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兄たち 後日譚3(井宿・義翔)

全体公開 10 4242文字
2016-12-24 01:16:32

兄たち 後日譚2(http://privatter.net/p/2048467)の続きです。
元のお話はこちらです。→都ちゃん(@miyako20121)の作品「兄たち」(http://blog.livedoor.jp/miyako20121/archives/20490817.html)

Posted by @satomi8429

「いい飲みっぷりですね」
「義翔さんもどうぞなのだ」
「はい、いただきます」
 くいと傾けると、久しぶりに飲んだ酒の辛さが喉を焼いた。中和すべく手近にあった豆をつまんで口に入れてみると、今度は甘くて噴きそうになる。それは豆ではなく白い砂糖菓子だった。
……これ、豆かと思いましたが違いますね」
「豆じゃないのだ?」
 口に含んだ後、 一瞬動きが止まった井宿に義翔は尋ねた。
「どうしました?」
「娘娘……自分の食べたいものを置いていったのだ」
 なんでも昔、太一君にしごかれて疲労困憊で太極山に帰った際に、娘娘が「ごほうびね!」とくれたものと同じ味がしたのだという。改めてもう一度つまんでみると、なめらかな甘さが舌の上でさらりと溶けて、義翔も思わず微笑んだ。
 酒のつまみに砂糖菓子。あの幼子たちの姿を思い浮かべる。
「らしいですね」
「らしいのだ」
……井宿さんと妹さんは、いくつ離れているんですか」
 酒と砂糖菓子のおかげで少しほぐれた空気に感謝しながら、義翔はなるべく自然に、しかし注意深く問いかけた。
「うちは十一離れていますから、いや、離れている分可愛いんですけど、年の近い兄弟にもあこがれがありまして」
 前回の面子では、自分も含めすでに亡くなってしまった弟妹の話ばかりだった。もし井宿もそうなら、うっかり現在のことを聞いて傷に触るのはご法度だ。
……妹とは、ちょうど四年違いなのだ」
「四年ですか。じゃあ子供の頃は一緒に遊んだりできたんでしょうね。うらやましいな」
「そんなことないのだ。確かに小さい頃は可愛かったのだが……三歳を過ぎたあたりから十四の頃までずっと生意気ざかりで」
「さかりが長いですね」
「だ」
 十四歳までの話題は解禁だ。探りあいをするつもりはないが、上限がわかっていると話しやすい、と義翔は内心で頷いた。
「生意気でもなんでも、やっぱり小さい頃は可愛いですよね。どこへでもついて回ってきたり、自分の行くところ行くところ行きたがったり」
「そうなのだ。同年代の子供と遊ぶのにもついてきて、仲間に入れてもすぐ泣くから連れて行きたくなかったのだが」
「わかります、わかります」
「最初はオイラの後ろにかくれて、何か言われたらすぐ泣いて……という感じだったのだが、そのうちオイラと同じ年の子供とも渡り合えるようになってきて、相手を言い負かしたり生意気言ったりしてたのだ」
「4つ上のお兄さんの友達とも渡り合うなんて、かっこいい妹さんですね」
「そもそも気性が男っぽい子供だったのだ」
 ためいきをつくように呟いた井宿だったが、その頬がやや上がったのを義翔は見逃さなかった。ここぞと井宿の盃に酒を注ぐ。自分もだいぶ飲んだのか、浮遊感とともにわけもなく楽しい気持ちが胸の奥から湧いてきている。こんなことは久しぶりだった。もっと聞いてほしかったし、もっと聞いてみたかった。互いのきょうだいのことを、そしてきょうだいを見守る自分たちのことを。

「風邪を引くときもだいたい同時で……というか移し合ったりするんですよね、家のなかで」
 きょうだいにありがちなこと、という連想の中で、義翔はそう話を振った。
「妹が治ると今度は自分が引いて、というのはよくあったのだ」
「自分が治ったら次に弟が引いて、寝ていろと言ってるのにちょいちょいくっついてくるから結局弟の方が長引く、というのもありましたね」
「ちょいちょいついてくる?」
「私が別室で何かしていると、なんだかんだ理由をつけてちょこちょこたずねてくるんですよ。寝てろって言っても聞かないのでしまいには布団ごと私の部屋に持ってきたりしてましたが……結局その頻回な寝たり起きたりのせいで悪化して」
 困ったものだ、という口調を作りながらも、頬はついついゆるんでしまう。しかし、見れば井宿の頬もこころなしか緩んでいる気がした。兄馬鹿の気のせいだろうか。
「張宿、小さいときからそんな可愛いさだったのだ」
「ええ、なので大きくなってもなんだか子供扱いしてしまって……よくもう子供じゃないんですから、といわれていましたね」
 井宿の口から微笑が漏れる。
「そんなこと言われても仕方ないのだ。だって張宿はオイラたちの中でも可愛い弟だったのだから」
 心からの調子で井宿が言い、義翔はなんだかじんとしてしまった。
……かわいがって、いただいたんですね」
「素直で気持ちが優しくて、いつも一所懸命な弟さんだったのだ」
「ありがとうございます」
 義翔は井宿に向き直り、しんみりとした気持ちで頭を下げた。

 そこから先は思い出話合戦だった。義翔は、弟の幼いころの寝る時の癖や、初めてお使いをした時の武勇伝や、初めてもらった贈り物のことを話し、井宿もそれに引っ張られる形ではあったが、妹の好きな食べ物のことや、初めて親戚の家にきょうだいだけで泊まった時のことや、風邪を引いた時看病してくれたことなんかを訥々と話した。
「看病!すごいですね。いくつの頃だったんですか」
 酔いも手伝って前のめりになると、井宿は照れくさそうに視線をそらして、オイラが十かそこらの頃、とぼそりと言った。
「その時は数日寝込んでいたのだが、たまたま両親が留守の時に目を覚ますと妹が枕元にいたのだ」
 目を開けるなり『兄様、大丈夫?暑い?寒い?何か飲む?』と矢継ぎ早に聞かれて驚いた、と井宿は言った。その真剣な眼差しは今でも覚えているという。何日も寝込む、というのは初めてだったし、両親も留守で不安だったのだろう。その後も両親が帰ってくるまで、小さな母親のようになにくれと世話を焼いてれた、と。
「そうですか。勝気で生意気とおっしゃっていましたが、本当は優しい妹さんなんですねぇ」
 義翔がしみじみと言うと、井宿は不意に目を見開いた。

 目と鼻の奥が引っ張られるような違和感に、井宿は盃を卓に置きかけた姿勢のまま静止した。
 目の前にある酒器も、隣にいる義翔もやけに遠くに感じられる。そして、あろうことか、目の奥に妹の姿が現れたのだ。目の奥に結ばれた像は目の前に見えているようにはっきりとしている。香蘭と内緒話をしては笑い転げていた十四の頃の、恋文を見つけてはこっそりちょっかいを出してきた十二の頃の、切羽詰まった眼差しで看病してくれた十の頃の、自分たちの遊びに入ってきてはいじめっ子に嚙みついていた七つの頃の、自分のあとを追いかけては転んで泣いていた三つの頃の……、そして、初めて触った小さな小さな手のひらの、産まれたばかりの赤ん坊の姿。

 「井宿さん、大丈夫ですか」
 横から声をかけられ、井宿は自分の頬に涙が伝っていることに気が付いた。鼻の奥が温かい何かで膨らみ、それに押されて目の奥から溢れ落ちる水。
 柔らかい、温かい、小さくて確かな重みの。ひょろりと細い、力強い、器用な手足の。勝気で大きくまっすぐな瞳の。
 自分には妹がいた。確かにいた。
 あの時、あの兄たちがかわるがわる語っていたように、揺るがず存在する気持ちが自分にもあったのだった。
……思い出したのだ」
 井宿は義翔に向かって笑んだ。
 思い出したからこその温かさと、背中合わせにある絶望感を。
 生きていく限りそれを置いては行けないことを。

 と、突然目の前に霧が現れはじめた。先ほどまで明瞭だった視界が徐々に霞みだす。
「おや、なんでしょうね、この霧は」
「娘々のいたずらなのだ?」
 我に返って見回すが、娘々の出てくる気配はない。霧は止まる様子はなく、すぐ隣の義翔の輪郭も溶け始めていた。
「ここでお別れ、ということなんでしょうかね」
 少し寂し気に義翔が笑んだ。忘れてしまうのを惜しんでいるように思われた。
「そうかもしれないのだ」
 一度も顔を出さぬまま、何がしたいのだ。
 心の中で抗議するも、現状はなにも変わらない。
「さようなら井宿さん。お話できてよかったです。……井宿さんの妹さんのこと、私が憶えていますから」
……?」
 義翔の言葉は意外で、井宿は戸惑った。
「この空間を出たら忘れてしまうんでしょうけれど、でもちゃんと『ここ』で」
 そう言って義翔は自分の胸に手を当てた。
「『ここ』で憶えていますから」
 きっとまたお会いしましょう、と言い残し、義翔は霧の中に消えていった。
 
 気づけば井宿自身の周りの霧も相当な量になっていて、自分の足さえも見えなくなりかけている。完全に霧に飲み込まれた時、自分の心身は現実世界に戻っているのだろう。いくらなんでも意味不明すぎる。
「娘々!どういうことなのだ?いきなりすぎるのだ!」
 空に向かって叫ぶと、ふ、と霧の流れが止まった。そして足元から段々引いていく霞。

「義翔と井宿は今同じ世界に生きているから、前回のように条件たくさん揃わなくても可能だったね!」
ぽん、と音を立てて現れた娘々は、前置きも何もなく唐突に言った。
「娘々……
 がっくりと首を垂れる。そうならそうと早く出てきて言ってくれればいいのに。……というよりも。
「一体なんだったのだ、オイラはともかく義翔さんまで呼び出して」
「井宿こないだちゃんと参加してなかったね。義翔は井宿のこと気にしてた。だから来られたね」
……
「今日はできたね!えらいえらい!」
 娘々が頭を叩くように乱暴に撫でる。構わずに井宿は顔を上げた。
……今日の記憶も、消えるのだ?」
「ここはそういう空間ね。井宿も義翔も今日のことは忘れてしまうね」
 胸に手を当て、『ここ』で憶えているから、と言った義翔。
 自分にもそのように残るだろうか。分かち合ったこの時間が。
 帰っても、また会えるのだろうか。もしも会うことがあれば、その時は――

「そうなのだ、ここで、憶えているのだ」
 片手を胸に当て、もう片方でその手を包む。体温の低い自分の手が、なんだかいつもより温かい。今日会えた人のぶんだけ、その人たちの温度がそこに宿ったような気がした。

 止まった霧が再び立ち込め、井宿の姿は白い空間に溶けて消えた。


(終)

兄たち 後日譚(井宿・義翔)
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