強い者のそばに付いて回るのは益がある。自分に害のありそうな存在に、無害を無意識にアピールして付いて回る。これもサテライトではよく見かける処世術だ。


だが、遊星に関しては、違和感が残った。
遊星は確かにお人好しで無害な男だ。だが、盲信するなら鬼柳、慕うならクロウ、おもねるならジャックだろう。にも関わらず、小波は遊星のそばにいたがった。

小波が普通の女子供なら恋愛感情を疑ってもいいが、ジャックを前にした例の振る舞いを踏まえれば、それは無いと言い切ることができた。ならば、やはり違和感が残る。

ジャックの直感は、まるで「遊星のそばにいろと、誰かに言われている」かのようだと、そう暴き立てた。
それにチームの誰も、気付いていないようだった。


だが、証拠が無かった。
どれだけ警戒しても、どれだけ待っても、その『誰か』の尻尾は掴めなかった。

その内、小波はどんどんデュエルを吸収して、チームに馴染んでいった。小波がいることは徐々に当たり前になった。
意志の希薄さは残ったが、それでも小波は心からチームを好いていたように見えた。

もし『誰か』の思惑が牙を剥いても、今さら小波を切り捨てれば、遊星もクロウも深く傷付くことは必至だった。
だが、だからこそ。
『時』が来たら、ジャックが手を汚さねばならない。
それが、マーサハウスから遊星とクロウを連れて出た己の責任だと。ジャックはそう考え、いつも気を張っていた。


だから、鬼柳がその日、潰したチームのアジトから、カードではなく酒を迷わず回収してきたのを見て、ジャックはすぐにピンと来た。
その酒は、遊星でも、クロウでも、小波でも、ましてや自分で呑むためでもない。
ジャックに呑ませるために、回収してきたのだと。

「おっ、ラッキー! ジャック〜! 呑もうぜ!」

明るく、何も気付いてないふりで、恩着せがましくもなく、ただ自然に。
そんなふうに、仲間の心に手を伸ばそうとしていた。

そう、狂う前の鬼柳は。
あの頃は確かに、世界で唯一オレが こうべを垂れると決めた男で、救世主だったのだ。



「で? 疑り深いジャック様よ、結論は出たか?」
……実力は認める」

ずいぶん酔わされた後のことだった。
ジャックは眉間に深く皺を寄せ、眠る小波の方に視線をやった。口が滑った、とも言える。

「だが、素性も分からんのだ。思い出す記憶が、オレたちに都合の良いものとは限らん。その時はチームに入れたのが吉と出るか凶と出るか分からんだろう」
「信じてやらねえと信じねえんだよ、人間ってヤツは」

鬼柳はふっと笑いながら、口角を吊り上げて、目を伏せると、揺らしていた酒を一気に煽った。
鬼柳は、オレのこの言葉を待っていたのだと感じた。

「ジャック、お前は最初からオレを信じてたか。違ぇだろ。遊星やクロウもだ。もしコイツが敵チームのスパイだろうが世界の敵だろうが、オレたちを選ぶまで一緒にデュエルすりゃあ良いだけだろうが」
「鬼柳……


鬼柳は、ジャックの懸念に気付いていたのだ。
ジャックが独りで固めていた覚悟を、不要の物だと断じた。

そんな覚悟より、もっと大事なものがあるだろうと
鬼柳に手渡された新たな選択肢は、サァァ、とジャックの視界をクリアにした。

ジャックは、自分の視野がいかに狭まっていたのか、目からウロコが落ちる思いだった。


「おら、そろそろ狸寝入りも仕舞いだ、遊星。そいつをクロウのとこまで送っていけ」

ぴく、と遊星が肩を跳ねさせた。
テーブルにうつ伏せになったまま、寝たふりをして聞いていたらしい。鬼柳は気付いていたらしかったが、ジャックはまるで気付かなかった。それも普段のジャックにはありえないことだった。
遊星は、のっそりと起き上がり、こちらと小波を交互に見渡した。

「だが、鬼柳もジャックも相当呑んだだろう。オレぐらいここにいなければ、もし襲撃でもされたら……
「オレもジャックもそんなやわじゃねーよ」

ふっと笑って、鬼柳はフラフラ手を振った。
鬼柳に、遊星に。気遣われるなど。あまりにジャックアトラスらしくなかったと、ジャックは自分を省みた。

それからだ。ジャックが、チーム戦の合間に、小波のデュエル相手を務めるようになったのは。
小波は、たびたび相手をしてくれるようになったジャックに、ただ純粋に喜んでいるように見えた。ジャックが譲ってやったカードを、鬼柳や遊星に貰ったカードと同じように、とりわけ大切にしていた。

つかの間の平和だった。
それから、まもなくだった。鬼柳は徐々に狂い、チームは瓦解した。
それを、誰も止められなかった。鬼柳に依存したチームは、鬼柳を真の意味で救いはしなかった。オレたちはどこで選択を誤ったのか、オレたちの誰もわからなかった。

その直後だった。
小波は、クロウのアジトの前にデッキを落としたまま
サテライトから消えた。






取り乱したクロウから連絡を受けて、遊星もジャックも、蒼白で駆け付けた。
鬼柳がセキュリティに捕まったのは、昨日のことだった。遊星もジャックもクロウも、まだ喪失の事実を呑み込めないまま、呆然としていた。特に鬼柳を救おうとして鬼柳に恨まれる形になった遊星は、まだ茫然自失だった。

逆に、小波は昨日も今朝も、自分たちに比べれば落ち着いていたように見えていた。
今思えば、その方が不自然だった。自分たち以上に、小波にとっては鬼柳はセカイの全てだ。そんなことにも気付かなかった自分たちは、どれほど動揺していたのか。後ろから鈍器で激しく頭を殴られた思いだった。

小波は、アジトの前でクロウと二、三、言葉を交わした後、クロウが先に寝床に入り、一向に後ろからついて来ない小波に気付いて、アジトの外を見た時には、もうそこには誰もいなかった。その間、十五分も無かったという。

アジトの前には、アイツのデッキが落ちていた。
オレがやったカードも、遊星がやったカードも、鬼柳がやったカードも、そこにあった。

クロウは、誰かに かどわかされたのではないかと、今にも飛び出しそうにしていた。
遊星は、まだ近くにいるかもしれないと、蒼白であいつのデュエルディスクの信号を辿った。
オレは、二人が慌てる横で、全身の血が引いた思いで、頭にのぼった血が冷え、逆に冷静になって、地面の痕跡を探った。
クロウのアジトの前は、埃だらけのアスファルトだ。争った痕跡があればすぐに分かる。
だが、地面には、争った後も、抵抗した後も、何も残っていなかった。
小波の靴跡は、まっすぐ海の方に向かっていた。遊星が辿ったデュエルディスクの信号は、すぐに所在が知れた。サテライトの濁った海の上に、壊れたディスクが、捨てられたように浮いていた。



誘拐か、失踪か、身投げか。
真相はついぞ分からなかったが、状況を踏まえればいちばん可能性が高いのはどれか、誰の目にも明らかだった。


クロウは、「……アイツのもんを荒らされたくねえ」と、小波が残したDホイールをどこかに隠した。あれは遊星が小波にスクラップを寄せ集めて作ってやったものだった。

遊星は、濁った目で「小波は生きている」とデッキに縋り付いて、片時も手放さなかった。

オレは、わずかな可能性に賭けて、裏社会に生きる連中を刈り回ったが、しばらくして何の成果も得られないと悟ると、小波の捜索を打ち切った。

わずか二日で、鬼柳と小波、二人を失ったオレたちは、マーサハウスを出て得たはずの全て失って、立ち尽くした。

ただでさえ鬼柳の件でオレたちの方針は割れていたのに、「アイツのことは忘れて生きろ」と言ったオレと、頑なに「小波は生きている!」と主張しながら呆然と動かない遊星との間で、ハッキリと軋轢を生んだ。
結局、オレのことも遊星のことも、クロウは殴り付けて去った。

そうして、オレたちの亀裂は決定的なものとなった。







ジャックがマーサハウスを出ると決意したのは、十五歳を過ぎた頃だった。

マーサに与えられたものは数知れず、愛情深く育てて貰った恩は計り知れない。ジャックが歳を重ねるたび、幼い弟妹は増えていく。このサテライトで、身寄りのない子供は無限に生まれてくる。その全てをマーサは、可能な限り両腕に抱きしめてやりたいと望むだろう。ならばジャックがいつまでも穀潰しでいるわけにはいかない。

食料も服も薬も金も、あらゆるものが足りないのだ。
体格の良いジャックが一人抜けるだけでもずいぶん助かるだろう。ジャックが外の世界で戦い、勝ち取ったものをマーサに渡してやれれば。

幸い、ジャックは年齢にしては体躯に恵まれ、喧嘩も強かった。決意を固めたジャックを、マーサはひどく心配したが、だが決して選んだ道を遮るような真似はしなかった。
「わかったよ。けどね、ここはいつだってあんたたちの家だからね」
痛いほど強く抱きしめてくれた、育ての母の愛情を、忘れる日は決して来ないだろう。
だが、いつの間にか、偉大な母は、ジャックよりはるかに小さかった。守られるばかりでなく、守る側に立つために、ジャックは旅立たねばならない。

マーサハウスで最も近しかった遊星は一つ下、クロウは二つ下だった。マーサハウスではどちらも年長者に当たる。ジャックはここを出て行く決意を伝え、いずれお前たちもマーサの庇護を離れて自立するよう告げた。
遊星は体格はそこそこだが頭が良いし、クロウは体格に恵まれないが侮った輩の隙を突くのが上手い。きっとやっていけるだろう。年長者として、オレはこいつらの手本にならねばならない。

ジャックが決意を固めた頃、遊星はじっと、あの澄んだ青い眼で、オレを見つめていた。

「ジャック、オレも連れていってくれ」

予期せぬ提案に、別れを告げたジャックは、足を止めた。
振り返ったジャックに、遊星は言い募った。

「いつか自立しなければならないなら、一緒に出ていった方が安全だと思う。マーサもその方が安心するだろう。オレも抜ければそれだけみんなの食事が増える」

遊星の提案は、ひどく合理的で、あらゆる面で良い案に思えた。
確かに、お人好しがすぎる遊星一人で自立するより、ジャックと共にいれば余程安全だ。
二人でいれば必要な糧は倍になるが、糧を得る手段が増えるのは、ジャックから見ても有益だった。
マーサハウスは年長者が二人抜ける分、負担が軽くなるだろう。誰も損をしない、誰から見ても良い案に思える。遊星は、そういった提案が得意だった。

冷静で頭は良いが甘すぎる遊星と、周囲への警戒を怠らないジャックの組み合わせは、これからサテライトで生きていくのに、良い組み合わせに思えた。
断る理由がなかった。だから。……無意識の甘えに。一人でサテライトで生きていくことに対する不安に。それに弟妹を巻き込む責任に、無頓着でいられたのだ。

「お、オレも、オレも連れていってくれ!」

そうクロウが声を上げたのも、今思えば当然の流れだっただろう。
こうして三人でマーサハウスを出たオレたちは、だが、順風満帆とはいかなかった。サテライトの環境は、想像以上に過酷で、所詮守られて生きてきたオレたちが、順調に勝ち進めるわけもなかったのだ。
日々の食糧を得るのも精一杯で、安全な寝床を確保することすら難渋して、オレたちはどんどんすり減っていった。
救世主が現れたのは、そんな時だった。

「なあ! そんなつまんねえこと辞めて、オレと満足しようぜ!!」

そう笑った鬼柳を、今でもハッキリ思い出せる。
オレたちはどこで間違ったのか。




独房で鬼柳は死んだ。ついぞ面会は叶わなかった。

鬼柳を殺したのは誰か。何がオレたちから鬼柳と小波を奪ったのか。
遊星は、自分が鬼柳を救えなかったのが原因だと、以前にも増して身を削って周囲を助けるようになった。
クロウは、鬼柳の死を意味あるものにしようとした。子供たちを護り、助け、かつて自分が鬼柳に救われた時間を、無駄にしないために走った。

だが、遊星もクロウも、この街を出ることを諦めてしまった。
二人とも、自分の眼が濁っていることに、気付いていない。

一見、献身的で聖人的でさえある、遊星の人助けは、あまりにも度を越えている。
元々、遊星はそのようなヤツではなかった。甘すぎるきらいはあったが、あのような、身を削ることでしか自分の役目を見つけられないような、周囲に依存し、周囲を依存させて生きる男ではなかった。鬼柳が狂った時に、コイツもおかしくなってしまった。
救世主願望、メサイアシンドローム。アイツの夢を覚まさせなければならない。

一見、懸命に生きているように見えるクロウは、今と未来ばかり見て本質を見失っている。
子供たちを助ける、大いに結構だ。だが、クロウのそれはマーサとは違う。
クロウのマーカーは今や顔中に増えた。それを勲章のように掲げながら盗んで与えるなど、子供たちにどんな大人になれと示すつもりだ。子供が同じやり方をした時、誇れるというのか。
この街にヒーローなどいない。クロウが憧れる英雄などいないのだ。だが、夢を与える存在は必要だ。


ジャックは、このサテライトこそが、鬼柳を奪ったと考えた。
この病んだ街こそが、あの時間を奪った。
今、ジャックは、病んだ街にこいつらまで奪われそうになっている。
ならば、ジャックが目を覚ましてやらねばらない。だが、どうやって。

そんな時だった。シティから使者がやってきたのは。
そいつは、何が目的か知らないが、ジャックにサテライトを出てキングになれという。
条件は、遊星からスターダストを奪うことだった。

だが、この機を逃せば、遊星を夢から覚めさせるチャンスは永久に失われると直感した。
シティからやってきた使者は、ジャックを利用する気だろう。
ならばこちらが、利用してやる。


ジャックは遊星のスターダストを奪い、遊星が作ったDホイールを盗んで、シティへ躍り出た。



目論見は叶った。
遊星はジャックを追って、サテライトを飛び出した。

遊星は目を覚ました。クロウの方は分からんが、少なくとも子供たちに見せる夢に相応わしいデュエルをしてきた自負はあった。

サテライトから飛び出してきた直後は、まだ眠りから醒めたばかりのような目をしていた。
だが、フォーチュンカップ決勝まで上がってきた時には、間違いなくあの濁りは取り払われ、昔ジャックを見つめた、マーサハウスを出た日の、あの澄んだ目を取り戻していた。
遊星が最後にあの眼をしたのは、鬼柳を失う前だ。ようやくジャックは、遊星と真の意味で目を合わせることができた。後はデュエルで勝利すれば、ジャックの望んだハッピーエンドだった。

だが、ジャックは負けた。
この時、ジャックはようやく気付いた。目が濁っていたのは、遊星とクロウだけではない、自分もだったのだと。





ジャックが事態を完全に見誤っていたことを知ったのは、何とあれから二年近くも経ってからだった。

小波失踪の真実を突き止めたのは、遊星だった。
十六夜を良いように洗脳し、思考を奪い、利用していた男、ディヴァイン。
そいつは、小波を攫い、カーリーをビルから突き落とした、オレたちの仇というべき男だった。

そいつはサイコデュエリストで、他者を洗脳する超常能力を持っていた。
小波はその男に洗脳され、攫われ、今に至るまで監禁されていたのだという。

「小波!?」

遊星と共に、崩壊したアルカディアムーブメントのビルから脱出してきた小波は、二年の時を経て、ジャックの前に突如再び姿を現した。

「お前、今までどこに! いや、それより、生きていたのか」
「アルカディアムーブメントのディヴァインという男に、洗脳されて監禁されていたらしい」

遊星がそう補足し、ひどくほっとしたような顔をした。
瞳の危うさは取り払われ、遊星の眼の曇りは真に払われたと分かった。その最たる理由が取り戻した小波だと、すぐにわかった。

小波は変わらなかった。小さく見えるのは、この二年でオレと遊星の背が伸びて、小波が変わらないからだった。
小波は、遊星が返してやったデッキを、ほっとしたように、抱きしめていた。
その光景を見て、オレは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

そうだ、小波が残したデッキには。
オレや遊星、そして何より、鬼柳がやった、形見ともいうべきカードが入っていた。
なぜ気付かなかったのか。あの小波があのデッキを残して身投げなどするものか。
鬼柳が遺したカードを手放すものか。

気付けたはずだ。
抵抗した跡がなかったのは、サイコパワーで操られたから。
まっすぐ海に向かったのは、シティ行きの船に乗り込まされたから。
デュエルディスクを海に投げ捨てたのはあの男で、あいつの宝物のデッキが打ち捨てられたままだったのは、あの寄せ集めデッキに、レアカードなど皆無だったからだ。

気付けたはずだ。
小波が鬼柳の、オレたちの託したカードを、決して手放すはずがないと。
生きていると信じてさえいれば、あの頃、そう、たとえば、慈善活動を謳った身なりの良い男がシティから乗り付けた船でBADエリアをうろついていたと、その類いの情報を見つけることが、できたはずだ。
ジャックは、みすみすその機会をふいにした。小波が生きていると信じなかったからだ。生きていると信じた遊星は動かず、動けたジャックは途中で諦めた。そのせいで、小波は二年もの間、オレたちから引きはがされて、監禁生活を強いられた。
アイツに身寄りは無い。だから、オレたちがやらねば、誰も小波を救えなかったというのに。

(気付けたはずだ、それを!)

ジャックは、後頭部を鈍器で殴られたような思いだった。
小波は、二年ぶりに会ったオレに、コイツを救う機会をみすみすふいにした男に、ただ嬉しげにニコリと微笑んだ。
自分のデッキとジャックの顔を交互に見比べて、こてん、と首を傾げるのは、デュエルをねだる時のやつの癖だった。

……っ! 今はそれどころではない!」

応えてやりたかったが、今応えれば、荒れ狂う海のようなジャックの内心を、理不尽に小波にぶつけてしまう。
小波は残念そうに肩を落としたが、それでもニコリと微笑んだ。
もう、いつでもまたデュエルできるのだと、ただ喜ぶような微笑みだった。


このときデュエルに応じてやらなかったことを。
ジャックは、今でも悔やむ。


ジャックは、自分の眼がいかに曇っていたか、思い知った。
遊星やクロウの目の濁りを取り払おうとしたジャック自身が、これほどまで目が濁っていたのだと、突きつけられて。
その動揺で、このジャックアトラスともあろう者が、おめおめと撤退を図ったのだ。

サテライトで育った身だ。
明日など、誰にも分からないと。
身をもって、知っていたというのに。


この後、まもなく。
小波は、消えた。


ダークシグナーとしてよみがえった
鬼柳京介のタッグパートナーとして。




◇ ◇ ◇


ダークシグナーとして現れた鬼柳の隣に、小波が立っているのを見て
遊星も、ジャックも、クロウも。絶句した。

ダークシグナーは死者だ。最初に、小波の安否に蒼白となり、次に小波がダークシグナーでないと分かると、皆、最初は、他の決闘者のように、蜘蛛の痣に洗脳されているのではないかと、小波に必死に呼びかけながら、鬼柳と小波のタッグに挑んだ。

だが、デュエルをすれば、すぐに知れた。小波は洗脳されてなどいなかった。
自分たちと敵対する道を選んだ小波に、動揺が走った。



シグナーとダークシグナーの戦いは熾烈を極めた。
敗北した者は地縛神の生贄となり、次々に消えていった。

だというのに、小波と組んだ鬼柳は、クロウを、ジャックを、遊星を襲撃しながら、最後まで誰にもトドメを刺さなかった。


誰も、勝てなかった。最初に襲われたクロウとラリーのタッグも、次に襲われたジャックと龍可のタッグも、二人を止めるために全霊を尽くした遊星とアキのタッグも。誰ひとり、鬼柳と小波のタッグに勝てず、二人を止められなかった。

敗北に、消える覚悟をした全員が、生き残った。鬼柳は復讐を謳いながら、誰も殺さなかった。生き恥をさらせと、そう煽りこそしたが、行動は間違いなく全員の命を見逃すものだった。

「行くぞ、小波」

踵を返して敗者に背を向けた鬼柳を、誰も追えなかった。そう、追えたのは、小波だけだった。
地を這い、泥を舐めながら、必死に顔を上げたジャックも、クロウも、遊星も、気を失う前に見た最後の光景は、苦しげな顔をした小波の、はくはくと唇だけで告げる、音のない謝罪だった。

────ごめんごめんなさい

仲間を裏切り、仲間に手をかける。
離反に、血反吐を吐くほど苦しんだ、あまりにも苦痛に満ちた謝罪だった。



小波は最後まで何も語らなかったが、オレたちは決闘者だ。デュエルをすれば、そこにある怒りや憎しみ、哀しみや願いが伝わる。

小波のデュエルからは、どれだけ向き合っても、たったひとつの願いしか伝わってこなかった。
もう誰もいなくならないで、と。

小波は、誰も裏切ってなどいなかった。
小波は、ただ、全員を救おうとしただけだ。鬼柳の隣に立つことで、鬼柳の狂気を押し留め、かつての仲間を手に掛けないよう、ギリギリのところで踏み止まれるよう、隣でひたすら、鬼柳を引き留め続けていた。
鬼柳を止め、鬼柳に誰も殺させないために。鬼柳とオレたちを必死に守っていた。自分は裏切り者の烙印を押されながら。






終幕は、荒野で。デュエル終了を告げるbeep音が、二人のデュエルディスクからしていた。
勝者は小波で、敗者は鬼柳だった。なのに、絶望した顔をしているのは小波で、鬼柳はひどく、満たされた顔をしていた。


鬼柳は自分のデッキではなく、小波が鬼柳のために組み直した、タッグ用のデッキを使っていた。
シングルでは、とても本来の実力を発揮できなかっただろうに、鬼柳はラストデュエルにそのデッキを選んだ。


「決めてたんだ。幕引きはお前にって」

駆け付けたジャックもクロウも遊星も、遠くから蒼白で走り寄った。

「やっと、満足したぜ」

小波の腕の中で、灰が崩れるように、鬼柳は消えた。
満足げな笑みだけを、残して。




小波は、地面に崩れ落ち、茫然と動かなかった。


「鬼柳…………!」

遊星が、あぜんと声を上げた。
ジャックもクロウも、立ち尽くした。

遊星も、ジャックも、クロウも。
鬼柳京介という男を、二度も救いそびれた。
救いを与えたのは、オレたちではなかった。今、潰れそうに震えた小波だった。


鬼柳が使っていたデッキが、主人を失って、バラバラと地面に散った。
小波は、ヒュッ、と息を飲んで、震える手で、風に散るそのカードを追おうとして、


だが、次の瞬間、ぐらりと傾いだ。

「!!」

ジャックは慌てて腕を伸ばした。
小波はジャックの腕に抱えられるように、倒れた。

「おい!? 小波!?」
「小波!!」

パサリ、と地面に帽子が落ちた。
小波は、ジャックの腕の中で、気を失っていた。

慌てて抱き起こした小波の目尻に、涙が光っているのを見て、息を呑んだ。

……っ」

小波の服は、あちこちが裂けていた。
デュエルのダメージが実体化する闇のデュエルの中で、ジャックやクロウたちの本気の抵抗を受けたのだ。小波はずっと、ジャックたちの攻撃を耐え続け、鬼柳にダメージがいかないよう庇った。


誰が見ても、小波はズタズタだった。
その身体だけではなく、心もだ。


そこにいる誰もが、鬼柳の二度目の喪失に、頭をぐちゃぐちゃにされていた。
だが、デュエルで鬼柳を止められなかったジャックも、クロウも、遊星も、何も言う権利を持たなかった。


遊星も、ジャックも、クロウも、黙って顔を見合わせ、頷き、同じ結論に至った。
目覚めない小波を、戦いから引きはがし、安全なところに預け、三人で最後の戦いに向かった。小波の手を借りずに。
だから、最後の戦いはすべて、小波の預かり知らぬところで行われた。







戦いは終わった。オレとクロウが託したバトンを受け継ぎ、遊星がゴドウィンを討ち果たした。
地縛神の生贄にされた人々は、皆戻った。死んだはずの鬼柳やカーリーたちも、記憶に欠けはあるが、目覚めた。奇跡のような出来ごとだった。皆、歓喜に打ち震えた。


だが、壊れた小波の心は、そう簡単に戻らなかった。

「なんだと!?」

ことがはっきりしたのは、小波を保護したマーサハウスからの一報だった。

「デュエルができない……だと……!?」

マーサからそれを教えられた遊星は、青い顔でそれをジャックに告げた。
小波は、何を聞いても、今までの経歴を思い出せず、思い出そうとすると頭を抱えて痛がって、何度も気を失っているという。

「自分の名前はおろか、────オレたちのことも、分からないそうだ」

遊星は、ようやく訪れたハッピーエンドの中で、蒼白のまま、爪が食い込むほど拳を握りしめて、唇をかみしめていた。

「そんな、馬鹿な!」
「マーサは言っていた。心を守るための防衛本能かもしれないと。小波には休息が必要だ。だからまだ、俺たちは小波と会わないほうがいいかもしれないと」
……っ!!」


全てが終わり、目覚めた小波は。
オレたちがわからなくなり、デュエルができなくなった。それが小波の傷だった。


それから時間が経ち、街の復興が本格的に始まった頃、ジャックは、頃合いを見て、マーサハウスに密かに様子を見に行った。
物陰から遠目に見る小波は、年少の子どもたちに囲まれて、床にカードを並べて笑っていた。
デュエルディスクを使わない、子ども同士の無邪気なタッグデュエルの途中だと分かった。

幼い子供たちに囲まれて、床にカードを並べてダイレクトアタックする小波が、鮮やかに勝って歓声が上がる。
自分より年少の幼子たちに囲まれた小波は、幸せそうに見えた。心はまるで、周りの幼子たちと同い年かのようだった。

「最初はカードに触るだけで苦しんでたのが、やっとあそこまで元気になったんだよ。けどねぇ……

マーサがジャックにそう告げて、表情を曇らせた。
年少の子どもが一人、遠くからデュエルを終えた小波に駆け寄った。

「ねぇ、こなみ〜! ぼくとデュエルしてよ!」

そう言われた途端、遠目でも分かるほど、ハッキリと小波の表情がこわばった。

幸せそうにデッキを整え直していた指先は硬直し、バラバラと手からカードが滑り落ちた。
肩が震えて、座り込んで、頭が痛いみたいに頭を抱えた。

様子が変わった小波に、他に比べれば一回り背の高い、年長者らしき女の子が、「こら!だめっていったじゃん!」と少年を叱った。
「マーサが言ってたでしょ!」
「でも、でも、タッグばっかりじゃなくて一対一 シングルもやりたいよぅ」
「だーめ!」

小波が、息を整え直して、ふらふらと顔を上げた。
タッグデュエルなら、と返事をしたのが分かった。
小波は瞬く間に歓声を上げる幼い子どもたちにもみくちゃにされて、再び小波を中心にタッグデュエルが始まった。
その中心で小波は、先ほどのやりとりなんてなかったみたいに、やはり幸せそうにしていた。


「ずっとあの調子なんだよ」

マーサが心配げにジャックにそう告げた。
タッグデュエルは好んでやるのに、シングルだとああして顔を真っ青にして頭を抱えてしまうのだと。震えて動けなくなるのだと。

すぐに何事もなかったみたいに笑う小波には、以前は無かった「歪み」が、はっきり存在していた。

「理由を聞いたらねぇ、怖いっていうんだよ」

マーサは多くの子供たちを保護してきた養母だ。
親を失ったり、事故にあったり、多くのトラウマを抱えた子供たちを、その両腕で抱きしめてきたシスターだった。

「デュエルが大好きなのに、一対一だと相手が死んでしまいそうで怖いって言うんだ」


ジャックは、頭を殴られた気がした。



よく見れば、小波のデュエルは、まるでタッグ専門であるかのように、タッグ以外一度もしたことがないような、タッグを前提とした動きばかりだった。
真っ白な雪のように無垢だったデュエルは、はっきりと歪んでいた。

原因は明らかだった。
鬼柳を手にかけた一対一 シングルを恐れ、オレたちを守り抜いたタッグばかり、していた。
それしかできないのだ。


決闘者にとって、デュエルができないなど、腕をもがれたようなものだ。
小波の手足はもがれたのだ。

(いや、……その責は、)

鬼柳を止められなかった、俺たち全員にある。
ジャックは、爪が食い込むほど拳を固く握った。ようやく、ジャックは遊星が詳細に口をつぐんでいた理由を知った。





────あれは、雛の刷り込みだろうとジャックは見ていた。

小波にとって、名を与えた鬼柳は、親鳥に等しい。
そうだ、小波は、親殺しをさせられたのだ。だから壊れた。



何が何でも、あのような役目を小波にやらせるべきではなかった。鬼柳に引導を渡す役目は、俺か遊星かクロウがするべきだった。遊星もまた、同じように思っているのだ。だから、小波の現状に、あんなにも後悔した顔で目を伏せたのだ。
俺たちが鬼柳を止められていれば。




小波は再び、記憶を失った。二度目の記憶喪失だった。
だが、二回目は、拾われた時と違い、歪んだ。


どこか歪で壊れたそのデュエルに。ジャックは悟った。


オレは、小波と再び向き合うチャンスを
あの幼い笑顔に応えてやるべき機会を

すんでのところで、またも逃したのだと。




ジャックも遊星もクロウも。あの戦いを憶えている全ての者で、小波の件は話し合った。

ひとつ、小波にシングルデュエルを挑まぬこと。
ふたつ、小波から接触があるまで、関わらずに待つこと。
みっつ、小波が記憶を思い出すまで、あくまで初対面を装うこと。

小波の記憶喪失は、防衛本能の可能性が高い。
ならば傷が癒えるまで、小波に合わせてやる方が良い。それが出した結論だった。

全てを忘れた鬼柳は、この街から旅立った。拓けた世界を見に行くという。
今のまま鬼柳と小波を関わらせれば、何が爆弾になるか分からない。双方にとって良くない結果となるだろう。今はそれが最善だった。

最初はデッキに触るのも困難だった小波は、幸い、タッグデュエルを楽しめるほどまで回復している。
ならばタッグデュエルを重ねていく内に、やがて心の傷が癒え、オレたちを思い出すこともあるだろう。小波がオレたちとのデュエルを望むまで、根気強く待つことが、歯がゆいが俺たちにできる唯一のことだった。

タッグデュエルを重ねる内に、小波はずいぶん元気を取り戻したらしい。
牛尾たちが、時折捜査協力の名目で連れ出していると聞く。

しばらくして、小波はマーサハウスを出た。
いつまでも世話になっているわけにはいかないからと、マーサの知り合いの伝手で部屋を借りたらしい。ポッポハウスに居を構えた自分たちと同じように。



次の転機は、WRGPの開幕式のパーティだった。
重大発表があると聞き、街中のデュエリストが集まっていた。ジャックや遊星、クロウだけでなく、十六夜アキや龍亞、龍可もそこにいた。
イェーガーはそこで、WRGPの予選が始まるまでの間、生まれ変わったこの街で、この世界的な祭りを盛り上げる、デュエリストたちの夢の交流の場として、夢の祭典、ワールド・タッグデュエル・グランプリ、通称WTGPを同時開催すると宣言した。

そこでは、毎週ごとにタッグトーナメントを開催し、その都度、優勝者を決め、賞品カードを与えるという、祭りの要素が強い催しだった。
だが、なんといってもこのトーナメントの特徴は、会場がWRGPで使用されるデュエルレーンの先行公開の場であること、そして参加者の全ての者に、毎週ごとにタッグパートナーの変更が認められていることだった。


WRGPは三人のDホイーラーのチーム戦だ。
これからチームを組む仲間との戦術の確認、敵チームの偵察、あるいはまだ見ぬ仲間探し。

タッグデュエル・トーナメントは、WRGPの前哨戦。
すでに情報戦は始まっていて、熾烈なスカウト合戦の場となるということだった。


「WTGPか!」
「いったい、どんな連中が参加して来るんだろうな? へへっ、こりゃ楽しみだぜ!」

遊星とクロウがそう言葉を交わし合った。ジャックは、「どんな連中が来ようと、臆する必要などない。正面からぶつかり、打ち砕くだけのこと」と一蹴した。

ここにいる強豪デュエリスト全てが、イェーガーがこの祭りを開催した真の意図に気付いている。
チームを持たない者も、このタッグトーナメントを勝ち上がれば、強豪チームからのスカウトを受けられるかもしれない。
既にチームを決めた者は、敵チームの偵察の絶好のチャンス。
すでにWRGPは始まっている。これは、想像以上に水面下で熾烈な駆け引きがあるに違いなかった。ジャックもまた、血が燃えた。


「ネオ童実野シティ以外からも、デュエリストが集まってくるはずだ」と、遊星が冷静に分析する。
クロウがはやる気持ちを抑えきれないように「ああ、そうだぜ。未知の強敵が、もうこの会場に来てるかもしれないぜ?」とジャックの背を気さくに叩いた。

「ふん、未知の強敵だと? いったい、この中の誰がそうだと言うのだ?」

ジャックは周囲を見渡した。


転機はこの時だった。
人でごった返したパーティの会場に、ふらふらと迷い込んだような、赤い色が不意に視界を横切った。


!」


ジャックは、急いで振り返った。
まさか、と人混みに目を凝らしたジャックは、誰よりも早く見つけた。
見慣れた赤いジャケットに身を包んだ、小波を。


息を呑んだジャックに気付いた遊星が、不思議そうに振り返って、同じように息を呑んだ。
……クロウ」
遊星が、声を低めてクロウを呼んだ。クロウもまた、小波に気付いた。






人混みに流されて小波が近付いてくる。

関わるべきか、遠ざかるべきか。
ジャックは、目まぐるしく頭の中で、どうするべきかを計算した。

だが、近付いてくる小波が、顔を上げて
ジャックと目を合わせた瞬間

バチッと、星が弾けるように
ジャックは、なすべきことが分かった。



「おい、そこのお前」

小波がジャックを見上げて、ぱちり、と瞬きした。

「そんなところに独りで突っ立っていないで、こっちに来い」


「お、おい、ジャック
クロウがジャックを小声で咎めた。だが、ジャックは迷わなかった。なすべきことが分かった。クロウがどうしていいか分からず、あたふたと「悪いな、礼儀知らずで」とフォローのつもりらしい言葉を重ねたが、後に引かないジャックを見て、ジャックの意図に気付いたのだろう、クロウはごくん、と唾を飲み込んで、覚悟したように言葉を継いだ。

「ここに来てるって事は、あんたもデュエリストなんだろう? オレたちもそうさ」

いささか大根だったが、咄嗟にしては悪くないパスだった。
そう、ジャックは、今ここで、小波との出会いをやり直すと決めた。

「オレは、クロウ・ホーガン。で、こっちが遊星でコイツは、ジャックだ」

クロウは、小波の反応を伺いながら、慎重に名乗った。
この街のデュエリストで、新旧のキング、ジャックと遊星の名を知らぬ者はいない。だからこれは、小波の反応を見るためだった。

小波は幸い、あの時のように頭を抱えて痛がることも、苦しむこともなく、どこか戸惑ったように、困惑を顔に貼り付けていた。
まるで、どこかで会ったことがあるのに、思い出せないみたいな、懐かしげで新しい出会いだった。

「名を、」

咄嗟のことに、硬直していた遊星が、ようやく唇を動かした。

……名を、教えてくれないか」

遊星の眼が、切なげに細まった。
初めての相手に向ける眼では無かった。だが、小波は、それに気付かぬように、あの頃と同じように、小波、と名乗った。遊星は、懐かしげで、苦しげな顔を、瞬く間に掻き消して、小波に手を差し出した。

「そうか、小波というのか。デュエリスト同士、遠慮はいらない」

小波の小さな手を握った遊星が、噛みしめるように言った。

「よろしくな」



小波が、ふっと表情を緩めた。
どこか安心したようなその表情に、ジャックは。己のなすべきことを、やはり間違いないと、確かに掴んだ。

「そこのお前……小波と言ったか」

カツン、とジャックが歩を進めた。
遊星と握手していた小波と、パチリと眼が合う。

できるだけ尊大に。かつてのキングたる傲慢さを、全面に。
ジャックは、その一言を、言い放った。

「お前をジャックアトラスのパートナーにしてやろう!」

小波の眼が、ゆっくりと見開かれた。
遊星が横で、慌てたように「ジャック、」と言い淀んだが、ジャックはもう迷わなかった。


「光栄に思うがいい! 優勝するのはこのオレ、ジャックアトラスだ!」


著名人が集まるパーティで、フラッシュが焚かれた。


◇ ◇ ◇


ジャックの思惑は、成った。
大会の一週目、ジャックと小波のタッグは、見事に優勝を成し遂げた。

当然だ。小波のデュエルはよく知っている。
小波は「旧キングのタッグパートナー」として一躍有名になった。

ジャックはキングとして、かつてエンターテイメントの中心にいた。
自分の知名度がどう左右するか、どうすれば望んだ方向に民衆を誘導できるか、誰よりもよく知っている。

この大会は、一度優勝したタッグは二度参加できない。
自動的にジャックとタッグ解消となる小波のパートナー目当てに、人々が殺到した。
小波は、タッグパートナーの申し込みもタッグデュエルの申し込みも、入れ食い状態となった。

旧キングが見初めた、タッグデュエリスト。
まるでシンデレラ・ボーイのように称され、小波のタッグの腕は有名になった。
小波が避けていたシングルを申し込む者は皆無となった。

どこかほっとしたように、多くのタッグデュエルの誘いに応じる小波を横目に、ジャックは、思惑が成ったことに安堵した。


既に遊星に敗れ、過去の遺物となったキングの威光だが、それが小波のデュエルを守ることになるならば、まだ意味がある。
それは、拐われた小波を救うチャンスをみすみす棒に振った償いであり、同時にジャックが心から望んだことでもあった。


「いいか、小波、よく聞け」

タッグ解消、前夜。
次のタッグパートナーを選び、二周目の大会に挑戦することを決めた小波に、ジャックは言い聞かせた。

「お前がもし、シングルをしたいと、心から思う日が来たら、」

心に刻み込むように、真摯に告げた。


「必ずオレに言え。お前のデュエルを、オレは決して拒まん」





ジャックアトラスの、それは誓いの言葉だった。

小波は、じっとジャックを見上げると、ふっと微笑んだ。
ありがとう、ジャック、と。
告げる感謝に、ジャックは、成すべき役目の終幕を知った。ジャックは小波を、次のデュエルへと送り出した。

小波が過去を思い出しても、そうでなくても
ジャックがすべきことは変わらない。

ただ、この先もジャックアトラスとして在り
いつか約束が果たされるその日まで、誓いを胸に走るだけだ。


……待っているぞ」


ジャックは信じている。
誓いが果たされる、その日まで。





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《第三章:鬼柳京介√〜気付いた時にはもう手遅れ》(TF4→TF5)

シグナーとダークシグナーの戦いは、五千年周期で繰り返される、『儀式』だ。
儀式には贄が必要だ。そして、願いを叶える強い意志も。

ゴドウィンと遊星のラストデュエル。勝者は、不動遊星。

儀式はいつの世も、勝者に、願いを叶える権利を与える。
勝者に全てを。あらゆる生を。
願うなら、いかなる富も、永遠の命も、与えよう。この世の全ての王となる権利を与えよう、と。

だが、この文言は、既に人の世では失われて久しい。
勝者たる遊星が願ったことは、ひどくささやかで、同時に、人の世の理の全てを無視した、途方もない願いだった。

だから、遊星は知らない。
世界は、遊星が無意識に願った通りに、再生されたことを。

生贄に消えたマーサたちを、サテライトの全ての者を、この戦いで犠牲になったすべての者たちを、現世に返してくれ。
ダークシグナーとして失われた鬼柳 ともを返してくれ。俺達 シグナーが心から望む者たちを返してくれ。

五千年、五千年もの、人の世のよどみと願いを吸収し続けた、赤き竜、ケッツァコアトルは。
捧げられた心臓にふさわしい願いの冠を、新たな星竜王の額に与えた。

《叶えよう》

そうして、望まれた者たちを、冥府の王の手から奪い去って、与えた。
世界は、閃光に包まれた。











鬼柳が目を覚ました。

シグナーとダークシグナーの戦いは終わった。生贄にされた人々は目覚め、平和は取り戻された。
遊星と戦った鬼柳だけでなく、クロウと戦ったボマー、アキと戦ったミスティ、そしてジャックと戦ったカーリーも、目覚めた。
記憶がある者も、無い者もいた。鬼柳は後者だった。

「鬼柳ッ!!」

その日、まるで、赤い粒子が、祝福のようにサテライト中に降り注いだ。
地縛神に捧げられた人々は、光の粒子の中で徐々に姿を取り戻し、街の至る所で歓喜を叫んだ。

クロウが戦った場所にボマーが、アキが戦った場所にミスティが現れた。彼らは赤い光の粒子を全身に浴びながら、ゆっくりと目覚め、生きていることが信じられないみたいに、驚愕した。
アキがミスティと再会を喜び合う中、遊星とジャックはその光景に息を呑んで、踵を返して走り出した。
遊星は鬼柳と、ジャックはカーリーと最後に戦った地に走った。

「カーリーッ!! いるのか!! どこだ!!」

「鬼柳! 鬼柳ーッ!!」

はたして、彼らはそこにいた。
天から祝福のように降り注ぐ赤い粒子を浴びながら、光が少しずつ鬼柳の、カーリーの形を成していくのを、夢でも見ているような心地で、見つめた。

やがて、赤い光が消える頃、地面に横たわった鬼柳のまぶたが、震えた。
遊星は息を呑んだ。衝動だった。後先の全てが頭から消え、鬼柳を死神に奪われまいと必死にしがみついた。

全てがスローモーションのようだった。鬼柳のまつ毛が、ふるりと震えた。まぶたがゆっくり押し上げられ、黄水晶の瞳の曇りが晴れる頃、鬼柳は、腕の中で、ふっと、遊星を見上げた。

「ゆう、せ?」

掠れた声。
縋り付いた指先を押し返す、胸の鼓動。

生きてる。生きている!!


分かった途端、喉から飛び出したのは、絶叫に近い咽び泣きだった。
「鬼柳っ!!!」

目覚めた鬼柳に、遊星は、縋り付くように泣きじゃくった。





……おれ、なんで……こんなとこで寝てんだっけ……

鬼柳がぼうっと言葉を継いだ。

「遊星……オレたちのサテライト統一は、どうなったんだ……?」

遊星は息を呑んだ。まさか。

「鬼柳、憶えていないのか!?」
「あ、……? いや、待て、憶えてる、そうだ……オレたち、最後にM地区を制覇して、サテライトを統一して……?」

鬼柳が、まだ焦点の合わない目を瞬かせた。
記憶の混乱があるらしかった。やがて、鬼柳の黄色の瞳の中で、光が弾けた。

「そうだ、オレは、セキュリティに! なんでオレ、牢屋の外に!?」

がばりと起き上がろうとした鬼柳に、遊星が「鬼柳ッ!!」と全身で縋り付いた。

「!? ゆう、せ、」
「行かないでくれ!!」

全霊だった。今を逃せば、この奇跡が消えてしまう。

「お前が何も憶えていなくても構わない! だが、三度もお前を、仲間を喪うのは耐えられない!!」

魂の絶叫だった。鬼柳が遊星の腕の中で息を呑んだ。
「遊星」と鬼柳が動きを止めた。

鬼柳は、ダークシグナーとして過ごした全ての時間を忘れてしまっていた。
小波をタッグパートナーにクロウ、ジャック、遊星を倒したのも、最後に小波に自分を討たせたのも、何も憶えていないのだ。

それどころか、鬼柳は自分が死んだ前後の記憶が無いようだった。
反応を見るに、鬼柳の最後の記憶は死の間際でなく、牢屋にぶち込まれ、独房で虐待が始まった頃のようだ。
鬼柳の中で、遊星は裏切り者のままのはずだ。

「行かないでくれ鬼柳、何でもする!! どれほどオレを憎んでも構わない!!」

目覚めた鬼柳に、遊星は、縋り付くように泣きじゃくった。

「だが、お前はオレたちの仲間だ!! 何があっても!!」
「遊星……

鬼柳は、二度、三度、ゆっくりと瞬いて。
確執も何もかもが洗い流されて、ひどく心がスッキリしている自分に気付いた。記憶は無いが、心が憶えている。

縋り付いてボロボロと泣く遊星に、鬼柳は感嘆した。
ああ、どうしてコイツを憎もうと思ったんだろう、確かに仲間だったのにと。
空を見上げながら、何だか全部が、どうでもよくなった。

「なぁ、遊星。オレにはさ、お前達 チームとデュエルだけだったんだよ」

鬼柳の独白に、遊星が息を呑んだ。
それは、救世主だった、当時の遊星たちが神にも等しいほど盲信していた男の、気付けなかった脆さだった。

「けどよ、オレはお前たちとの繋がりを、チームで何かと戦うことでしか確かめられなかった。もう居なくなった敵を探すのに必死だった。バカだったな」
「鬼柳
「遊星、オレのデッキさ、破かれて無くなっちまったんだ。けどよ、オレ、今無性に、お前とデュエルしてえよ」
「っ!! しよう、鬼柳! もう一度、何回でも!」
「バカ、泣くなよ」

鬼柳が、遊星の頭に、ぽんと優しく触れた。
それで、遊星は、涙でぐちゃくちゃになった顔で「ああ!」と感嘆した。

理解できた。その仕草は、鬼柳が狂気に呑まれる前に、良く遊星にした仕草だった。もう永遠に失われたと思った触れ方だった。
ああ、本当に鬼柳が帰って来たのだ。

「鬼柳!」

遊星が望んだものは全て帰って来た。遊星はむせび泣いた。やがて遅れて到着したクロウや、ジャックも、鬼柳に「馬鹿野郎!」「馬鹿者!」と言いながら、拳をぶつけて、輪に加わった。






だから、夢にも思わなかったのだ。
この、「デュエルしよう」が、最悪の文脈で繰り返されるなんて。





◇ ◇ ◇


シグナーとダークシグナーの戦いは熾烈を極めた。
敗北した者は地縛神の生贄となり、次々に消えていった。

だというのに、小波と組んだ鬼柳は、クロウを、ジャックを、遊星を襲撃しながら、最後まで誰にもトドメを刺さなかった。それが、鬼柳の本当の心だと、遊星は今も信じている。

小波を討つのではなく、討たれるのを望んだ鬼柳は、きっと待っていたのだ。止めてくれる仲間を。
きっと遊星たちがすべきだったのに、不甲斐なかったせいで、その辛い役目を小波にさせてしまった。


鬼柳を討った後、倒れて目覚めなかった小波もようやく目覚めたと聞き、遊星たちは心から安堵して、小波を迎えに行った。鬼柳が目覚めたことは既に伝わっているはずだが、早く顔を見せて安心させてやりたかった。



白いベッドのある部屋だった。
白いカーテンが、風でたなびいて、部屋に優しい風が入り込む。
光の中で、帽子を取った小波が、カーテンにさらわれるみたいに、風と光に身を浸しながら、ぼうっと窓の外を見ていた。

ベッドの中の小波に、遊星が一歩踏み込んで、「小波」と声をかけた。小波は動かなかった。

「よかった。目が覚めたんだな。心配していた」

小波がゆっくり振り返った。
カーテンがたなびいて、小波の表情を見え隠れさせた。
片時も手放さなかった帽子を外した小波は、幼く見えた。

「安心してくれ、戦いはもう終わった」

まるで実感がないみたいに、ぼうっと遊星を見つめ返す小波の、布団を拙く握った小さな手を、上から重ねて、遊星は握る。

「もう心配いらない。鬼柳が帰って来たんだ。小波、お前のおかげだ」

小波の別れ際の、あの痛切で悲壮な謝罪が耳から離れない。
謝罪が不要だと、お前が諦めなかったから今があるのだと伝えたかった。

「辛い役目をさせてすまなかった。誰も、お前を恨んでなどいない。お前が何を守りたくてあの決断をしたのか、分かっているつもりだ、だから、」




だが、小波の言葉は、遊星の予想とかけ離れていた。
小波の唇が、ゆっくりと紡いだ。


だれ、と。


遊星は、握った小波の手を、取り落としそうになった。

「な、に……!?」

理解が追い付かない。
小波はカーテンの向こうから、困惑した表情でこちらを見ていた。
「?」「?」と戸惑いを顔に貼り付けていた。
遊星も、ジャックも、クロウも、まるで憶えていないみたいに、上手く思い出せないみたいに。

背後でジャックとクロウが絶句していた。

「まさか、小波、お前、鬼柳たちと同じように記憶が!?」


動揺する遊星たちは、だから、気付かなかった。
「遊星、まだか?」と、会わせようと思って連れてきた鬼柳が、一向に呼ばれないので焦れて病室に入ってきてしまったのを見て、「!!」と慌てて振り返る。

「待て、きりゅっ!」

何もかも忘れてしまっている鬼柳は、パッと表情を明るくして「小波じゃねえか!!」と駆け寄った。

「小波、久しぶりだな! ああ、お前にも謝らねえと、心配かけちまったな、オレはこの通りだ!」

鬼柳が、再会できた喜びを分かち合うように、早口でそう言葉を継いだ。

鬼柳は、ダークシグナーとして過ごした全ての時間を忘れてしまっていた。
小波をタッグパートナーに連れてクロウ、ジャック、遊星を倒したのも、最後に小波に自分を討たせたのも、何も憶えていなかった。
鬼柳の時間は、サテライト統一の直後で止まっていた。

「よく憶えてねえが、大きな戦いがあったんだろ? お前が無事で良かったぜ!」



ことは起こってしまった。
最悪の形で。



誰も知らなかったのだ。

鬼柳は、小波に自分を討たせた。
小波は、鬼柳 マスターの指示で、鬼柳 マスターを害した。
ロボット三原則。人を害してはいけない、人の命令に従わなければならない。
鬼柳の行動は、小波の行動原理の根底に抵触する、最大の矛盾を引き起こすプログラムバグだ。

その命令のせいで、小波はクラッシュした。



「あ、デッキはよ、前のは無くなっちまったけど、なんでか分かんねーけどコレ持ってて、けど手に馴染むっつーか、だからよ、元気になったら、」
「待て、鬼柳っ!」

鬼柳は、デッキを掲げて、破顔した。

「小波、デュエルしようぜ!」

ヒュッ、と小波の喉が鳴った。



遊星が止めるより、ジャックが遮るより、クロウが引き戻すより、早く。
小波は、頭を抱え、絶叫した。




絹を裂いたような、悲鳴だった。




絶叫して頭を振り乱した小波を、遊星が蒼白で「落ち着け、小波ッ!」と取り押さえた。
クロウが蒼白で鬼柳を小波から引きはがした。
何が起きているのか分からず、ベッド脇に尻もちをついた鬼柳が、あぜんと小波の名前を呼ぶより早く、ヒュン、と拳が飛んだ。

バキッ、と鬼柳の頬に決まった拳に、ジャックが顔を怒りで真っ赤にして、本気で怒っていた。
「この!!」

腕を再び振り上げたジャックに、クロウが背後から飛び付いて羽交い締めに「よせジャックッ!!」と叫んだ。
「鬼柳、キサマッ!!」
ジャックはクロウを渾身の力で振り解こうとした。後には殴られた左頬を押さえて、意味が分からない鬼柳だけが残された。
「許さん、許さんぞ!!」
ジャックは吠えた。咆哮が鬼柳を貫いた。

「他の誰がキサマを許しても、このジャックアトラスがキサマを許さん!!」

クロウに渾身の力で取り押さえられたジャックが、病室の外に引きずり出されながら、そう叫んだ。

「オイジャック!! 今はそんなことしてる場合じゃねえだろ!!」
「ッ……!」
医者を呼んでくる!と叫んだクロウが走っていく音が、小波の悲鳴に掻き消される。
ジャックが鬼柳を突き飛ばすように「どけ!」と小波を取り押さえるのに加わった。

……助けを呼ぼう」
暴れる小波を取り押さえながら、遊星が、冷静さを必死に絞り出したような声を出した。
「ダメだ、小波には休息が必要だ。オレたちのそばにいてはいけない」
「だが! どうしろと!?」
「マーサに頼もう」

遊星の声が、震えていた。

「マーサは、恐ろしい目にあった子供を保護するのに慣れている。だから、きっと小波も
…………

ジャックは、動揺を無理やり噛み殺して、動くべく病室を飛び出した。






……なんだよ、意味わかんねえよ」

鬼柳はあぜんと、頬を押さえながら、そう呟いた。

何を間違ったのだろう。


再び気を失った小波を支えながら
遊星が、唇を噛み締めて、絞り出すように言った。

「悪くない。誰も、悪くないんだ、鬼柳……

しでかしたことの罪深さに気付いたのは、鬼柳が全てを思い出したあとだった。



To be continued



小波は面会謝絶となった。

遊星たちに ゆかりある場所に引き取られたらしいが、場所は決して教えてもらえなかった。

俺はただ、デュエルしようと、そう言っただけだ。
前ならそう言えば、小波は何より喜んだ。なのに。

噂では、小波は今はすっかり元気になって、デュエルしているという。
ますます俺は、自分が何をしでかしたのか分からなくなった。だが、ジャックを中心に、クロウも、遊星も、しばらく小波と接触しないようにと鬼柳に言い含めた。

「なんで、だよ……

俺は、何が小波をあんなに苦しめたのか分からず、ただ立ち尽くした。


鬼柳が小波と接触を絶ってから、この街は激変した。

シティとサテライトを繋ぐ巨大な橋、ダイダロスブリッジの建設が始まり、サテライトはにわか景気となった。
なにせ、ダイダロスブリッジの建設は、シティが大々的に行う公共事業。
工事に参加すれば、なんとシティにいる連中と同じ水準の給料が支払われた。

それは、サテライトの工場で必死に働いて得る給料の数十倍だった。
日雇いも多く、サテライトの連中は、こぞって参加した。だから完成したダイダロスブリッジは、全体からみればわずかな関わりだが、サテライトの連中にとって、自らの手で作り上げたものだった。その誇りが、サテライトを活気付かせた。
ネオ・ダイダロスブリッジは、まさしくサテライトの希望だった。


そんな経緯だったから、工事現場では荒くれ者のデュエルでの小競り合いが耐えなかった。
当然だ、シティの現場で教育を受けて綺麗な指揮の元で工事する連中と、まともな現場に出るなど初めてなゴロツキ連中が同じ仕事場にいるのだ。

噂では、そんな騒ぎの中を、小波がデュエルで仲介して回ったらしい。
小波はあらゆる現場でタッグデュエルをして回ったという。シティの連中も、サテライトの連中も、最初はいがみ合ってばかりだったが、不思議と小波とタッグデュエルをして回ると、向こうもこちらも一体感が生まれて、敵も味方も無くなってしまうらしい。

その噂を聞いて、俺は、小波らしいな、と思った。
オレたちのチーム以外に身寄りの無かった小波が、デュエルで居場所を作っていくさまは、純粋に誇らしいと思えた。

仲間が光を浴びるのは、何よりの誇りだった。


実のところ、俺も、脱獄囚の身分を慎重に隠して、工事には少しだけ参加した。
肌で感じたあの活気は、まるでチームで共にアイツらと駆け抜けた日々のようだった。

俺はこの時、「街が生まれ変わる」というものを、肌で体感した。
かつて俺が導いたのは、わずか四人の仲間だった。だが、今この街は、数千、数万の人々が、未来に向かって走り出している。

俺は、統一した縄張りを、発展させることに興味が無かった。四人の仲間さえ導ければ、他はどうでもよかった。俺たちを閉じ込めるサテライトという仕組みそのものに、嫌悪はあっても熱気を持つことなどできなかったからだ。

だが今、この希望にあふれた熱気の嵐に身を浸していると、俺にはもっと別のこともできたんじゃないか、という想いが湧いてきた。

統一したサテライトを、誇りある街に変えていく。
そんなことは、かつては歯牙にかける意味すらないような夢想だった。
だが、俺はもうそれが、ただの幻でないことを肌で知っている。

それほどまでに、このダイダロスブリッジの建築という出来事は、街の全ての連中に、衝撃を与えたのだ。


(俺たちの手で、街を変える、か……


この時に胸の芯に芽生えた、漠然とした夢は。
死んだ街を、生まれ変わらせるために、俺が街を導いていけるんじゃないか、という熱気は。

ずっと先、後々、俺の生きる意味になる。
クラッシュタウンという死んだ街を、生まれ変わらせるその時に。




ネオ・ダイダロスブリッジが完成した。
これで、本当に晴れて、サテライトは自由だった。

かつて、サテライトの全てが俺たちの縄張りだった。
橋が完成して、この先サテライトは大きく変わっていく。サテライトは、やがて俺たちの知らない街になる。

俺は、自由に向かって飛び出していくサテライトの連中を一通り見届けると、その日暮らしを辞め、わずかな荷物をまとめて、旅の支度をした。俺は世界を見に行くつもりだった。

わずかな荷物はあっという間にまとまった。
最後に残ったのは、デッキひとつだった。

気付けば持っていた、このデッキ。オレは、デッキを光にかざして、しばし物思いにふけった。
インフェルニティを駆使して戦うこのハンドレスデッキは、俺がかつて自在に操ったデーモンデッキとは、異なるものだ。
奪われ、破かれ、燃やされたかつてのデッキ。もう無いそれを忘れて、他のデッキに乗り換えるなんて、決闘者の誇りが許さないはずだった。

だが、このデッキは、妙に手に馴染んだ。
自分のために誂えられたような感じがして、このデッキを手放す気が、どうしても起きなかった。

デッキのバランスは、言っちゃ悪いがあまり良くなかった。
このデッキには、何かが欠けている。

だが、「欠けている」のが何か分からない。
俺は結局、このチグハグなデッキを抱えたまま、デュエルを避けて旅することになった。


旅先で見たものは様々だった。
ずだ袋を肩に引っかけて、行ける限り遠くに行った。

世界は広かった。

世界から見れば、ネオドミノシティのような差別隔離政策をとっている都市はごくわずかで、俺たちの牢獄は、決して当たり前ではなかった。そういう差別を無くそうとする団体や真っ当な連中も、サテライトの外には多くいた。
空は無限に広く、俺はどこまでも自由だった。

治安の良い街も、悪い街もあった。だが、治安の良い街より、悪い街の方が肌に合った。俺は、自由を手にしても、なんだかんだと路地裏を歩いている方が落ち着く自分に苦笑した。そんな思いを、今は遠くの遊星たちと分かち合いたいと思うたびに、遊星たちと過ごした夢の時間をかけがえなく思った。

旅先の裏路地で気の合った連中と、しばらくつるんでみたこともあった。
それなりに楽しかった。それなりに馬鹿をやってみたりもした。
だが、やっぱり、ジャックたちと感じたような最高の高揚を、感じることはなかった。

たとえどれほど自由になっても、どれほど多くの出会いがあったとしても、クロウたちと過ごした時間以上にかけがえのないものは見つけられなかった。
俺は最初からそれを分かっていた。分かっていることを確かめて歩く、そんな道行きだった。

アウトローな連中を中心に、顔ばかり広くなっていった。チームの頃の行動を、ついつい取ってしまいがちな自分に苦笑する。
裏の情報網を広げるのは、チームでいた頃の癖だった。誤解されがちだが、敵対チームの情報や戦略、アジトなんかを調べて方針を立てるのは、昔も今もすべて俺がやっていた。
飛び抜けて頭の良い遊星は性根が綺麗すぎる。鉄砲玉の役目のクロウは侮られがちだ。腕っぷしのいいジャックは高潔すぎて汚い駆け引きに向かない。

後ろ暗い連中の懐に入り込み、チームの仲間を売るようなそぶりで、相手の情報だけを奪い取る。
そんな真似も散々やった。遊星たちが心から俺を信じてくれていたからできた芸当だったが、できればやつらの耳には入れたくねえ所業も山ほどある。

汚れ役はいつだって進んでやってきた。だがそれは、別に犠牲になったつもりじゃねえ。適材適所、俺に向いていて、やつらには向いていなかったってだけの話だ。

闇市も、裏カジノも、奴隷場も、くそったれな勝手知ったる俺の庭だった。
あいつらには光の中を歩いて欲しい。
いささか独善的なところもあったが、オレなりにチームを愛していた。


世界はまだまだ広かったが、やはりチームが恋しかった。
美しい時間だったが、俺は、ネオドミノに戻るために、列車の切符を手に踵を返した。青く美しい無限の空より、あの灰色の空が恋しかった。




街はすっかり様変わりしていた。

たどり着いて最初に、アイツらの現在 いまを調べた。すぐ会いに行かなかったのは、顔を見せるべきか悩んでいたからだった。会えば未来を歩いている奴らのためにならないのでは、という懸念があったからだ。
この時点までは、俺はまだ冷静だったと思う。

一番最初に調べたのは、何といっても、あんな別れ方になってしまった小波のことだった。

生まれ変わったこの街で、小波の最初のタッグパートナーを務めたのは、ジャックだったらしい。
だから、小波という決闘者の噂を辿るとき、必ず出てくるのがジャックの名だった。

変幻自在のタッグ決闘者『小波』のパートナー、といえば、強いて名前を上げるとすれば、世間じゃワールドタッグデュエルグランプリ初代優勝パートナー、ジャックアトラスのことだった。小波が表舞台に出た最初の出来事だからだ。
小波がチームサティスファクションの五人目のメンバーであることは、知る人ぞ知る、というレベルだったから、知名度の高いジャックとのタッグが取り沙汰されるのは当然だった。

タッグデュエルの小波。そう通り名がつくほど、小波は街中の決闘者とタッグデュエルしていた。パートナーは日ごとに変わり、運良く小波をパートナーにしたヤツは、あの最高の時間を体感した。

自分のデッキが、一人のときよりイキイキと輝き出すあの時間を。望んだ通りの戦略が容易に決まるあの瞬間を。普段の何倍も大胆な戦術が取れる快感を。
タッグデュエルは、小波は。決闘者にとって、麻薬のような魅力を持っていた。

誰もが小波の一番のパートナーの座を狙っていた。
男も女も、子供も老人も。一度でも小波とタッグを組めば、その魅力に取り憑かれた。



強烈な焦燥感に支配されたのは、この時だったと思う。
俺は、小波が隣を空けて俺を待っているものだと、理由もなく信じ込んでいた。
冷静に考えればあんな別れ方だったにも関わらず、俺はなぜかそう強固に思い込んでいた。

そう、それは、つまり、小波が俺のタッグパートナーを、何があっても決して断らないと知っている ・・・・・と、そういう類いの何かだった。

その傲慢の理由を、俺はまだ、この時まで。
何ひとつ思い出していなかった。

俺はわけのわからない焦燥感に駆られて、居ても立っても居られず、じっとしていられなくて、再び小波に会いに行こうとした。


だが俺は、その争奪戦に、加わるのを許されなかった。

ジャックだ。ジャックが、俺が小波に関わるのを、徹底的に邪魔したからだった。

「なんでだよ!」
「言ったはずだ! たとえ小波が、誰がキサマを許しても、オレがキサマを許さんとな!」

俺が小波に関わろうとすれば必ず割って入り、先にタッグパートナーとして俺を弾き出した。
ジャックは、頑なに何かから小波を守ろうとしていた。『何か』の対象に俺が入っていることが、何故なのか理解できなかった。
ジャックがパートナーを務められない日は、手当たり次第周囲の誰かと組むように小波に言い含めたのもジャックだ。小波はジャックのその言葉を受け入れて、朝いちばん最初に出会った知り合いとタッグを組むのを日課にしているらしい。おかげで寝坊助の小波の部屋を訪れる連中が絶えないらしかった。

そのせいで、俺が小波を訪れる頃には、いつでも常にその日のパートナーが決まっていて、俺が小波と組む余地は無かった。
その場所は、俺の場所だったはずなのに。

小波の相棒の座は俺のものだったのに、気付けば小波は、俺だけの相棒 ものじゃなくなってた。

そんな醜い執着を見透かすように、ジャックはコーヒーを傾けながら、俺に釘を刺していった。

「小波は未だに一対一 シングルができん。その理由がわかるか。キサマだ、鬼柳。キサマが小波の傷なのだ」

カフェLA GEENにて。
ジャックがブルーアイズマウンテンを、鬼柳はインフェルニ ティーを注文した。

「執着とは、欠落だ。どれほどタッグを重ねてもヤツが満足しないのは、真に組みたい相手が隣にいないからだ。だから代用品で喉を潤す」

ジャックはその高級コーヒーを、苦そうに噛み締めながら、ソーサーにカチャリとそれを置き、鬼柳を睨んだ。

「ヤツが真に組みたいのは、オレでもキサマでもない。あの頃のキサマ ・・・・・・・だ。キサマがもはやあの頃に戻れんように、小波もまた戻れんのだ。だからずっとあの場所にいる」

俺があんなふうに弾けなければ、小波のパートナーの座は、今でも俺の、俺だけのものだったはずだった。
なのに小波は、今も俺以外のヤツと組み続けている。

「それは……
「キサマに小波を責める資格があるのか? キサマが消えた空白を他のパートナーと埋めようとする小波を?」

ジャックが鋭く鬼柳を一瞥する。
ジャックは、ガチャン、と苛立たしげにカップを置いた。

「やはりキサマには任せられん」
「な、何がだよ」
「自分がどんな顔をしているか鏡で見てみろ」

ピンと来ないでいる鬼柳に、ジャックは、チッと舌打ちした。

「カップを覗いて、自分の顔を見てみろ。見るに耐えん」
「あ?」

ジャックが苦々しく告げた言葉に釣られて、ふっと自分の手元を覗き込んで、俺は音を立てて固まった。


カップの中の俺は、笑っていた。
目だけがギラギラと飢えでギラついて、口許に醜悪な笑みが、わずかに浮かんでいた。

それはまるで。
俺とのデュエルを傷として抱えたままの小波に、歓喜するみたいだった。

……っ」

ガタ、と俺は椅子から飛び退くように立ち上がった。
揺れたテーブルの上で、ひっくり返ったカップの紅茶が、海のように茶色の水たまりを作っていく。

小波が未だに傷を抱えていることに、一瞬でも喜んだ自分が信じられない。

カップの中には、俺がいた。
憶えていないはずの、ダークシグナーが。
欲望を剥き出しにした俺と、同じ顔をした男が映っていた。

「目を逸らすな鬼柳。キサマの執着 ソレは──────」

ジャックが ここに俺を呼び出したのは、このためだとわかった。
ジャックは、ただ静かに、コーヒーをひと口、口に含んだ。
俺は、続きを言わないジャックが、恐ろしくなって、決定的なひと言を告げられる前に、逃げた。ジャックは、俺を追わなかった。











自分のチームへの執着が、度を越しているのは分かっていた。
遊星も、ジャックも、クロウも。チーム5D'sという、新たなチームとして再出発している。
そこに加わらなかったのは俺の意志だ。俺のチームへの執着は、またチームを瓦解させる。自分でも分かっていた。身勝手にチームを弾けさせた俺をまだ仲間だと言ってくれる遊星たちを、再び内側から食い破るようなことがあってはならない。だが。

既にチームサティスファクションのラストデュエルは成った。俺は多大な犠牲を周囲に強いながら、望みを叶えたはずだった。だが、だがしかし。

蓋を開けてみれば、俺は救いがたいことに、ちっとも満足なんてしちゃいなかった。
そう、チームサティスファクションのラストメンバー、小波がまだソコ ・・にいたからだ。

チーム5D'sとして再出発した遊星たちと違って、小波はまだ過去に囚われたままだ。
シングルデュエルができない小波。俺とのラストデュエルを傷にしたまま忘れられない小波。それは、小波が未だに、チームサティスファクションのメンバーであるという、何よりの証だった。

小波の傷が癒えない限り、俺たちのチームサティスファクションは終わっていない。
それが、俺の醜悪な執着の正体だった。




逃げたツケが来たのか、俺が全てを思い出したのはまもなくだった。

旅先で慣れた裏路地を歩いて、ゴロツキ連中に絡まれた時だ。そこはまだネオドミノシティに近く、「チームサティスファクションの鬼柳京介」の名が売れていた。
あきれたことに、チームメンバーがいない今、俺だけなら何とでもなると思ったらしい。十人がかりで俺を倒して『最強』の称号をぶん捕ろうって腹だった。
俺は、金にしか興味がねえような程度の低い連中にあきれながら、いなしてさっさと立ち去ろうとしていた。

そいつらが、チームを侮辱するまでは。

……あ?」

下卑た笑い声が、裏路地に反響する。

そいつらは、クロウが保護した子供 ガキどもや、遊星が庇護していた子供 ラリーを指して、アイツらをあろうことか稚児趣味の変態の集まりだと口汚く罵りやがった。

……殺す」

血が逆流して、耳の奥でゴウゴウと憎しみの音がする。
迷わずデュエルディスクを抜いた。

「殺してやる」


二度とデュエルできねえ体にしてやる
そう低く唸った。


「オレたちのチームを侮辱したこと」
素早くデュエルディスクに腕を通しながら、鋭く睨んだ。
「後悔させてやるぜ」



迷わなかった。
それが、俺とあのデッキの、二度目の初陣になった。




デュエルをすれば、すぐに分かった。
このデッキに「欠けていたもの」の正体が。

デッキに欠けていたのは、小波 アイツだ。パートナーだった。
気付いてしまえば、このデッキはまごうことなくタッグ用に調整されていた。隣にアイツがいて、それで最大限力が発揮されるように組まれていた。バランスが悪いのも当然だ。

このデッキを組んだのが小波なのは、疑いようがなかった。
何より、デッキからドローするたび、カードをかざすたびに、目の前を赤い服がチラついた。オレの前に立ち、全身で攻撃を受ける小波の姿が、その傷だらけで必死な小さな背中が、目の前を幻のように鮮明にチラつく。

ズキン、ズキンと、頭が痛んだ。
息をするたびに、刺すような痛みが、どんどん激しくなる。息が上がった。

(なんだ、これ……

目の前に、クロウが、ジャックが、遊星が、アイツらの姿がチラつく。

どいつも崩れ落ち、地べたを舐め、必死に身を起こそうと、ボロボロの体に鞭打って、必死に何かを叫んでいた。

叫んでいるのは、名前だった。
俺と小波の名前だった。

(俺は、何を、)


歪んだ高笑いが聴こえる。



(────忘れて……?)





雨音がする。

雨脚を裂くような、雷の音も。
それに負けないほどの狂った高笑いも。


頭が割れるような激痛がする。片手で押さえた頭が、ぐらりと傾く。
雨と雷がチカつく中で、視界が、ぐるんと回った。

デュエルディスクが、異様に冷たい。

「あ……

エクストラデッキが、冷たく光っている。

ゾワッ、と左肘の方から、何かが────強烈な死の予感を放った。


血の気が引いた。恐ろしい気配だった。
そこには、いつの間にか滑り込んでいた。

デュエルするまで無かったはずのカード、が。



オレは、強烈な予感に、あぜんとしながら、震える手を伸ばした。
頭の中で、よせ、と制止する声を聞きながら
引きずられるように、そのカードを、引いた。


まるで地獄から生まれ変わったように
禍々しく白く輝く ・・・・、その存在しないはず ・・・・・・・の、カードを。



ワンハンドレッドアイドラゴン。

その百眼の竜に触れた瞬間

フラッシュバックするみたいに、頭のどこかで鍵が壊れて



死んだ瞬間を 思い出した


「あ、あ、」

膝から崩れ落ちて

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


絶叫した。



激痛と、絶望と、死の感覚


命が手からこぼれ落ちていく。


オレは、この身体が

もうとっくに、死んでいると
思い出した。


頭が割れる。

気を失う寸前
ホワイトアウトする視界の向こうで
仲間の笑顔が振り返ったが

(遊星、ジャック、クロウ、……こ、な────)


伸ばした鬼柳の手は、届かなかった。




絶叫は、誰も起き上がる者の居ない薄汚れた裏路地に数回反響して
誰にも届かず潰えて消えた。






何もかも思い出した。自分がしでかした全てを。

オレは、自分が死体だと思い出してしまった。






小波のあの絶叫の意味が分かった。
オレを殺させたあの相棒 パートナーデッキで。デュエルしようぜ、なんて。よくも。

小波がシングルができないのはオレのせいだった。タッグしかできなくなったのもすべて。
ジャックの言う通りだ。

ジャックが小波から遠ざけたがっていたのは、オレの欲望だった。
オレの中に確かにある、ダークシグナーとしての致命的な欲が、擦り切れるまで小波を使い潰すかもしれないと危惧していた。




なぜ思い出してしまったのか。

数万年前までは、ダークシグナーとして選ばれる死者は、無作為だった。
それが、必ず「シグナーの縁者」となったのには理由がある。

かつて、勝利したシグナーの王が、冥府の妻の復活を願ったのだ。

だが、五千年分の人の澱みをすべて注ぎ込まれたその女は、人の ことわりを無視した不老不死となって、人の身に耐えがたいその苦痛から逃れるために自害した。その後を追って、勝利したシグナーの王も自害した。
自害者は天国 きれいなばしょには行けねえと相場が決まっている。どちらも冥府の王の手に落ちた。シグナーとダークシグナーの両方の痣を持つルドガーの運命は、ここに端を発している。

その自滅を見た冥府の王が、気付いたのだ。
選ばれしシグナー、その縁者こそが、ダークシグナーとして利用価値があると。

そう、ダークシグナーは、シグナーのために選ばれただった。オレがダークシグナーになる運命だったのではない。不動遊星か、ジャックアトラスか、あの時点で覚醒していたどちらのシグナーの縁者として目をつけられたのか分からないが、俺の運命はアイツらが握っていた。

死してなお、オレの運命を弄ぶアイツらの。
独房で死に絶えて間もなかったあの頃、それを知った時のオレの憎しみが、少しは理解してもらえると思う。




ああ、遊星は気付いていないのだ、と。オレはすぐに理解した。

ダークシグナーは死者だ。その ことわりは覆らない。
ダークシグナーが勝てば、現世は冥府に。全てが死に絶え、死者が平然と歩き回る地獄に。
あの世とこの世の境はなく、オレたちの死には意味がなくなる。オレたちは決して生き返れないが、生きている連中がいなくなればその境に意味はなくなる。

冥府の王が、なぜこんなちっぽけな人間に力を貸すと思う。
あれは領土戦争だ。冥府の王が、現世を自分の領土に変えるための、五千年周期の戦争。
オレたち死人を尖兵に、オレたちは戦争に利用された。

シグナーの竜は、冥府の王の敵対者。

シグナーが勝てば、全てが元通り? そんな馬鹿なことがあるか。

シグナーが勝って、ダークシグナーがよみがえるなんて、そんな道理が、あるはずがないだろう。
それで生き返るなら、オレたちダークシグナー全てがシグナーの勝利を願ったさ。
決して生き返れないと知っていたから、どの男も女も、自分の道連れを探して戦ったのだ。

ミスティ・ローラは弟殺しの犯人、黒薔薇の魔女を。
カーリー渚は、愛する男を。道連れにするために戦った。

オレが選んだ道連れは、チームだった。
オレがなによりも大切にしていたものを、オレは黄泉路の道連れに選んだ。


だが、オレたちは生きている。
それを可能にする途方もない力を、オレたちはひとつだけ知っていた。

本来、オレたちがこの世を地獄に変えるために使うはずだった、その力。
五千年蓄えられた、生きた人間の欲望の吹き溜まり。赤き竜、ケッツァコアトルが独占する願いの力。地縛神が捧げた生贄の全てすらエネルギーに変えて、赤き竜は儀式 デュエルの勝者の願いを、富を、永遠の命を叶えてきた。

その全てを賭けて、絶対の死者の ことわりを壊し
世界の変革を願った、途方もない無自覚の強欲者がいたのだ。



(遊星、お前────)



オレは絶句した。
あいつが穏やかさの影に隠し持っていた、世界を変えるほどのその強欲に。

生者 シグナーの世界では既に伝承が失われていても、過去に行われてきた全ての五千年周期戦争の結末は、全てダークシグナーたちの知るところだった。生者の時間は有限だが、死者には無限。その全てのどこにも、あれほどの規模の死者の復活を願った者などいなかった。


俺は、自分の体が普通じゃねえんじゃねえかと最後まで疑ったが、どうやら人一人不死身にした過去の王と違い、五千年分の澱みは等しく分配され、俺の命は有限らしかった。自分の体で散々試して ・・・みての結論だった。

俺は結局、生きても、死んでも、生き返っても、その全てをアイツらに弄ばれる運命らしかった。その絶望がわかるか。

身体が生き返ったって、心まで生き返るわけじゃない。
俺は確かに死んだ。それを俺の心が覚えている限り、俺はずっと死んだままだった。




あの日、俺が選んだ道連れは、「チーム」だった。

だが、俺は、遊星もジャックもクロウも殺さなかった。
隣で小波が、ずっとオレの裾を引いていたからだ。オレが本当に道連れにしたかったものは、アイツらの命じゃない、アイツらとの時間なんだと、小波がずっと隣で無言で教えてくれていた。オレが最後の最後で踏み止まれたのはアイツのおかげだった。オレを独りにしなかったアイツのおかげだった。

俺の望むラストデュエルは、成った。
俺が愛したチームサティスファクションは、すべて俺が黄泉路へ持って旅立った。


オレが心から望みを叶えられたのは小波 アイツのおかげだった。本当に感謝していた。

小波を連れて逝こうとは思わなかった。最初から。
だから、シングル用のデッキじゃなく、独りでは力を発揮できないタッグ用デッキで、アイツに討ち取られることを望んだ。
幕引きは最初から決めていた。俺はアイツの腕の中で────最後までチームサティスファクションを抱え込んだままのヤツの腕の中で、消えることができた。最高のはなむけだった。幸福だった。これ以上の死に方は無いと思った。
愛するチームを永遠に抱きしめたまま、冷たく眠れると思った。


だから、失敗したのだろう。
俺は、全ての執着を連れて、望む終わりを手に入れたはずだった。



俺はきっと、満足して死ねたはずだ。

どんなに勝者 ゆうせいが願っても、俺が本当に、心から満足してさえいれば。
目覚めなかったゴドウィン兄弟のように。
あの幸福な充足を抱いて、きっと二度と目覚めずに済んだはずだ。

二度目の死の足音を聴きながら、アイツの腕の中で、心から満足して眠る
その最後の、三秒間で。


俺の瞳へ降り注ぐ、アイツの涙を

俺以外の誰にも渡したくないと
思いさえしなければ。



◇ ◇ ◇

小波は仲間だった。遊星やジャックやクロウと同じ、かけがえのない仲間だった。
俺が愛しているのはチームであって、厳密には小波じゃない。


俺は、小波の中に、消えたはずのチームの幻を見ていた。
瓦解しなかったチームサティスファクション、という幻が、小波の傷付いた瞳の中に、チラつくから、だから、俺は。

だから、俺は、それを永遠にしたかった。
小波の意思を無視して、アイツの傷を永遠にしたかった。

そんなの、許されることじゃねえだろう。





あいつを幸せにしたい俺と
とびきり不幸にしたい俺が
あいつの隣を欲しがって、どうにもならなかった。

俺は、何としても あそこから離れたくて、蒼白で逃げた。

こんな醜い執着 モンが噴き出すくらいなら、あのまま死んでいたかった。




ニンゲンとは、どうしようもなく、本当に
惚れる瞬間というものを、選べない生き物らしい。

あと少し早ければ、俺は小波を死者のタッグパートナーに選んで傷付けなどしなかっただろうし
もっと取り返しがつかないほど最初から好きだったら、迷わず黄泉の道連れにしただろう。そうならなかったことを、安堵する余裕は無かった。

よりによって、あんな瞬間に自覚して
あんな最期に惚れさえしなければ

そうすれば、今、こんな
チームの執着と感情の狭間で、がんじがらめになってはいなかった。




死体だと思い出した身に、こんな焦がすような感情はキツかった。
火で炙られたみたいに、耐えれば耐えるほど、酷くジリジリと苛んだ。

最悪なのは、少し油断すれば、この執着が間違いなく小波を不幸にすると分かってて、自分を止められないところだった。

小波の隣が欲しい。タッグパートナーの座を独占したい。アイツの周囲を排斥してでも。
新たな道を歩き始めた遊星やジャックやクロウと違って、傷を引きずった小波はまだチームを過去に出来ていない。
そうだ、アイツが、アイツさえいれば、チームサティスファクションは帰ってくる。そうすれば、俺が弾けさせたチームが、また。

それは、恐ろしいほど抗いがたい誘惑だった。わかってる、正気じゃない。
だからこそタチが悪い、取り憑かれたみたいな妄執だった。

────鬼柳、貴様の執着 ソレ……

こんなものは恋じゃない。

身勝手に全部弾けさせておきながら
目を逸らして責任から逃げたツケが来たのかもしれない。

今思えば、ジャックが小波との接触を絶ってくれて、本当に助かった。命拾いしたと言ってもいい。
正気に戻るまで、わずかな時間を稼げた。

ジャックは間違いなく、俺の妄執に気付いていて、それで小波と俺の接点を絶ったのだ。
急にぶらりと街に帰ってきたはずの俺相手に、すぐさま先手が取れたのは、ジャックがずっと警戒して網を張っていたからに違いなかった。

少なくとも、ジャックが小波を大切に思っていて、本気で守ろうとしているのは明らかだった。当然だ。
それに悋気を起こしそうな自分に、眩暈がした。

(うそだろ)

逆の立場なら、こんな不安定な精神状態のヤツから、大事な仲間をまずは一時 いっときでも引き剥がす判断をするのは当然だ。

頭ではそれが分かってるのに、感情が自分の思い通りにならない。


もっとタチが悪いのは
そんな馬鹿げた妄執に、小波が一も二もなく頷くと、分かってるってことだ。

……俺が求めれば、小波は絶対に拒まない)

俺は、顔を覆ってうめいた。
浮かんだ思考の醜悪さに、目も当てられない。

なにせ、遊星やジャックやクロウを裏切らせても、ダークシグナーの俺に着いてきたヤツなのだ。

アイツは俺が拾った。名前だって俺がやったようなもんだ。
寄せ集めのデッキとデュエルへの貪欲さ以外、何も持ってなかったアイツに居場所を与えて、本物の仲間を作ってやった。

大事な仲間と居場所と信頼。
その全部を裏切らせて、今際の際に欲しかった全部を、アイツはくれた。
最期まで付き合ってくれたアイツに、感謝していた。本当に、心から。

身勝手な俺の願いを叶えてくれたアイツの幸福が、今度こそ何の犠牲もなく叶ってほしいと祈っている。
遊星やジャックやクロウの未来を祈る気持ちと、そこに一点の差もないはずだった。

なのに。


遊星やジャックやクロウと同じように大切だった。
無垢に信頼されている自負があった。

五人揃って寒い夜に寄り添って馬鹿な話をした明け方の、キンと冷たい空気とか
争奪戦の直前まで分け合った、痺れるような高揚とか
雑魚寝するまでのわずかな時間、隣からする安堵の気配とか。

タッグを組むと、最高にカーッと熱くなって堪らない体温とか
やったカードを、何よりも大事そうに触れる指先とか
なんにも持たない手のひらで、デュエルだけ掴んで離さない貪欲さも

ただ、大切、だったはずだ。

名前を呼ぶと、パッと笑うところとか
照れると帽子で隠して、花のようにはにかむところとか

なんにも憶えてない心で
ただ嬉しそうに笑うところとか

ほんとは、そういう、他愛無い全部が
いつのまにか、特別で、宝物だった。


だが、こんなものは、恋じゃない。
この期に及んで、まだ、その功罪を利用しようなんて、反吐が出る。




アイツらの人生から、何としても消えた方がいいと、頭では分かっていた。


なのに、溺れるように酒を呑んだ真っ暗な夢の中で
目の前に、バッタリと小波が現れて

小波が、あの帽子の下から
心から嬉しそうに鬼柳に笑いかけた瞬間

俺は、冷水を浴びせられたみたいに
冷静になって

夢から飛び起きて、シティから逃げた。二度と戻らないつもりだった。

そして、やがて。死んだ町、クラッシュタウンに流れ着いた。




『ハハ、迷う必要なんざねえだろォ?』

ダークシグナーの自分が、衝動を必死に抑え込む俺を指さして、嘲笑った。



『簡単さ。優しくささやいてやれよ。俺はもうどこにも行かない、ずっとお前のタッグパートナーでいてやるってな』

黒い眼をすがめて、ヤツは歪に高笑いした。

『それだけで、尻尾振って喜んでテメエのモンになるだろうさ』
……やめろ」

『都合よく男と女だ。囲っちまえよ。それでお前は、チームを永遠にできる』
「やめろっ!!」

死体が最悪な口を利く悪夢は、鬼柳を夜ごと苛んだ。


「ふ、ざけんなッ!! そんなんじゃねえ、アイツも俺も仲間だ!!」

ダークシグナーの俺は、失望したみたいな顔をした。

『アイツの涙を、誰にもやりたくないくせに』

ポタ、と瞳に落ちてくる、消えない感触に
俺は、片手で顔を覆って、うめいた。

アイツが俺を思って泣いている。

「違う、俺は、今度こそ、アイツらを」

痺れるみたいだった。
どうしようもなく歓喜する自分を止められない。俺は絶望した。

「アイツらを、不幸にしたくねえだけなのに」



なぜ、生き返ってしまったのだろう。
また仲間をめちゃくちゃにするくらいなら、あのまま素直に消えていれば良かったんだ。

『よっ、鬼柳っ』
『鬼柳!』
『おい、鬼柳』
『鬼柳っ』

仲間が呼ぶ声がする。

俺は、遅すぎる決心をした。
どこか遠く、遠くへ

アイツらの声が届かないくらい
ずっと暗く埃まみれのどこかへ




そして、やがて。死んだ町、クラッシュタウンに流れ着いた。



白く生まれ変わったワンハンドレッドアイドラゴンを手にして、よく分かった。
赤き竜が冥府の王から奪い去ったとはいえ、冥府の王はまだ鬼柳たちを取り戻す機会を狙っている。

これは、その烙印 マーカーだ。

冥府の王が、奪われたダークシグナーを地獄の底から手招いている。

堕ちてこい、堕ちてこいと
逃しはしない、逃げられはしないと囁き声が
俺の欲を暴き立てる。

だが、今度こそ俺は
チームの誰も道連れにせず、独りで消えると決めた。




夕陽が落ちる。全てが終わった町で、埃まみれの命がけのデュエルタイムは、俺の勝利で幕を下ろす。

望んだ終わりは、まだ来ない。




◇ ◇ ◇

「鬼柳ッ!!」

西部風の羽織りに袖を通して、死んだ町に不動遊星は彗星のように現れた。鬼柳は、無表情の下で嘆いた。

ああ、間に合わなかった。


バーバラに何も知らないまま利用された遊星が、クラッシュタウンまで鬼柳を迎えに来てしまったのは痛かったが、それ自体は想定内だった。
俺がチームに執着しているように、遊星だって仲間に執着している。俺を地獄から取り戻そうとするのは、予測できた。だから、それまでにさっさと消えられれば理想だった。


計算外だったのは、隣に小波を伴っていたことだ。
こればっかりは、遊星の鈍さが恨めしかった。俺の死に場所に、よりによって最も巻き込んじゃならないヤツを真っ先に連れて来やがった。

遊星に、あの死んだ町でただ負けただけなら。
それを介錯に、死んだように生きていくこともできたかもしれない。

だが、これはダメだ。勝った遊星の隣に、小波がいた。
俺じゃない男の タッグにアイツを残して、無様に負けて消えて満足だなんて、口が裂けても言えるはずがない。

『鬼柳! お前がこんなことで満足できるわけがないだろうッ!!』

ちくしょう。

遊星のセリフはどうしようもなく的外れで、どうしようもなく正しかった。
その真っ直ぐさが、何より憎くて大切だった。


大切だった。ジャックが、クロウがそうであるように、遊星も小波もかけがえのない仲間だった。優劣なんてあるわけがない。

だが、この妄執は小波を傷付ける。
チームへの想いと小波への想いは切り離せない。

だが、この二つを切り分けられないでいる限り
俺は小波を地獄に確実に道連れにする。

チームの五人目、ラストメンバー、小波。
ラストデュエルに最期まで付き合ってくれた、かけがえのないタッグパートナー。
俺が幕引きに選んだ、たった一人。

地下に落ちてもなお、答えはまだ出ない。



「はは、最っ高だぜ、チームサティスファクションの復活だ!!」

やっぱり、俺が愛したチームは最高で無敵だった。
再び集結したチームサティスファクションの前に、あらゆる障害は無に帰した。
地下からの脱出劇、首謀者の取り押さえ、町の解放まで、台風のように慌ただしく過ぎていく。

ギャングに占領されていたこの町は、今日から生まれ変わる。
デュエリストの墓場クラッシュタウンから、サティスファクションタウンへと。

俺は腹を括った。
この町の砂漠に、俺は骨を埋める。



人生のレールを外れクラッシュしたガラクタが集まる町、人生の墓場、クラッシュタウンを。
改名して『サティスファクションタウンにしよう』と最初に言い出したのが誰だったか今となっては分からないが
その熱狂はたちまち伝染して、町の連中は沸き立った。

俺はそれを、つぶさに見ていた。
その時だ。俺の中に、一度は消えたはずの凄まじい情熱が湧き上がったのは。

遊星が、ジャックが、クロウが、小波が駆け付けて、弾けたはずのチームが復活した一夜。
それを讃えてこの町は生まれ変わろうとしている。

この町は俺だ。
町の連中が、この町をあの名で呼ぶなら。コイツらは、俺のチームの傘下だ。

俺にはまだ、リーダーとしてやることが残っていた。
「────……こんなところにあったのか」
あの頃、サテライトでどれだけ探しても見つからなかった『やり残し』が、こんなところに。



あの日、サテライトにダイダロスブリッジが開通した日。胸に湧き上がった情熱を思い出した。
サテライトは生まれ変わった。俺たちが統一したサテライトは、俺の手を離れて未来に進んでいった。きっと俺には、あの町を良い方向に導くこともできたはずだ。それだけの力があの頃の俺たちにはあった。

今なら、俺は。
満足の名を冠したこの町を、俺のチームの傘下に入ったたくさんの連中を。
真に満足できる未来へ導くことが、できるんじゃないのか。

その情熱は、あの頃の俺の生きる意味だった。
この町が今、俺に再び生きる意味をくれようとしている。


チームの誰かのために生きる瞬間 とき
俺は、死体だったはずの俺は、心臓がバクバクとうるさくて、堪らないほど
確かに今ここで、命を燃やして生きていた。



分岐点の夜だった。
俺は、この先の人生を決める選択を前に、最後の一歩をまだ迷っていた。

遊星達からは、チーム5D'sの一員として再び力を貸してくれないかと誘われていた。
町の連中には、このまま町のリーダーとして町を導いて欲しいと言われていた。

返答の期限は明日。
遊星達がシティに帰る朝まで。


本当は、もうとっくに答えは出ている。必要なのは覚悟だけだ。

遊星たちと再びデュエルする未来。それは確かに心惹かれるが、向かう先は『俺のチーム』じゃない。
それは、俺にとって本当に重要なことだった。
第一、俺は既に、遊星やジャックやクロウと生きる未来を、チームをこの手で弾けさせた身だ。再びアイツらを内側から瓦解させることがあってはならない。そのために俺がどこに立つべきか、本当は分かってる。
遊星たちが望んでいるのは、あの頃のチームサティスファクションじゃない。俺との新しい未来だ。そのことは、誘う先のチーム名にも表れている。それを俺は、正しく理解していた。

必要なのは覚悟だけ。
大事な大事なチームの連中を、手放して新しい未来に送り出す覚悟だけ。
今それができなければ、生まれ変わったこの町だって、俺は自分の手の中に引き留め過ぎて潰してしまうだろう。

手放す覚悟。信じる覚悟。
この執着から仲間を解放して、未来に送り出す覚悟。
それは、俺が最期まで持てなかったもので、今どうしても必要なものだった。
答えはまだ、出ない。

あてがわれた仮宿の扉が、キィィ、と軋んだ音を立てたのは、そんな時だった。
俺は、深い深い物思いから浮上して、目を開けて振り返った。

闇夜の中に、赤い帽子とささやかな笑みが、当たり前みたいな顔でするりと滑り込んだ。
「小波?」

俺は、組んでいた脚をほどいて、がたん、と椅子から立ち上がった。
デッキが置かれた木製の丸テーブルが、揺れる。

小波は、月夜の中に浮かび上がるように、微笑みを絶やさなかった。独りだった。最近はいつも俺と小波の二人きりの邂逅を邪魔していたはずのジャックが居ない。撒いてきたのか。

「どうした?」

何か大切な用事があるのだと分かった。
小波は、ととと、と幼い子供がするみたいに鬼柳に寄って来て、迷わず鬼柳の右手を取って、何かを握らせた。

それは、カードだった。
少しの焼け焦げをはらんだ、数枚のカードだった。


俺は息を呑んだ。


デッキだ。
俺のデッキ、俺の魂、俺が愛した数枚のカード。
収容所で看守達に、嗤いながら焼かれたはずのカードだった。

俺は息をすることを忘れ、飛び付くようにカードを捲った。
手が震えた。それは、似た別のカードなどではなく、確かに鬼柳のカードだった。鬼柳が何万回と重ねたデュエルの手癖がそのまま残っている。

「──……!!!!」

焼けこげたノーマルカードが1、2枚と、綺麗なままのレアカードが数枚。
本当に数えるほどしか無かったが、確かにかつて鬼柳のデーモンデッキに入っていたカードだった。

舌はもつれ、喉は震えた。
「お……ま、これ、どこで」

顔を上げた先で、小波は帽子の下で微笑んだ。
月明かりの中で、小波の微笑みが、少しだけ照れくさそうに、きゅっと下ろした帽子のつばに隠された。小波は何も答えなかった。

だが、鬼柳の脳みそは、素早く回転して、わずかな情報からその答えを導き出した。
ヒントは、焼け焦げたカードはノーマルで、綺麗なまま残っているのが全てレアカードであること。

鬼柳は、頬を流れ落ちる熱いものを、止められなかった。
ぽた、と焼けたカードに水滴が落ちた。


「そう、そうか、……そう、か」


押収した鬼柳のデッキから、看守がレアカードだけ抜いて、横領していたのだ、と分かった。
非レアのカードだけ鬼柳の前でこれ見よがしに焼いてみせ、残りは小遣い稼ぎに売り飛ばしでもしたのだろう。いかにもあの頃の収容所の看守がやりそうなことだった。

それを、小波がかき集めたのだと分かった。
数多あるカードの中から、どうやって見分けたのかは分からない。だが、膨大な時間が掛かったはずだ。情報を集めるだけでも困難だったはずだ。それを。

……っ」

鬼柳は、カードを額にいだいて、両膝から崩れ落ちた。

小波がここ最近、やたらセキュリティの連中と懇意にしているのは知っていた。
悪辣なセキュリティに小波が食い物にされてやいないかと警戒したが、小波は笑って平然としていた。それどころか、息の合った見事なタッグデュエルを見せる小波に、鬼柳はひどく寂寥感を感じていた。

小波は、もう忘れてしまったのだと思っていた。
セキュリティへの恨みを、崩壊させられたチームへの憎悪を、鬼柳が殺されたセキュリティへの憎しみを。

だが、違った。
ぜんぶ俺のためだった。

「は、はは……

泣き崩れた俺に、小波は何も言わず、ただ、同じように床にしゃがみ込んで、微笑んでいた。
何も言わなかった。充分だった。小波の想いは、カードが伝えてくれた。これ以上ないほど。

鬼柳はしゃくり上げた。

……なあ、デッキ。……デッキ、見せてくれ。俺用の。……持ってるだろ」

涙の合間に、ようやく言葉にしたセリフは、最初で最後の確認だった。
途切れ途切れの俺の声に、小波は当たり前みたいにするりと腰に手をやって、迷わず二つのデッキを両手で差し出した。

片方は、デーモンデッキ。
片方は、インフェルニティデッキ用の、タッグパートナーデッキだった。

もう存在しないデッキに合わせた、あの時のまま時を止めたデッキと
ダークシグナーのあの頃ではなく、この町に生きる今の俺に合わせたパートナーデッキが、当たり前みたいにそこにあった。

……ははっ」

全部、何もかも、失ってなんかいなかった。
馬鹿みたいだ。
俺がとっくに諦めちまったもんを、小波はこうしてかき集めて、俺のもとに帰してくれた。
もう一度デッキにするには足りなすぎる。なのに、消えちまったデッキに合わせたデッキなんて持ち歩いて、まるで今すぐタッグデュエルできるみたいに、一枚たりとも忘れてないと証明するみたいに。

俺とお前の中に、こんなに鮮やかに、あのデッキが生きてるのに。
あのデッキを殺しちまったのは、俺の心だった。今、鼓動があざやかに蘇るみたいに、あの日のデッキが息を吹き返す。

「なあ、」

俺は、差し出された二つのデッキの内、右手の方に手を重ねた。
空っぽなはずだった────ハンドレスのはずの俺の手に。
俺のためだけにあつらえられた、強い想いがあふれるようなインフェルニティデッキがある。

少しだけ何かが欠けた、そのちぐはぐなデッキは。
まるで、パズルのピースがハマるみたいに。
俺の持つデッキと呼応して、最大限、力が発揮できるように、今この瞬間もドクンと鼓動を鳴らし続けている。

「このデッキで、今度こそ俺と、タッグデュエルしてくれねえか。……今度は、間違えねえ。ただ、俺もお前も満足できる、そんな、……────そんな、最高のデュエルをしようぜ。何度でも」

小波は帽子の下で大きく目を見開いて、とても嬉しそうにこくん、と頷いた。

それだけでよかった。
俺の道は、決まった。

「なあ、小波。──……小波、俺さ」

顔を擦って、涙を拭う。
鬼柳は、ごくん、と息を呑んで、湧き上がる気持ちのまま、言葉にした。

「俺、お前のこと……お前さえ良かったら、俺と、この町で……

涙を擦って、そう鬼柳が顔を上げた瞬間
ぐら、と小波の体は傾いて、急に鬼柳の腕の中に落ちてきた。

「!! おっと」

反射的に受け止めた鬼柳は、腕の中の小波が、すやすやと寝ていることに気付いた。

…………あ? ……寝て、る?」

気付けば月の位置はすっかり傾いて、夜明けは近かった。
小波は時間になるといつも、電池が切れたみたいに突然寝る。そして、どれだけ起こしても絶対に起きない。
変わらなかった。あの頃と。何一つ。

…………ははっ!」

鬼柳は一大決心の出鼻を挫かれて、小波を抱えたまま顔を覆って、高らかと笑った。
どうやら、フラれちまったらしい。

「そうだよな。お前は、こんな小さな町じゃなくて────自由にデュエルしてる方が似合うよな」

惚れた女が腕の中にいるのに、心はひどく満たされて穏やかだった。
コイツの心の中に、消えない自分の席が────揺るぎない自分の為の パートナーデッキが、あると分かったからかもしれなかった。

「よっと」

カードをテーブルに置いて、両腕で小波を抱き上げる。
そのまま仮宿のベッドに、自分の代わりに横たえさせた。
小波はすやすやと眠っていた。

「こんなんじゃ、なぁ? 満足できねえって」

赤い帽子の鍔を手に取って、隠された表情を露わにする。
閉じられた瞼の下に隠された瞳に向かって、鬼柳は宣言した。

「覚悟しとけよ」

こつん、と額を合わせて、鬼柳は目を閉じた。

…………さんきゅ、小波」


後はもう、パタン、と閉められたドアの音と
出て行った鬼柳の足音だけが、部屋に残された全てだった。



次の日の朝、鬼柳が寝ていたはずの部屋から出て来た小波に、クロウは鬼柳の顔を指さしながら物凄い顔をしたし、ジャックは殴り掛からんばかりだったが、鬼柳は必死に冤罪を主張した。遊星だけがよく分かっていない顔をしていた。

結局ジャックに何発か殴られたが、まあ、それでも俺の心は晴れやかだった。

遊星が、そんな俺を見て少し目を丸くした後、ふっと笑った。
「鬼柳。……迷いは消えたんだな」

安心した顔をする遊星に、「さすが、お見通しだな」と俺は軽やかに返した。
俺は、この町に残る決意を伝え、シティに帰る遊星たちを見送った。

焼け付くような執着は なりを潜めて、この町を導く力強い情熱だけが胸に満ちていた。
さあ、やるべきことは、まだまだある。

「だが、まぁ。……こればっかりは、俺はあんま悪くねえと思うぜ。なあ?」

砂漠の向こうへ小さくなっていく遊星たちのDホイールを見送って。
鬼柳は一人、吹き抜ける風の中でぼやいた。

腰に帯びたデッキケースの奥底には、古いデーモンデッキのパーツが数枚。
鬼柳はデッキケースに静かに手をやった。ドクン、とデッキが呼応する。

胸に燃える執着は形を変えて、今はただ一人の横を欲している。
ぺろり、と鬼柳は唇を舐めた。

「まだまだ満足できねえ。だろ? ……小波」

鬼柳京介はこの町で
焼け付くようなタッグデュエルの機会を待っている。


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《デュエルロボ573番:小波》


タッグフォースでお馴染みコナミ君。
TF5プラシドルートで『未来でアポリアのそばにいたデュエルロボ』であることが明かされた。
ワールドチャンピオンシップスシリーズ(WCS2010)では、龍可と同じく精霊界の声を聞くことができること、クロスデュエルアキシナリオではアキほどでないがサイコパワーを操れることも判明している。WCS2010ではチーム満足の一員となるも、ディヴァインに目をつけられて洗脳、誘拐され、遊星に助け出されている。失踪したコナミのデッキは遊星が保管、Dホイールはクロウが保管していたが、ジャックはコナミを死んだものと考えていたことも明かされている。

前述のWCS2010ではチーム満足の一員となるが、実は女性を選ぶことも可能。海外で発売された遊戯王ディケイドシリーズには『栗色の長い髪の女性コナミの公式絵』が存在し、主人公に選択可能である。

タッグフォースシリーズでは、老若男女を口説きまくり告白されまくることで有名だが、TF6にはジャックに「そんなお前だからこそ俺は惚れたのかもしれん」と告白まがいのセリフを告げられるシーンも存在する。
成人男性から告白される場面が多く、女性の告白は未成年からが多い。

以上の情報から『男性の場合は小波の性別を知っており、女性の告白は男装の令嬢への疑似恋愛』とすると整合性が取れるため、この物語においては男装令嬢の小波ちゃんとして採用。

《小波シリーズにおけるチーム満足の小波》


帽子を目深に被っていれば少年にしか見えないが、帽子を外して顔のパーツの線をよくよく見れば女性型と看破するのは可能。
パラドックスと共に過去へ飛んだ際にメモリ部分を故障しており、さらに内部バッテリーを取り出して時空移動に使用したせいでメモリに障害を起こし、記憶のほとんどは飛んでしまった。
デュエルアカデミアに在籍(TF1〜3)した実在の人物の脳を使用して作られたデュエルロボである。サイコパワーは脳で発生するため、人間だった頃のカードの精霊を見聞きする能力やサイコパワーが、現在も受け継がれている。

人工皮膚と人工血液、金属と歯車でできた機械の体であるため、小柄な割に体重は重く、メモリ整理のための強制休止で、一定の時間または一定のメモリ負荷があった時点で死んだように眠る。
人工皮膚は修復する機能があるが、あくまで破損部分をくっ付ける程度のもので、傷跡は消えにくい。痛覚はほとんど存在しない。

なお、食事は可能だが、体内でバイオマス燃料に効率的に変換するシステムであるため、手洗いに行く必要がなく、その機能も存在しない。自分がデュエルロボだと思い出す前は、その人間離れした部分に疑問を感じていなかった。実はブルーノも、自分がデュエルロボであると思い出すまでは小波と同様の状態であった。

つまり、ジャックがあの時点で本当に小波を裸に剥いていれば、人間でないことはすぐに露呈していたと思われる。
服を着込めば少年に見える構造、服を脱ぐと女性型であると知れる構造は、実は『服を脱がされて人間でないと露呈しにくくする』が主目的で設計されている。
そのためデュエルロボ573には、実際には性別の自認は存在しない。

Next②鬼柳ルート外伝(ダイン編) → https://privatter.net/p/4482649
Next③ジャックルートエンディングのその後で(鬼柳とジャックの恋バナ) → https://privatter.net/p/9499062


《小波シリーズ一覧と時系列》

①時間跳躍と小波(プロローグ)
②小波の眠りと目覚めの話:遊星編→ジャック編→鬼柳京介編→十六夜アキ編
  ※ジャック√→ジャック編エンディング→ジャック編エンディングその後(恋バナ)
  ※鬼柳京介√→外伝ダイン編→ジャック編エンディングその後(恋バナ)
③小波とモブ決闘者
https://privatter.net/p/10903588
④小波とDホイールと幽霊の話(牛尾哲)
⑤道化師よ、波間で踊れ!(イェーガー)
⑥世界へ届け、八年後のキミたちへ(エピローグ)

今後、②〜④の間を追記していく予定


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