@alikiri
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西城KAZUYAの訃報が譲介の元に入ったのは、それから数ヶ月、年が明けてしばらくしてのことだった。
電話でそれを告げた神代に、譲介は「そうですか」と返事をするので精一杯だった。
本人の希望もあり葬儀は行わず、KAZUYAの両親も眠る一族の土地へ埋葬するのだという。KEIと共に神代も立ち会うそうだ。
結局、譲介が知っているKAZUYAの没年月日とほとんど差異はなかった。
医療に携わる者として、天命などというものがあるとは思いたくない。だが、深いため息が漏れるのを抑えきれなかった。
『譲介――おまえ、自分自身や母を探す気はあるか?』
「……どうしたんですか突然」
電話越しに問いかけてきた神代の質問の意図が理解できず、問い返す。
確かに、この時代の和久井譲介が同じように生まれているなら、そろそろ母親とはぐれた歳のはずである。だが、幼少期に世話になっていた施設の記憶はおぼろげだ。それも途中、施設の閉鎖やら子ども同士のトラブルやら色んな事情で何度か施設を変わっている。あさひ学園に落ち着いたのは中学生になってからで、それまでは東京都外を転々としていたことくらいしか覚えていない。
『母親は事故にあって、数ヶ月意識不明だったと言っていたな。西城の伝手を使えばどこかで情報が引っかかるかもしれんぞ』
「……それは……」
確かに、譲介の感覚からするとどうにもこの時代は個人情報保護の意識が低い。『闇金に追われていて治療費のアテがなさそうな重傷人の女がひとりで長期入院している』という情報だけで、見つかりそうな気がしてしまう。
だが正直なところ、いまの譲介はそこまで『母』という存在に執着はない。他人としてではあるが、彼女と再会したのが成人後だったのも大きいかもしれない。もちろん、弟に接する母を見て憧れのような気持ちを抱かなかったと言ったら嘘になる。だが反面、この母の元で育っていたらTETSUに拾われ、神代の元で修行する自分は居なかっただろうとも思うのだ。
「いや、それはいいです。十五、六年後にどこに居るのかは分かってますし――反対に、あまり下手につついて、弟が生まれなくなるのも嫌ですしね」
『その弟というのが、おまえの受け手だったか』
「そうです。といっても向こうは、僕を兄だとは知りませんけど……」
譲介の主観ではもう十数年前の話だが、いま思えば無茶苦茶な話だ。一般の病院で、移植ネット経由を装った生体肝移植など。なんともあの男らしい。
「再婚相手とはN市で知り合ったということしか知りませんが、コブつきだったら再婚もないかもしれませんし、このままでいいんじゃないですかね。……酷い息子だと思いますか?」
『いいや。……息子としては、な』
「どういう意味です?」
『幼いお前自身にはいいのか、ということだ』
「ああ……。前にも話した通り、僕自身の前半生を何とかしたいって思いはないんですよ」
どこの施設にいたのかすら曖昧なことからも分かるように、中学に上がるより前の記憶はほとんど残っていない。周囲も親のいない子ばかりだったが、親の来歴どころか出生地すら分からない子供はさすがにごくごく一握りだった。そんな境遇では、心を開けるような親しい友達など作れるはずもないし、将来に明るい展望も抱けない。とはいえその頃もう既にヒネたガキだったかといわれると、まだそこまででもなかったとは思うのだが。
だが中学生になったあたりから、自分の顔や立ち振る舞いが周囲に与える影響に気づき、大人の顔色を伺いながら下を支配する術を身に着けていった自覚はある。
たとえいま幼い自分を探し出せたとして――そのまま施設で育つのと、この村に引き取って自分で自分を育てる(!)のと、どっちがマシな人間に育つのか。神代が診療所に戻ってきているのなら一考の余地はあると思うが、残念ながらまだ学生で東京にいる。
それに――ここで引き取るとなると、いずれ一也と一緒に育つってことになる。それはちょっとぞっとしない。
「まあでも、もうちょっと早く拾って欲しかったなとは思いますけどね」
『それならどこの施設にいたのかくらいは思い出しておけ』
「善処します」
その後は最近の村の状況や何人か気になる症状のある村民の情報を共有して、電話を切った。
それからの、一九九九年から二〇〇〇年にかけての世紀末の狂乱とミレニアムイヤーの騒ぎ、そしてその翌年の新世紀の幕開けは、片田舎に籠りきりの譲介にはずいぶんと遠い出来事だった。
時を同じくして、神代が帝都大学医学部を首席で卒業した。もちろん国家医師試験にもストレートで合格。西城家からも声をかけられていたが、結局、卒業後はしばらく大学医局に残り附属病院勤めをすることにした。まだ一也たちの時代のような初期研修の制度は始まっていないが、村の診療所へ戻る前に、数年は外の病院で経験を積んでおきたかったのだ。
――気がつけば、譲介がひとりで診療所を回すようになってもう六年が経過していた。
ある日の夜、譲介は診察室の机に置いたパソコンの前でうんうんと唸っていた。モニターに表示されているのはEメールの返信画面。宛先は――ドクターTETSUだ。
譲介にとって、直近の数年での大きな変化といえば、ドクターTETSUこと真田徹郎とインターネット越しではあるが接触できたことだ。
パソコンは神代が東京の電気街で調達して送ってきたものを使っている。神代自身も大学で使う機会があるというし、帝都大生ともなればあれこれと詳しい人間もいるんだろう――と思ったら、なんとKAZUYAの親しい友人で同期でもある磨毛という教授に購入を手伝ってもらったらしい。普段、館に引きこもって研究ばかりしているアイツを引っ張り出すとは、よっぽど気に入られたんだなァ――と、大垣あたりであればひっくり返らんばかりに驚くところなのだが、帝大の教授陣などよく知らない譲介の返事は「そうですか」で終わってしまった。とはいえ、譲介がこの時代のカタログを捲ってみたところで、プロセッサもメモリもディスクも文字通り『単位』が違っていて良し悪しなどさっぱり分からないので助かった。ムーアの法則万歳。
インターネットに接続するたびピーピーガーガー鳴るのには辟易したが、それももう慣れた。村に一つの診療所である以上仕方がないが、電話着信を優先して着信があれば回線が切断されるのにも。とはいえそろそろ、インターネット用に専用回線が欲しいところだ。
――そういえば、向田地区のほうでも家の周りでケータイの電波が入るようになったって言ってたか。もう買ってもいいかもな。
ふとそんなことを思い出し、心の中の『今度K先生に相談すること』リストに書き加える。
いまは東京にいる神代だが、医大生のころは長期休暇のたびに村へ帰ってきていたし、定期的に電話でもやり取りしている。緊急を要する場合はともかく、計画された手術であれば患者の村民とも相談の上で手術日を週末に設定し、あわせて帰ってきた神代と共にオペをすることも多いので、会話をする機会はそれなりにある。以前は会話の中で譲介がつい染みついた呼び名で呼びかけるたびに苦言を呈されてきたが、KAZUYAの死以降はそれも言われなくなっていた。
最近の譲介はもう季節に関係なく、早朝に駆け込んできた患者がいない限り午前中は往診と決めているが、遠くの地区に足を延ばせば午後までかかることもある。そうなると、カルテの整理や予定手術の準備、それから器具や医薬品の補充や棚卸しなど夜遅くまでやらねばならぬことが溜まってしまう。今夜、メールを書き出すのがこんな時間までずれ込んだのもそのせいだ。それ以外にも、このところは出来るだけ診察室の電話のそばに居たい事情もある。ずっとこれでやってこれてはいるが、一度モバイル端末の便利さを体感した身からすると、通信エリア拡大に伴う携帯電話の導入は一考の余地がある。
器具や廃棄物の始末、それから術着やシーツの洗浄は村人に手伝いを頼めているが、医薬品のほうはそうもいかない。といっても、譲介の記憶よりもかなり古くて狭い薬品庫なので、村井のように専属の人間がいなくともなんとか管理できる量ではあるのだが。
――そういえば、あの薬品庫はいつ建て替えたんだろう。そのための積み立ても要るなあ。
あれこれと関係のないことに思考を脱線させながらも、日付が変わる前にはメールの返信を書き上げた。最後に『J』と署名を入れる。
送信前に内容を読み返すと、つい溜息が漏れた。
「これじゃあ、ただのメル友だよな…………」
内容は近年の医学研究についての話題だ。数年前にドクターTETSUが関わった案件のひとつをどこからか聞きつけ、興味を持った奇特な医者――を装ってコンタクトを取ったのは、KAZUYAからメールアドレスを受け取って数ヶ月後のこと。
譲介の持つ未来の知識から、TETSUの興味を持ちそうで、かつまだ世間に発表されていないような医薬や医学研究のネタを小出しに書いて……と釣ったのはいいが、すっかりアングラな同業者だと思われてしまって、譲介の目的からはほど遠いやり取りしか出来ていなかった。先日のメールには内臓逆位についての話題があったので時期的にもおそらく例のヤクザの組長のオペをしたのだと思うが――だから一体なんだというのだ。
この調子では、TETSUと直接会ってまだ兆候も自覚症状もないだろう胃の検査を受けさせるなど夢のまた夢だ。
「くそ……内臓なら僕だって逆位だが……!? 心臓だけだけど…………」
それでも、下手をうってこの細い繋がりすら切れてしまうのは避けたくて、いつも通りのメールしか書けない。机に頬杖をついてぼやきながら、苛立ち半分に送信キーを叩こう――としたところで、電話が鳴った。飛びつくようにして電話を取る。
「もしもし――岬さん?」
『そうだ! 和久井先生っ、ウチのが……っ!』
受話器の向こうから、慌てた声が聞こえてくる。予想通り、今夜の待ち人からの電話だった。といっても、電話口にいるのは本人ではなくその旦那だ。
「落ち着いて。陣痛は何分間隔? ――そうですか。はい、車出せますか? 急がなくて大丈夫。暗いから気をつけて。ええ、人手も心配しないで。こっちで連絡します」
早口でそれだけ告げると、受話器を置かずにフックスイッチを押した。すぐに短縮ダイヤルで羽庭家を呼び出す。深夜にも関わらず、三コールで応答があった。
『譲介かえ!?』
同じように待ち構えていただろうイシに「はい。岬さんのところです。いまから来れますか?」
『当たり前じゃぁ! もう三十九週、いつ生まれてもおかしくないからの。電話機抱えて寝とったわ』
「ハハハ……頼もしいです。待ってます!」
『ワシは先にそっちへ向かうぞ、他への連絡は息子を叩き起こしてさせとくからな』
「お願いします」
受話器を置くと、譲介は大きく深呼吸をした。書き上げたメールは保存トレイに入れて、パソコンの電源を落とす。送信はまた明日だ。
譲介が十九の年から二十五歳で渡米するまで、村でのお産は一度しかなかった。それも譲介がまだ村に来たばかりの雑用しかしていなかった頃だ。当然、手術室に入ることもなかった。メディカルスクールでの実習で何度か妊婦の検診は経験していたが実際の分娩は見学だけで、医者としてはこの時代に来てから初めて経験した。
――大丈夫。出産はもう三例目。イシさんも、他の手伝いもすぐに来る。
気合を入れるように頬を叩くと、譲介は準備のため手術室へ急いだ。
***
それから――さらに二年ほど後のこと。
二〇〇四年三月。T村ではまだ、雪解けには早い時期だった。
街から戻ったイシから話を聞いた譲介は、すぐに電話を取った。
「K先生――いま、お時間よろしいですか?」
『ああ、ちょうどこちらも電話しようと思っていた。江藤の様子はどうだ? 術後から任せっきりですまんな』
「いえ、そっちは問題ありません。はじめたリハビリも順調ですよ」
昨年、耕運機に巻き込まれ右手首から先を切断した江藤に授け手が現れたのはつい先月のことだ。未来を知る譲介は、それとなく農機具の取り扱いには注意するようにと忠告していたが、残念ながら事故は起きてしまった。耕運機の刃による切断面は無残な有様で、再接着は不可能。一命は取り留めたものの、まだ若い江藤は絶望して荒れていたが、まさか未来では授け手が現れているから大丈夫とも言えない。事故も未然に防げず、患者のメンタルケアも万全と言えず――やるせない気持ちを抱えた譲介の相談相手はもちろん、神代しかいない。それに、いざ授け手が現れた場合は手同種移植という高難度のオペが待っている。そういう経緯もあってこの一年ほど、神代との連絡は密にしてきたのだ。
「先生こそ最終列車でこちらに来て、オペを済ませて始発で帰って……それでそのまま勤務だったんでしょう? お体はどうですか」
授け手は脳死患者ではなかった。不運な事故による即死。この特殊な村では、すべての村民において血液型だけでなくHLAタイピングまで済んでいる。おかげで死亡診断の数分後には受け手として江藤の名が上がったが、生着率を考慮すると死体移植の場合は多くの術式において一刻を争う。手同種移植の場合は八時間程度が限度だ。すぐに東京の神代に連絡を入れ、村内放送で駅までの迎えと助手を集め、並行して術前の説明とオペ室の準備を行い――と、もちろん譲介のほうも目まぐるしい忙しさだったが、神代はそれ以上だ。電話を受けて電車に飛び乗る直前まで、当直明けからそのまま日勤をしていたというのだから、いくら神代が超人的な肉体を持つといえど無茶苦茶なスケジュールだ。
『問題ない、移動中に十分睡眠は取れたしな』
「まあ……先生はそう言うと思いましたけど……って、こちらの電話の用件はそれではなくてですね。実は、無医村扱いでまた西海大から新しく医者が派遣されてしまって――その医者の名前が、『富永』ですって」
『なに?』
その名は当然、神代も譲介の口から聞き覚えがあった。譲介が言うには、その男は神代の一番弟子なのだという。神代からすれば譲介ですら未だに持った覚えのない弟子が生えてきた認識なのだが、その一番目ときた。それも、村の事情も一也の出生もすべて知った上で十年近く村にいたとかなんとか――。あまり出会う前から先入観を持ちたくないが、一体どういう人間なのか、否が応でも興味が湧く。
「しかも、イシさんは刑事とも乗り合ったって」
『ほう……』
「富永先生が来るのは来年くらいだっていうの、僕の勘違いだったみたいです。すみません……」
『仕方なかろう。もともと、その富永という男が村に来た時期ははっきりとは知らなかったのだろう? 一也が村に来る数年前、というくらいで』
「ええ、そうなんですけど……」
譲介が嫌な予感がしているのは、どちらかというと富永よりも同時に村に来た岡元という刑事のほうだ。確か、診療所で年賀状のやりとりがあった警視庁の刑事がそんな名前だった気がする。てっきり麻上の一件で知り合ったのかと思っていたが、もしや違うのだろうか。譲介が渡米する少し前に、先方が定年退職するというので何か送りたいがちょうどコロナ禍でどうのこうの、という話題があったような――。
――ダメだ。思い出せない。
なにせ麻上が村に居ついた経緯は、断片的に聞いただけでもとても年下の若造が根掘り葉掘り突っ込んでいいようには思えなかったのだ。なので譲介には、大学生の一也が帰省してきたタイミングでいくらか聞いた話と、ときどき酒の席で麻上本人が漏らした話を総合したくらいの情報しかない。
『いずれにせよ――そろそろ潮時のようだな。近いうちにこちらを辞めて、村に戻る』
「いいんですか?」
『もちろんだ。元々数年のつもりだったし、大垣先生にもそう話していた』
正規の医者となった神代が村に戻って開業していない以上、行政上のT村はまだ無医村である。神代の知り合いで西海大学の関係者といえばKAZUYAの知己である朝倉と高品がいるが、ふたりとも西海大学の卒業生というだけで現在の所属は異なるし、そもそもいま日本に居ない。そちらの方面から手を回して派遣を止めるのも難しいうえに、いずれその『一番弟子』が派遣されてくるのだからとそのままにしていたのだが――もう十分だろう。
『KAZUYAさんから託された患者もいることだしな』
「メスのことですね」
『ああ。大学病院で勤務医をしていると、なかなか病院外の患者は難しいのでな』
「僕としては先生が戻られるのは歓迎ですし村の皆も喜ぶと思いますが――とりあえず、富永先生は山小屋のほうに行ったみたいです。どういう経緯で村に残ったのか僕も詳しいところは知らないので、とりあえず様子を見ておきます」
『分かった。準備が整い次第そちらに戻るが、それまで頼んだぞ』
「了解です」
電話を切った譲介が窓の外を見ると、まだ夕方だというのにもう暗い。
今夜の天気は荒れそうだった。
「――先生……この展開、狙ってましたね!?」
「こんなに上手くいくとは思わなかったがな」
「あ~……ッ……もう! ありがとうございます!」
「ウフフ……」
「は、ハハ…………」
あの吹雪の夜から数ヶ月。この八年近く――ある意味ではのんびりと田舎の村医者をしていたにすぎない譲介にとって、あまりにも目まぐるしい数ヶ月だった。
岡元刑事の手術から、無免許での医療行為の容疑で逮捕。証拠不十分となるもあわや拘留延長か――というところに身元引受人としてドクターKが現れ、釈放。そして――。
紆余曲折のすえ、いまこの診療所に置かれたテーブルを囲む譲介、神代、富永、それにKEIの前には『和久井譲介』の名前で発行された医師免許があった。
もちろん神代とて、譲介から未来の話を聞いてすぐに自分と譲介の立場を入れ替えることを思いついたわけではない。だが村の外に出て大学に通いながらKAZUYAをはじめとする医師たちと交流する中で、譲介をこのままにしておくわけにはいかないとずっと考えていた。譲介が師と呼ぶ『神代一人』はアメリカで学ぶ道を示したが、いまの自分にやれることは何か無いだろうか、と。
「KEI先生も……。いろいろと、ありがとうございました」
「いいのよ。あなた、生前の兄にも会ったことあるんですって?」
「僕のこと、KAZUYAさんから聞いていたんですか!?」
譲介の問いに、KEIは首を振る。
「いいえ。一人さんが預かっていた私宛ての手紙で読んだだけ」
「手紙……?」
「譲介がKEIさんと会うことがあれば渡してくれと頼まれていたんだ」
「もしもあなたが表舞台に出ることがあれば、助けてやってほしい……ってね。でも、この村のことは私だって以前から知っていたのだから、もっと早くに気づくべきだったわ。一人さんが東京に居る間、代わりに誰かがいるはずだってね」
KAZUYAや両親と和解後、一人に引き合わされた時点で村のことを思い出していたKEIが悔しそうに言う。
譲介は改めて、テーブルの上に置いた免状を眺めた。大ぶりな紙に大きく書かれた「医師免許証」の文字に、厚生労働大臣森笠直純の署名。
大学受験に失敗し、この村に住んで六年。そこから渡米して約八年。そして、なんの因果か過去に飛ばされて――今年で既に九年目。すでにアメリカで学生していた期間よりも、ここで無免許医をしている年月のほうが長くなっていた。
どうしてこの時代に来たのか分からないのだから帰りかたも分からない。肉体の年齢はもう四十を超えた。このままこの村で、いずれ帰って来る神代の助手をしながら一也や宮坂や、もしかしたら若い自分と、それから――彼のことを助けてやれたらいい。そんな風に考えていたのに。
「もういまさら――と、思っていたんですが……。生きていればいろいろありますね、本当に」
譲介はしみじみとそう呟くと「ありがとうございます」と頭を下げた。
東京に息子を残してきているKEIが帰ると、診療所には男三人が残された。
「これで、俺もお役御免ですね。もう、無医村どころか医者が二人もいるんですし」
富永の言葉に、譲介と神代は黙って顔を見合わせた。
そもそもの発端である岡元の手術。そして恭治の骨折手術から、心臓移植まで。その全てに立ち会い、術後管理を含め真摯に患者に向き合った富永の覚悟と人柄は、この数ヶ月間ではっきりと分かった。
「……富永。お前がよければだが、このまま村に残ってくれないか」
「えっ」
「結果的に、この村の事情にお前を巻き込んだことはすまないと思っている」
「いっ、いやそんな……オレもすごく勉強させてもらいましたし、この前はウチの大学でまでお世話になっちゃって」
「俺は今後も、村の外の患者のためここを留守にすることもある。それに実は勤めていた大学病院のほうも、世話になった先生に慰留されて結局籍を残してあるから、何かあったら呼ばれるだろう」
KAZUYAの死後も変わらず神代との交流が続いていた大垣は、譲介の辿ってきた過去よりもいくらか早く帝都大学に復職しており、すでに第一外科部長の地位についていた。晩年のKAZUYAに言われた言葉もあるが、何より神代が帝大にいたのも大きかった。――もちろん、大垣本人はそうは言わないだろうが。
「譲介もこれで大手を振って村の外に出れるようになったことだし、お前が居て貰えると助かる」
「……。その、確かに恭治くんはまだ目を離せませんし。他にも、この一ヶ月ちょっとで何人も村の人を診ました、けど……」
「もちろん、大学に戻り他の赴任先を探すというのなら、俺に止める権利はないが……」
そこで黙っている譲介の様子に気がついて、神代は言葉を切った。つられて富永もそちらを見ると、妙にニヤニヤしているのに気づく。自分よりも一回りは上に見える男のそんな反応に、富永は戸惑うことしかできない。
渋面を作った神代は、やや大げさな溜息をついた。
「……譲介、なんだその顔は。言いたいことがあるなら言え」
「いいえ? 特にないですよ」
譲介は、もともと生きた時代では富永研太に会ったことはない。麻上から『一番弟子のような人』と教えてもらった他は、母を亡くして全国を放浪していた一也がいわばクリニカルクラークシップのような形でしばらく世話になった時の話を一也本人から聞いたくらいだ。神代の口から富永についての話題を耳にしたことはほとんどなかったが――このやりとりを見て、なるほどなと納得したのだ。
これは、神代の好きなタイプの人間だ。
命に対していつも真摯で、向上心があり、みすみす患者を亡くすくらいなら、たとえ法を犯すことになっても構わない覚悟。
神代と同じ――つまり、譲介の目標とする医師の姿でもある。
「ただまあ――僕の意見も、K先生と同じではあります。看護師もパラメディカルもいないここでは、ひとりやふたりしかいないのと、三人居るのでは大違いですし。どうですか? 富永先生」
譲介と首を傾げると、普段は隠れた左目が見えた。
その視線を受けて、富永は覚悟を決めた。ドクターKと名乗るマント姿の大男も、前髪を片方だけ伸ばした自称アメリカ帰りの元無免許医も、技術の高さは疑いようもないのだ。ええいままよ。
「それなら……。富永研太、このままこちらでお世話になります!」
***
富永が村に来て約一年。帝都大や西海大をはじめとする各地からの依頼に答えてあちこち飛び回る神代に、村で腰を据えての診療を続ける富永。そしてその時々でドクターKの助手としてついて行ったり、村に残ったりする譲介という組み合わせは、意外なほど上手く回っていた。
二度目の春の終わりに、神代はKAZUYAの残したカルテを元にある患者のところへ向かっていた。
KAZUYAに託された患者を診る時、神代は必ず譲介を連れていくことにしていた。もともとが、KAZUYAが診た時代の医学では治療できなかった患者たちだ。医学の進歩により現在では治療法が見つかっているものも、譲介の未来の知識の中では更に進んだ治療法があるケースもある。もちろんそれは薬品や器具の進化ともセットであり、知識だけではどうにもならないことも多い。それでも、いやだからこそ、神代は譲介と共に患者を訪ねることにしていた。
その日向かった患者――徳光興産社長、徳光剛造の屋敷の前で、譲介は驚愕で足を止めた。
「――!?」
「どうした?」
「あ、あの車は……!!」
軍用トラックのようなゴツい車体。日本の街中ではほとんど見かけないその黒いフォルム。見間違えるはずもない。
「――ドクターTETSUの車です」
「なに?」
ということは――。譲介は記憶をひっくり返して、かつてTETSUから聞いた話の中にあったKAZUYA手製のICDの件を神代に説明する。おそらく、この患者がそれだ。
「KAZUYAさんのカルテには、ペースメーカーの埋め込み手術としか記載されていなかったが……」
とはいえ、書かなかった理由は神代にも分かっている。
現在の神代は正規の医学教育こそ受けているが、もともと特殊な村で育ち、医術を叩き込まれてきたのだ。臓器移植のほかにも、手製の器具を埋め込むなどとびきりの秘密を書面に残す場合は慎重に。地下の倉庫に残された大量のカルテを思えば、そうする理由もそうすべき理由もよく分かる。
徳光邸の呼び鈴を押すと、奥からスーツ姿の女性がひとり出てきた。マント姿の神代を見て、すぐに表情を変える。
「……! ドクター、K……?」
女の呟きに、神代と譲介は視線を交わした。さほど年嵩のようには見えないが、かつて徳光剛造を手術したドクターKの姿を知っているということは、ただの秘書ではなさそうだ。
しかし彼女の知るドクターKは当然、西城KAZUYAだ。神代は肯定も否定もせずにまず「徳光氏に急ぎの要件がある。中へ通してくれ」と告げた。
「い、いまは、他にお客様がいらしていて……社長に確認を……」
他にお客様。十中八九、ドクターTETSUだろう。
神代と譲介は再度視線を交わすと、スーツの女の横をすり抜けて奥へと進んだ。
「おっ……お待ちください! ちょ、ちょっと!」
慌てた声を背に、ふたりは客間と思しき部屋に押し入った。
中にいたのは、車椅子の老人とスーツの男。それから――。白いコートに片側だけ長く伸ばした黒い前髪。ソファから立ち上がり乱入者の前に立ちふさがったその男の体格はがっしりとした健康体だ。当然、杖など突いていない。
「て……てめぇは……!?」
譲介はその驚いた声を聞いてはじめて、男の声を聞くのがほぼ二十年ぶりであることに気がついた。大学に通っていた間も、この数年も。ずっと電子メールだけのやりとりだったのだ。
すっかり石のように硬直してしまった譲介だが、室内にいた人間の注目は神代に集まっていた。
「ド……ドクターK……? 亡くなられたのでは……!?」
「……ちげぇな。Kから名前を継いだとかいう若造だな」
「ほう。知っていたのか、ドクターTETSU」
「チッ……てめェこそ、オレの名をご存じたぁ驚きだぜ」
バチり、と偉丈夫ふたりの間に火花が散った。
「ちょ、ちょっと待ってください……! そのドクターKの後継者が、どうしてこちらに?」
「もちろん、患者の治療のためだ」
「何ィ……?」
「彼が亡き後も治療の必要な患者について、次代のドクターKとしてカルテを託された。そしてこちらにも、カルテと共にKAZUYAさんのメスが遺されているはずだ」
「ハン……こいつのことか」
TETSUが見せた小さなケースには、確かに7の刻印が彫られたメスが入っていた。TETSUは神代が差し出したカルテをひったくるようにして受け取ると、素早く目を通す。
確かに、いましがた徳光から見せられたものと同じ内容だが、単純な写しとは違っていた。心房細動がいずれ脳梗塞に繋がるであろうと予測、そうなってしまうであろう年数まで記載されていた。
これは明らかに、数年後に『誰か』が再び治療に当たることを見越して書かれたものだ。
「……とりあえず、てめェの話をこれ以上グダグダ聞く前に、患者の検査だ」
「ああ」
神代の目配せを受けてやっと、譲介は手足が動くようになった。『大丈夫か』と問いかける無言の気遣いに、黙って頷きを返す。大丈夫、まずは患者の治療だ。
「で、そっちは何だ」
――と思ったのに、TETSUに視線を向けられて、また壊れたロボットのように手足が固まる。
「助手だ」
「あぁん……?」
「あの、こちらを……」
おずおずと割って入ったのは、秘書のような男女のうち、男の方だった。後ろを見ると、女が心電計一式を始め検査器具をひとそろい運び入れている。高齢の社長のために、家庭用のレベルを超えた機械を一揃い揃えているようだった。
これ幸いと、譲介は「後はこちらで」と飛びついて準備をはじめた。
心電図検査をすると神代が引き継いだカルテの予言通り、心房細動の兆候が発見された。脳梗塞の危険があると患者に告げた神代は、そのまま近隣の病院の手配を依頼する。
そして手術がはじまると第一助手に譲介を置いて自ら執刀し、あっという間に心臓まで切り開くと開胸器をかけた。オペの開始からここまで、ものの十数分。しかしそのスピードよりも、大きく露出した心臓についたモノを見てTETSUは驚きの声を上げた。
「――!? これは……!? ただのペースメーカーじゃねえ……!?」
「バッチが二枚に電極がふたつ……ICDでしょうか?」
「そんなはずがあるか!!」
第二助手に入っていた外科医の言葉を、TETSUは即座に否定した。徳光氏のペースメーカー埋め込み手術が行われたのはKAZUYAの生前――十年以上も前のことだ。日本におけるICD――植込み型除細動器の普及は第五世代型の登場以降で、つじつまが合わない。
「すみやかに剥離する。譲介、剪刀を」
「はい」
周囲の動揺をよそに、神代と譲介の手は止まらない。正確無比な手つきで剥離鉗子を動かし、心臓に取り付けられた電極を剥がしていく。そして取り外した見慣れぬ型のICDに見向きもせずに、X線準備とカテーテルの準備を指示した。
大きく驚くこともなく、淡々とオペを進めていくKの後継者とその助手を、ドクターTETSUは特大の違和感を抱きながらただ見ていることしかできなかった。
「おめぇらにいくつか聞きてえことがある」
「……なんだ」
オペ終了後、そう切り出してきたTETSUに、神代と譲介は表面上こそ渋面を作りながら対峙した。譲介は内心、手術が終わった途端に姿を消すのではないかと警戒していたくらいなのだ。あちらから絡んでくるに越したことはない。
「確かに――おめぇはあいつの、ドクターKの後継者らしい。それは認めてやる」
最新技術を使いながらも驚異的なスピードで終わった手術により、患者の心房細動は完治した。元は自分に依頼が来た案件ではあったが、医者としてのTETSUは素直に称賛する。
「だが、なぜ十年前、患者に埋め込まれたものがペースメーカーではなくICDだと分かっても驚かなかった? 患者が持っていたものだけじゃねえ、おめぇが持ってきたカルテにだって、どこにもそんな記載はなかったはずだぜ」
「そうだな」
あっさりした神代の相槌は軽い舌打ちで流し、今度は譲介に矛先を向ける。
「そっちの男もだ。こっちの若造はまだいい、後継云々がなくともKやあいつの妹の関係者だってのは見りゃわかる。だが、てめぇは何者だ? ICDにも驚かねえどころか――まるで元から全部知っていたようで、気に食わねぇ」
「てっきり、あの人のお手製品に夢中なのかと思ってましたが……僕の手つきも見てたんですね」
「……。そっちの若造より、オレはてめぇが不気味でならねえ、そう言ってんだよ」
徳光邸では、急にあんたに会えて動揺してたんですよ! ――とは、もちろん言えるわけもない。「へえ?」と、精一杯の虚勢を張りながら思考を巡らせる。このまま怪しい奴と認識されて物別れになって終わるのは避けたい。どうしたものか。
しかし、爆弾はTETSUのほうから投げ込まれた。
「…………おめぇ、『J』だな?」
「――!?」
「Kの関係者で、その妙に先を見てきたような言動。他に思い当たらねえな」
「何を……」
「そんでさっきそっちの若造に『譲介』とか呼ばれてたしな」
譲介の隣で、神代がゆっくりと息を吐きだした。そこまで重ねられては、白々しい否定に意味はない。だが、なぜ。
「こちらの素性が推測できるような文面を書いた覚えはないんですが……」
「ハン……Kに渡したあのメールアドレスだがな、アレはあいつにしか渡してなかったんだよ」
「っ……!」
やられた。
譲介は軽く額を抑えた。もちろん受け取ったアドレスに最初にコンタクトしようとしたとき、その可能性は真っ先に考えた。譲介を引き取った当時のドクターTETSUも、政治家や実業家向けにヤのつく裏商売向けなど、いくつかの連絡先を使い分けていたのは知っている。だがまさか、
「周到ですね。そこまで警戒しなくてもいいでしょうに」
「たりめーだろォ。奴がオレの連絡先を必要とするなんざ天地がひっくり返ってもありえねえからな」
「そんなことないでしょう……。あなたたち、何度も一緒に窮地を潜り抜けた仲だったんじゃないですか? 南米のジャングルやら、地中海のマフィアやら」
「はァ!? おめぇマジで知りすぎだぞ。Kの野郎がそこまで喋ったのか?」
「あんたが全部喋ったんですよ。高校生の僕に」
「…………、は?」
絶句したTETSUを前に、譲介は腹をくくった。真正面から黒髪の闇医者を見つめ、はっきりと口にする。
「僕は――あなたの未来を知ってます。ドクターTETSU……いや、真田徹郎さん」
「――!?」
それからいくらかの問答の末、譲介と神代のふたりはハマーに同乗して共に東京の西城医院へ向かうことになった。譲介が自身の素性を話すことは止めなかった神代が、富永に留守を任せてきたT村の診療所にTETSUを連れて行くのは難色を示したがゆえの折衷案だ。それに、現在地からはN県の山奥よりも東京の方が近い。
KEIは突然乗り付けてきたドクターTETSUにも驚いたが、更に譲介と神代まで出てきてさすがに面食らう。
「ちょっとこれ、どういう組み合わせなの? 一人さん」
「発端はKAZUYAさんの残したメスの患者なんですが――KEIさんには、先にこれを」
突然の来客に驚きはしたものの、嫌な顔ひとつせず各自にコーヒーを用意してくれたKEIにまず神代が一通の封書を差し出した。
「この筆跡……! 兄から!?」
「何ィ!?」
「ええ。生前のKAZUYAさんからKEIさん宛てに預かっていた手紙の二通目です。もしも譲介の事情についてKEIさんに話すことがあれば、これも渡してくれと」
「そんなものが……」
譲介も知らなかった手紙の存在に目を丸くする。
手紙には、神代がKAZUYAの前に現れて自身の病気とその推移について告げられたことや、KAZUYA自身も知らなかった妹の存在とその妹が引き起こす事件について忠告されたこと。それからその情報をもたらした譲介の出自と、さらには実際にKAZUYAが譲介に会った際に感じた印象が記されていた。
その場で中身に二度、目を通したKEIは迷わず「あなたも読むべきだわ」とTETSUに手紙を渡した。黙って従ったTETSUは頭から終わりまで一度だけ通して読むと、ため息とともに机に放りだした。
「医者が馬鹿な妄想を信じるんじゃねえ――と墓を掘り起こして怒鳴りつけてやりてえところだが……」
「あの頃の兄の言動で腑に落ちるところが……ありすぎるわね」
当時のKEIに対してKAZUYAが後手に回っていたのは、当時の米大統領に寄生虫入りの注射を刺し目論見通り犯人がマント姿のドクターKが国際指名手配されるところまでで、そのあとはことごとく先回りされていたのだ。
KEIが初めて兄と邂逅した日もそうだった。妹の存在すら知らなかったはずなのに、KAZUYAは驚くどころか名を呼び、対話を申し入れてきた。その時は西城の父から情報を得たのだろうと考えただ突っぱねたのだが、実は未来から来た男などというとんでもないルートからの情報だったらしい。
TETSUのほうも同様だ。イタリアでもアメリカでも、確固たる情報もなしに最短で目的にたどり着く様子を間近で見た。それはいくらなんでもKAZUYAの運やカンの良さで片付けるには不自然なほどだった。どの場面も状況が切羽詰まっていたために、それまでの付き合いの年数もあって深く追求しないままだっただけだ。
それに――。Wissenchaft Heiligen――通称W・Hと呼ばれたドイツの医学研究組織について忠告してきたのも、いま思えば妙なタイミングだった。むしろKAZUYAがその組織の名を出したことで疑いを深め、潜入を決めたほどだ。
「しかし何だな。となると、つまりKの野郎は分かってた病気で死んだって事か。情けねえ話だな」
「貴様……」
TETSUの露悪的な言い回しに、神代は唸り声をあげて立ち上がった。知っていてもなお助けられなかった譲介と神代にとってもそうだが、なにより主治医としてKAZUYAの治療に尽力したKEIの前で吐いていいセリフではない。
「いいのよ一人さん。でも……兄の死から六年もたったいま、あなたたちがこの手紙を持ってきた理由はそこにありそうね」
「ああん?」
「もしかして私――とも思ったけれど。そうだったら遅くとも昨年のT村で私が和久井さんに会った時点で教えてくれていたはずよね。つまり……」
KEIの視線が、足を組んでふてぶてしくソファに座る男に向く。
「おい、まさかとは思うが……」
「KEI先生のご明察の通りです。――ドクターTETSU、あなたは五年以内に胃がんを発症し、スキルス性となって腹膜播種にまで進行します」
「…………」
譲介の宣告に、TETSUはふた呼吸分黙ったあとに「そうか」と頷いた。
「意外にあっさり信じますね。自覚症状ありですか?」
「現時点ではまったくねぇな。だがまあ、そこの手紙と記憶を照合すりゃあ、な」
さらりと答えたTETSUの表情は、意識して感情を乗せないようにしているように見えた。さすがにこの場の話だけで、未来から来た云々をすべて信じたわけではなさそうだ。十年前の神代を思い出してなんだか懐かしくなる。
「僕の話を信じていようが信じていまいが構いませんが、まだ帰しませんからね。ちょうどここなら設備も揃ってますし、検査してってもらいますよ」
「あァ!?」
「いいですか、KEI先生?」
「え、ええ……」
徳光邸でガチガチに緊張していたのはどこへいったのやら、すっかり調子を取り戻した譲介の姿を見て神代は内心安堵する。ドクターTETSUの治療は明らかに譲介の行動リストの最上位にあるはずなのに、TETSUの連絡先を手に入れてからもずっと手をこまねくような様子で心配していたのだ。そのTETSUが聞いていた話を上回る不遜な男だったことを置いておけば良い展開である。
「先生も笑ってないで、手伝ってください!」
「ム……」
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