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タイム・ブランチ(4)-2

全体公開 34 12150文字
2023-10-30 21:42:44

譲介タイムスリップ話の第四話後半。

Posted by @alikiri

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 西城医院での検査結果はシロだった。
「オールAの健康体を罪人みたいに言うんじゃねえ」
「これからは偶数月の月末でいいですか? それとも毎月?」
「毎月はやりすぎじゃないかしら?」
「そうですよね……。場所の問題もありますし。あなた、いまの拠点は東京でいいんですよね?」
「今日みたいな診察後の時間でよければ、場所はいくらでも使ってちょうだい」
「助かります」
「オイ、聞け」
 患者――ではまだない、一応――を放ったまま、譲介とKEIの間で進行していく会話に、TETSUはイラついた声を上げた。
 いまコーヒー飲んだばっかりだぞ、という抗議を無視して強行された内視鏡にCT検査、問診では所見なし。それから採血までしてその日は終了。血液検査の結果が出たのが三日後の今日だ。
「この三日間、オレにつきまとって満足したのかと思ったが、まだ続ける気かよ。だいたい神代のほうはどうした」
 初日の検査後、TETSUに無理矢理同行したのは譲介だけだ。神代は一也と会うため黒須邸に顔を出していたのだが、それをこの男に言う気にはなれない。なので「先生はN県に戻りましたよ」とだけ返す。
「おめぇもさっさと帰れ」
「来週までは居ますよ。虫垂炎アッペなんかならともかく、甲状腺摘出手術なら助手がいた方がいいでしょう」
…………
 良性腫瘍による、甲状腺摘出手術。この三日のうちに、ドクターTETSUが受けた仕事の話だ。急変するリスクはないので急ぐ手術でもないし、摘出後はホルモン薬の継続的な内服も必要だ。本来ならば多少時間がかかってでも正規の医者で治療すればよい病気だ。それでも闇医者の門扉を叩いたということは――患者の事情はおして知るべし。
 もちろんTETSUとて、最初はそんな依頼主に会ったばかりの怪しい風体――自分の事を棚に上げて、片側だけ前髪を伸ばした譲介の見た目をそう表現している――の男を同席させるつもりなどもちろんなかった。しかし泣きつきこそされなかったが妙に粘られ、結局同行させてしまっていた。
 応接室の壁掛け時計を見上げたKEIが「あらやだ、もうこんな時間だわ」と立ち上がった。夕飯は必ず隣接する母屋にいる息子と取ることにしているらしい。それならお暇するか、と腰を浮かせかけた譲介を「ゆっくりしていっていいわよ」と押しとどめる。
「私が戻る前に帰るなら、母屋のほうに顔を出してちょうだい」
「わかりました」
 応接室を出ていくKEIの背中を見送るTETSUの表情に、譲介は「どうしたんです?」と首を傾げた。
……いや。すっかり母親の顔になっちまったなと思っただけだ」
「ああ、KEI先生ですか」
「おめぇは昔のアイツがやった事も知ってんのか?」
「だいたいは。ほとんどは未来のあなたから聞いた話ですけどね」
「ハン……。それがわからねぇな。オレとお前はどういう関係だ? 最初に言ってた高校生うんぬんも、どういうことだ」
……さあ? 言いましたっけ」
…………ケッ」
 この三日間で繰り返し投げかけた疑問だが、はぐらかすばかりでまともな回答が返って来ることはなかった。なぜTETSUがこれから発症するらしい病気について知っているのかも「ドクターKの関係者で、あなたの治療経過を知る立場にあったから」としか答えない。
 それだけでは、こうまでして早期に発見、治療しようとする理由にはならない。
 妙な野郎だと突き放し、どこかに置いていくのは簡単だ。
 だが、TETSUはそれをしなかった。
 未来から来たなどという話は、TETSUの中ではまだ半信半疑より疑のほうがだいぶ多いが、本当なのだとしたら情報の宝庫だ。それも一年や二年という話ではない。譲介がいつの生まれで、いま何歳なのかは誤魔化されているが、これまでの話を整合させると確実に十年は先の未来を知っている計算になる。
 医学の世界は日進月歩。たった一年や二年、先の情報というだけでも値千金なところを、十年だ。
 ――情報の価値を知る者として、それを引き出したいだけだ。
 TETSUは自身を納得させるように内心でそう繰り返した。



 結局、ドクターTETSUの『定期健診』は三ヶ月に一度ということになった。
 頻度が高すぎる、という患者の抗議は譲介はもちろん神代にもKEIにも黙殺された。
 腹膜播種に進行するまで自覚症状がなかったという事実が、神代たちにとってはKAZUYAの件をどうにも連想させた。そして彼のやまいこそが『未来の情報』の確かさを証明してしまっている。
 譲介としても、彼と定期的に会える機会だ。逃したくはない。そして、どうにかして彼の懐に入りたい――そんな気持ちがあることも否定できなかった。
 そうはいっても三ヶ月後、約束通りの時間に西城医院に現れたドクターTETSUの姿に驚かなかったといえば嘘になる。しかし回数を重ねていくごとに、その驚きもどんどん萎んでいく。検査を口実に会っては、初回と同じように少なくとも一週間はついてまわり、口だけは鬱陶しがられながら助手の真似事をする。
 三度目を数える頃には、TETSUのほうから助手を期待して大きめの手術の依頼を入れる様にまでなっていた。
「おめぇ、携帯電話は持ってねえのか。不便でしょうがねえ」
 お馴染みのハマーに同乗し、依頼主のもとへ向かう途中、ドクターTETSUはそんなことを言い出した。
 KAZUYA経由で手に入れたメールアドレスだが、いまでもやり取りは続いている。というか、譲介からの連絡手段はそれしかない。
「診療所に電話してもらって構いませんよ。先生もあなたに番号を教えていたでしょう」
「ありゃ押し付けられたっつーんだ。あっちにかけて若いのが出ると面倒なんだよ」
 ドクターTETSUの言う『若いの』とは富永のことだろう。いまここにいる中年期のふたりからすれば富永も神代も似たような年齢に思えるが、神代をわざわざそうは呼ばないはずだ。
 たしかに、譲介も一度は携帯電話を買おうとはしていた。だが無理だったのだ。肩をすくめて理由を話す。
「契約できないんですよ、医師免許はあっても身分証は保険証すらないんで。高品先生も雄吾さんも、厚労省のお偉いさんもそこまで気はまわしてくれなかったんです」
 まあ未来からきたとかどうとか言ってないので当然ですけど、と首を振る。
 しかしそれを聞いたTETSUが引っかかったのはもっと別のことだった。
……雄吾さんだァ?」
「はあ。僕が最初に知り合った朝倉先生は息子のほうなんで紛らわしくって……ああ、そういえばあなたもお知り合いでしたね。クエイド時代の写真、見せてもらいましたよ」
「はァ!?」
「メールにも書いたでしょう、僕はしばらくアメリカで学んでたんですよ」
「そりゃあ『J』の話だろうが」
「こんなことで、わざわざ嘘なんてつきません」
 そこで言葉を切った譲介は、片側だけ伸ばした前髪越しに運転席の男の手元を盗み見る。しばし迷うように黙り込んだあと、結局は口を開く。
……ひとつ、あなたに聞いてみたかったことがあるんですけど」
「あん?」
「あなた……クエイド財団に戻ろうって気はなかったんですか?」
――……
 その問いを受け、ハンドルさばきこそ乱れなかったが車内の空気は如実にピリついた。
「それも、『未来のオレ』がてめぇに話したか?」
「いいえ、あなたからは、あそこを去るきっかけになった話だけ。……あなたがかつてクエイドの所属研究員だったのは、僕自身がクエイドにお世話になるようになってから偶然知りました」
「なるほど、つまりオレ・・はてめェにKの話だけをしたってわけだ」
「そうですね」
 譲介のよどみない肯定に、溜息を返した。何を聞いても嫌になるほど自分らしく・・・・・て、腹立たしい。
「別に……大層な話はねえよ。単にあそこが、オレの居場所じゃなかったってだけだ」
……僕が、あちらで聞いた話ではそうは思えませんでしたけど」
 譲介はなるべく感情を抑えるように努めながら、自分が知る情報を話した。クエイド側が研究者として迎え入れたドクターTETSUへの期待。結果的にはほんの数年でしかなかった所属期間の評価。起きてしまった事件の後処理も済まないうちに、忽然と姿を消した男への心配――
 しかし譲介の言うあちら・・・とは、未来のクエイド財団――と言うよりも、正確には会長職にあった朝倉雄吾から聞いた話がほとんどだ。彼には彼なりのバイアスがかかっていたが、もちろん譲介には知る由もない。
 当然、それはドクターTETSU本人もそうだった。
…………
 譲介が語った『聞いた話』に、ハンドルを握る男はノーコメントを貫くことにした。
……とりあえず、事情は分かった。コレを使え」
「は?」
 事情? と首をかしげた譲介の手に、TETSUは折り畳み式の携帯電話を押し付けた。
「発信専用にしてる予備回線だ。最近は宿帳にしか書いてねェし、それが鳴ることは基本的にねえから、気にせず持っとけ」
 唐突に話題が戻ったことに困惑しつつ、手の中のものを開く。二つ折りの携帯電話、いわゆるガラケーだ。
「連絡が必要になったら090の――
「ちょっ、ちょっと待ってください! これ久しぶり・・・・なんですから……!」
 いきなり数字を諳んじようとしたTETSUを慌てて止めて、急いで電話帳を呼び出した。
 譲介がこのタイプを操作するのは高校生以来になるが、基本的な使い方くらいは分かる。TETSUに拾われた当初も、同じように持たされたからだ。
 だが、当時は連絡を取り合うような友人は作らなかった。ろくに使う機会もないままだったから、あの二十七階に残された紙袋の中に名義や住所、引き落とし口座の変更書類を発見した時はそのまま解約しようとすら思ったほどだ。村井にやんわりと止められたことと、電波の悪いT村でも稀に役立つことがあったことから結局、機種変更もせずに維持していた。
 渡米を機にさすがにスマートフォンへ買い替えたが、アメリカ生活では出番が多く、そちらのほうがずっと使い慣れている。もちろん、未来から一緒に持ってきたそれも、相変わらずウンともスンとも反応しないままもう十年近くたつわけだが。
 なんとか運転席にいる男の番号を登録し終えると、そのまま暗記している診療所の番号も登録しておいた。あとは西城医院や、富永が個人で所持している携帯電話の番号なんかも登録しておきたいところだが、それは村に帰ってからでいいだろう。
 そう思いながらなんの気なしにプロフィール情報を呼び出し、自局番号表示に並んだ数字が目に入り――呼吸が止まった。
「あん? どうした」
……いえ。なんでも」
 そうだ、なんでもない。
 ただ、よく知った番号だっただけだ。
……昔の僕はどうしようもないガキで」
 突然の、漏れ出すような個人的な昔話に、TETSUはハンドルを握りながら耳をそばだてた。なるべく興味のなさそうな声色を装いながら「へぇ?」と相槌を打つ。
「あなたみたいな修羅場を潜ってきた人から見れば小物どころじゃないような奴で、そのくせ、他の同年代を見るたび自分が一番不幸だと思い込んでた」
 譲介が携帯を畳んだ音が、車内にやけに響いた。
「先生ならともかく、あんたに矯正して貰ったとは思ってませんけど――でも、僕の知っているあなたに対して、僕はひとつ決めてることがあって。いや、いまとなっては『あった』が、正しいか」
 奇妙にも聞こえる『決めていること』という言い回しに、TETSUは眉をひそめた。無言で先を促す。
「あなたの……いえ、あの人の死水は僕が取るってことです」
…………何だと?」
「まあ、僕が勝手に思ってただけのことなんですけど」
……いまのおめぇがやってることは、それとは正反対のように見えるが。いつもどういう顔して内視鏡覗いてるか自覚あんのか?」
「どうって、普通でしょう」
「次は鏡を用意しといてやる」
「別に……たとえ病気がなくたって、順番でいえばあなたの方がずっと早いんですからいいじゃないですか」
「いまは違えだろ」
「そうですね」
 カマかけを兼ねていたつもりだったが、譲介はあっさりと肯定した。手の中で携帯をもてあそびながら、サイドウィンドウからぼんやりと流れる景色を眺めている。
 ――やはり、この男は積算年齢でいえば己よりも年上らしい。
 譲介がそれきり黙ってしまったのをいいことに、TETSUはすこし頭の中を整理しようと試みた。自分よりも年上。だが、そんなTETSUよりも一回りは年下の神代には敬語を崩さない。いったい、もともと何年いつの生まれで、何歳の時に自分と出会ったのか。
 第二次性徴も迎えていないような年齢ではない。馴染みの施設もあるのだ。短期ならばともかく、そんな幼い子どもを自分が長期的に手元に置くとは想像できない。であれば成人後か、その手前か。
 だが、この男の心の深い所に『自分』が入り込んでいることはよくわかった。では、『自分』の心にはどうだったのか?
 ――それこそ、いまのオレには知る由もねぇこった。
 現在の己の中にも、隣の男が座る場所が出来つつあることには目を逸らして、他人事のように内心でそう呟いた。


 ◇◇


 Kと譲介先生の関係は、はたから見ているとどうにも不思議でしょうがない。
 いやそもそも、単体で見ても不思議な人たちだ。
 オレこと富永研太が、先にこの村で出会ったのは譲介先生の方だ。同僚となってからは和久井先生と呼んでいたら『名前でいいです』と言われてしまったのでこう呼んでいる。だが、岡元刑事の腹部にあんな見事な縫合を見せたというのに、あの時点では無免許医だったという。
 その後、聞いたこともない特例で医師免許を取得した譲介先生だが、ここ十年はずっとこの診療所にいたそうだ。その前の経歴は不明。アメリカ留学経験があるようだが、詳細は語ってくれないので分からない。医師免許が発行されることになったのには現在アメリカで医療財団の会長をしている朝倉勇吾氏――オレの母校である西海大出身の有名人だ――の口添えもあったというから、そちらの関係者なのかとも思ったがそんな様子でもない。むしろ、朝倉氏とはKのほうが面識があるようだった。彼の友人がKの先代・・という繋がりがあるらしい。
 そして、そのKだ。
 帝都大学医学部首席卒業。オレと出会う直前まで、その附属病院に勤めていた。もともとこの村の生まれで、この診療所を代々営んで来たらしい。……無免許で。
 それも驚きだが、T村の掟を思えば無理もないことなのかもしれない。Kが十八歳で医学部へ進学するにあたり、一時なりともここを譲介先生に預けることになったのもそのあたりが関係するんだろう。詳細は聞けていないので、想像だけど。
 そんなKも東京の病院を辞め、いまはこの診療所の所長に納まっている――が、先代のドクターKから引き継いだ患者がいるらしく、オレに留守を任せてはたびたびふたりで出かけている。他にも帝都大やら西海大の付属病院やら、あのドクターKがフリー――と言っていいのか知らないけど――になったという噂を聞きつけた病院から依頼が舞い込むこともある。なんと警視庁から呼ばれることもあった。
 だが譲介先生は、最近はKもおいてひとりで外に出ることもあった。野暮用としか言わないし、Kも詳しくは聞かない。それってつまり、Kは事情を知っているということだ。
 ――たぶん、一度診療所に電話がかかってきた年配の男だと思う。相手の素性は名前すら名乗られなかったから分からないが、村の外から『和久井譲介』宛ての連絡がきたのは郵便物も含めてオレの知りうる限り本当にあれだけだ。
 名前といえば。
 最近、KEI先生以外にKのことを名前で呼ぶ人間が診療所にやってきた。メディアでも報道されている有名人、氷室博士だ。子どもの頃からKを知っているはずの村の人や譲介先生は『K』と呼び、既に村の外にいる人ほど神代一人という名前で呼ぶのだから不思議なものだ。
 彼はなんとこの村の生まれで、Kとは中学までこの過疎の村でふたりっきりの同級生だったそうだ。
 実験中の事故で左目に白内障を患い、Kの手術を受けるために一時帰国してきた。あまりの癒着の酷さに「もっと早く来い!」とKに怒られていたが、研究が佳境だなんだと言い訳する姿はまるで宿題をやっていなくて叱られている小学生のようで、とても世界的に有名な研究者とは思えなかった。
 患者に諭すことはあっても、怒ることはほとんどないKが怒っているのも珍しかったし、それを楽しそうに眺めているだけで口を挟まない譲介先生も珍しかった。
 まあ氷室さんの治療を終えてすぐ、Kと譲介先生はまた村の外に出張していったから、しばらく一緒に過ごすことになった氷室さんがそんなとっつきやすい人柄だと早々に分かったのは、よかったけども。
 それにしても、氷室博士と同級生ということは、Kはオレより一、二歳しか変わらないはずだ。
 たったのそれだけと思うと、驚きよりも焦りを感じなくもない。でも聞けばKは、医学生になるずっと前からこの村で医療行為をしていたというし、そもそものスタートラインが違うのだと言われてしまえば、確かにそうなんだけど。
 それに対して、譲介先生は四十代のように見える。一度思い切って年齢を聞いてみたが、よくわからない誤魔化し方をされてしまったので謎のままだ。
 といっても、オレも気づけば三十歳近い。あまりあれこれと人の年齢を気にするトシでもない。
 気づけばオレがこの村に来て、もう二年になろうとしていた。


 ◇◇


「なんでぇ、今回はそっちも一緒か」
「そっちとはなんです、そっちとは」
「おめぇが噛みついてくんのかよ……
……。少し話がある」
 出会った当初から抜けないTETSUの『若造』扱いに、神代は若干ムッとしつつそう言った。
 これは先代のドクターKであるKAZUYAを知っているから――という以上に、傍目には年上に見える譲介が神代の弟子のようなふるまいを崩さないのが原因だと分かってはいる。だがこの十年、何度言っても譲介の態度も呼び方も直ることがなかったので諦めるしかない。
 すでにお馴染みになった定期健診のあと。休診日の西城医院で男三人は顔を突き合わせていた。医院の主は「急患が来たらよろしく」と圧のある笑顔を残し、所用を済ませに外出している。
「黒須一也のことは知っているな?」
 名前が出た瞬間、ドクターTETSUの顔が顰められた。神代の問いかけの意図を探るように「黒須麻純の息子だろ」と返す。
 その回答は一応、神代の中の合格点を満たしていた。遠慮なく本題に入る。
「先日、一也が誘拐された」
「何!?」
「すぐに本人が自力で脱出した」
……それを先に言え!」
 そう吐き捨てると、浮かしかけた腰をソファに戻した。
「じゃあ終わった話だろ。いまさらそれをオレに言ってどう――いや、違ぇな。事前に止められてねぇ・・・・・・・・・・。それが答えだな」
……さすが。話が早くて助かります」
 未来を知る譲介が居ながらにして、一也の誘拐は止められなかった。理由は単純だ。譲介が知らなかったからだ。
 命の番人ストーロジ・ジーズニなるカルト教団が現れたとき、一也が子どもの頃に奴らと反対の思想――つまり、クローン体を否定するのではなく活用・・を企む組織が現れたことがあるとは聞いていた。のちには倉津医大事件のことも。だがそこに至るまでの細かな経緯までは説明されなかったし、話題が話題なだけに譲介もあえては聞かなかった。譲介が一也と知り合った頃にはとっくに『終わった』話だったのだ。
 それ故に、クローン臓器絡みの事件が舞い込んできて、氷室の情報や例の縫合跡により一郎の関与が疑われた時の動揺は大きかった。
 そう、譲介は知らなかったのだ。一郎は確かに一時組織に所属していたが、その縫合跡は一郎ではなく村井の手によるものだということすら。
「あなたが関わっていないことは知っています。関わっているわけがないということも」
「ハッ……随分なご信用だな」
「どうでしょう?」
 さんざんドクターTETSUから、Kの一族について聞かされた譲介だからこそ分かる。目の前の男は西城KAZUYAのパーフェクト・クローンである黒須一也を嫌ってはいない。だが――いや、だからこそ、クローン技術には絶対に手を染めない。
 何度も聞かされた話の中のひとつ、一也についての話の中に今回の件についてほとんど登場しなかったのもそれを裏付けている。
 相馬有朋の死と共に暴かれたクローン組織の実態とその終焉は大きく報道もされた事件だ。それを見て後から情報を集めた程度の関わりだったのだろう。
 神代はこの数ヶ月で遭遇した事件についてと、分かっている情報を手短に説明した。
「なるほどクローン臓器か。確かに一部では売れそうな話ではあるがな」
「警察の捜査はもう手詰まりだ。あんたのツテで情報を探れないか」
「蛇の道は蛇とは言うがな、裏社会も一枚岩じゃねえ。譲介は知ってんだろうが、オレの専門はヤクザ者と政治家に、そのあたりとツルんで金儲けしてる経営者。どいつもこいつも何かしらの表の顔がある連中だからな、クローン組織なんてのは一線どころじゃなく超えすぎだ」
「先日の事件はIT企業の社長だったが……
「ハン、ありゃいわゆる新興ITベンチャーだろ。世の中の力点ってもんを知らねぇポッと出だから有象無象につけ込まれる」
 肩をすくめたTETSUは「で、おめぇのその大荷物はなんだ」と譲介の横を指差した。
 これまでも定期健診に合わせて数日から半月程度、村の外でTETSUと行動を共にしていた譲介ではあるが、今回はこれまで以上に荷物が多い。旅行には多く、夜逃げにはやや少ないくらいの量が持ち込まれていた。
「気合入れてオレに張り付いたとこで、何か分かるとは限らねぇぞ」
「いやこれは……まあ、この件と関係あるといえばあるか」
……一也の肉体こそが組織の目的である以上、いずれはまた狙われるだろう。それで一也を俺の手元で預かることにしたんだが――
 神代はそこで言葉を切ると、不満をありありと乗せた視線で譲介を見やった。譲介はいなすように肩をすくめる。この数日、村でさんざんやったやりとりだ。
「村を出ることにしたんですよ。一也が先生の元に来る以上、僕はいない方がいいんで」
 もともとそう決めてたんです、と続けた譲介は、隣に置いたカバンをポンと叩いた。久しぶりに持ち出したそれは、この時代にやってきたときに一緒に持ってきたものだ。いくつかの情報を書きつけたノートだけは神代に託してきたが、それ以外の物は万が一にも一也の目に触れないようすべて持ち出してある。もちろん、ある意味では未来の出来事が書かれたノートこそが最も危険な物ではあるが、神代であれば慎重に取り扱うだろうと信頼できる。
「おい、まさかオレのヤサに転がり込もうってんじゃねぇだろうな?」
「転がり込んでいいんですか?」
「調子に乗りやがって……
「冗談ですよ。そこまで迷惑かける気はありません。西城病院――ああ、ここKEI先生じゃなくて、その口利きでご実家のほうで職を得ようかと」
 KEIの実家、つまり西城総合病院だ。TETSUもその父親とは面識がある。西城頼介、表の医学界の重鎮だ。といっても既に一線は退いていて、いまは長男が院長に収まっている。
 総合病院での仕事は、独立開業の診療所とは全く違う。現在、ある意味では後者のような位置づけで仕事をしているTETSUは、これまでの経験からそれを痛いほどよく知っていた。
…………。おめぇは、ああいう所よりはせめてココがいいだろ。ダンナは留学から単身赴任になったって話だし、KEIもコキ使えるヤツが欲しかろうよ」
「ウム」
 そうだそうだと言わんばかりに、腕を組んだ神代が頷いている。珍しく、神代とTETSUが意見の一致を見せていて、こんな時なのにおかしささえある。
 そうはいっても、まさかドクターTETSUの元に置いてくれなどとは頼めない。だが、診療所に残って小学生の一也と一緒に暮らし、神代や富永と共に保護者をやるなんてのはもっとありえない。
 この時代に、譲介の知り合いはそう多くはない。T村の外で、譲介の抱える事情を知っているか詮索しないでいてくれる人間となればそれこそドクターTETSUか西城家の人間たちくらいのものだ。前者がかつての自分を引き取ったのは、様々なタイミングの巡り合わせに過ぎなかったと分かっている。短期的にはともかく、いまの譲介と共に居を構える選択肢がこの男にあるとは到底思えなかった。
「それはKEI先生次第ですけど――
 譲介が、現在外出中の部屋の主の名前を出したと同時に、突然、部屋の中で音楽が流れ出した。
……? 何の音だ?」
「なんだ?」
――…………これって……?」
 三人の視線が音の出元――譲介のカバンに集まる。
 うち二人にとっての一般的な携帯電話が鳴らす音とは異なるそれに、神代とTETSUは首を捻っている。唯一、これに聞き覚えのある譲介は混乱しながらカバンを引き寄せた。どうしてこれが? まさか――
 だがカバンの中身を漁る譲介の指先は、目的のものとは違うものを探り当てた。入れた記憶のない感触に戸惑う。だが、知っている感触だ。なんだっけこれ、とひっぱりだして――驚愕した。
――!?」
「どうしたァ?」
「ふむ。お守りか?」
……なんで……なんで、ここに…………?」
 安全第一の文字に、カエルの刺繍。
 ここにあるはずのない、餞別のお守りだ。
「いやにかわいらしいもん持ってんじゃねェか」
 揶揄う様な口調だったが、驚きすぎた譲介はろくな反応を返せない。そんなただらなぬ様子に、神代とTETSUは顔を見合わせた。
「それがどうかしたのか、譲介」
「ここに……あるはずないんです、これが。これはいつも車のダッシュボードに、いや、そもそもここ・・に来た最初の日にあんなに、持ってきたものを確認したはずで――!」
 半ば叫ぶようにそう言いながら、いまだ鳴り続けている音源を探すために再びカバンの中を探る。震える手で取り出したのは、この時代に来た日から何の反応も示さず、画面も割れたままのスマートフォンだ。充電もしていないから電源がつくはずもない、それでも捨てずに持っていたもの。
 音の出元は、やはりそのスマホだった。
 デフォルトから変更していない着信音は譲介には耳慣れたものだが、こうして聞くと携帯電話のいわゆる着メロとは別物だ。初めてそれを目にしたTETSUにも、譲介が現れた日以来となる神代にも、異質なものだと一目で分かった。
 電源がつくはずもないのに、譲介の手の中でぼんやりと光るディスプレイには、白い文字で登録された発信者名を表示されていた。
……宮坂?」
 表示を読み上げた神代の声に背中を押されるように、譲介はひび割れたパネルを操作して電話に出た。
「もし、もし……
『!? わっ、和久井くん!? 本当に!?』
『譲介!!』
「うわっ」
 宮坂の動転した声に被さった一也の大声に、思わず耳から遠ざける。
『お前どこにいるんだ!! 無事なのか、怪我は――
『ちょっ、黒須くん落ち着いて! っていうか届かん! スピーカーにして!』
 スマホの向こうでは聞きなれた、だがずいぶんと懐かしい気がする声がなにやらうるさくしている。譲介は呆然と、目の前のふたりを見た。何が起きているのかまだ飲み込めていないTETSUに対して、神代は驚いた顔で譲介の手にするものを見ている。使えないと言っていたはずの未来の携帯電話。そしていま漏れ聞こえてきた名前。まさか。
 咄嗟に譲介の腕を掴もうと伸ばした神代の右手が空中を掴んだ。
「!?」
「あァ!?」
…………?」
 譲介自身も驚いて、スマホを持っていないほうの腕を見る。手のひらの向こうに床が見えた。
 ――透けている。
 ありえない事象に、直感的に何が起こっているのかを察した。戻る・・のだ。いま。
「先生ッ、すみません、この人のことお願いします――!」
「譲介!?」
 どんな状態の患者や難病を前にしても落ち着いている神代の焦り顔に胸が痛むが、もうひとりの男に向き直る。
「ドクターTETSU――僕、僕は、ああは言ったけど、でも、あなたに生きてほしくて、それでっ……!!」
 双方から伸ばされた手が、空を切った。
「なっ――!?」
「消え…………?」
 残されたのは、呆然とするドクターTETSUと神代のふたりだけだった。



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