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選択

全体公開 1 5 4219文字
2016-08-09 19:27:56

短いですがさんてんりーださんのhttp://privatter.net/p/1723815へのアンサーとして。
ムゲンWARSより。泣き放題な囚獄の勇者。災の魔王様と断罪の勇者様も少しだけ。
また思うところあれば非公開に取り下げるかも。

***


 緑色のまなざしが真剣な色合いで世界の理を語る。

 語るひとの名前はウィリデルクス。天使としてでも、魔王としてでもなく、おそらくはただの1人の対等な友人として、信頼の証に、囚獄の勇者、カイに対して真の名を名乗った。そして、真意を読ませることの少ない彼にしては恐ろしく多くのことを真実として語った。

 いわく、彼はかつて天使だったが、今は魔王であること。そしてこの世界は2人の神々による陣取りゲームの盤面で、勇者と魔王はその駒であるということ。彼はそのゲームを、神々を殺すことなく、さりとて勇者魔王どちら側の勝利でも敗北でもない状態で、終わらせることを目指すことにしたのだ、ということ。

 まぎれもなく、掌から零れ落ちる砂を追って、この天使は在り方を変えて人の世に下りてきた。

 カイは、これまで天使の言葉の多くを読み損ねてきている。だが、友人の誠意を計り間違えるわけにはいかない。彼の言うことをそのままに、信じる。

 しばらくカイは、沈黙していた。

 あんまりだと思った。

 彼の言った世界の成り立ちは、つまりこの世のすべての事物が抗えないものに役割と意味を付され、その運命に囚われて、動かされてきたということを、確定するものだった。それを望んだのは他ならぬ神々でしかもそれをゲームとして扱っていた、ということだった。

 自分の力では足りないと、突き放すことを選んだ多くの助けを求める手を想う。
 見棄てたのはお前だと詰りながら、ほんとうはどこにもぶつけられない苦しみなのだと解っている、悲痛な罵声を想う。
 地を焼くような日差しの下に揺らめく、赤い水と永遠の嘆きに侵された今は亡き集落を想う。
 なにひとつ報われることのない人生の中で死を光に見立てた魔術師の微笑みを想う。
 重責の下で泣きながら、救えぬ罪人に剣を突き立てる友人の涙を想う。
 全ての真実を知りながら、大切なものを失わないために、もがき続けてきただろう目の前の友の心を想う。

 彼らの痛みは、悲しみは、絶望は、他ならぬ女神に戯れに付けられた変更不可能な役目だとでもいうのだろうか。それらに自分が届かないということも、すべてゲームのための要素だというのだろうか。

 「平和」な世を目指せと、言ったのは女神ではなかったか。足りない力を嘆くカイに、優しい声音で語り掛け証を授けたのは、彼女ではなかったか。

 自分は、女神の言葉をも、読み間違えたのか。どうしてなにも、知らずに生きてきたのか。

……しんどい」

 瞬きをすると、涙がこぼれてきた。
 この心の痛みすら、神々の遊びのために方向づけられたものだとしたら。自分を見ていた緑色の目がにじんで見える。自分に示された彼の友情すら、大きな運命の歯車の軋みのひとつに過ぎないとすれば。

 あまりに、哀しいじゃないか。

 世界という牢に囚われたあらゆるものどもが。
 ゲームと称して自分の作ったものたちと寂しいふれあいに興じる神々が。
 なにひとつ確かでないのにそれをどうすることもできない自分自身が。

 ぼろりともうひとすじ、涙と共に感情が流れ落ちていく。ただ、悲しかった。むなしかった。いかんともしがたく荒れる気持ちの波が来ようとしている。

 同時に、自分を今日まで生かし続けてきた、自分の慎重な一部が語り掛ける。友人のもたらした言葉も、カイの心も、大きなくくりでいえば情報なのだ。膨大な量の、魂に刻まれるべき情報なのだ。感情に流されるままに多くのことを考え、いまここで処理しようとすれば、本体に戻るときに必ず何かを取りこぼすぞ、と。ここで感傷に浸って友人に頼り気持ちの整理をすることは、友人の誠意を取りこぼす選択になるだろう、と。

 慌てて立ち上がる。寝台に行くのももどかしい。いや、それより友人に何も言わないわけには。

「あ、アカン。おれ、忘れるのは、嫌や。はよ、戻らんと」

 一刻も早く、何一つ失わず、絶望を持ち帰らなければならない。冷静さを装ったわずかな判断と焦燥にはじかれ、その場でひと言だけを残し、分身の意識を手放す。


***


 意識が立ち返り、体に分身からの情報と刺激が行きわたる。おおよそ落ち着いたのを確かめてから、目を開いた。

 自分自身では確かめようがない。ここにある自分が、きちんと友人の言葉を受け取れたのかどうか。自分が最初に感じた動揺と哀しみは欠けることなく、そのままここにあるのかどうか。

 しかし、なにも気にすることなく、ようやく、気持ちを整理することができるのは確かだった。

 カイは泣いた。声をあげて、うめき、涙をこぼし、地を這って泣いた。いま心を揺らす感情がもたらした、衝動のままに泣いた。なにが悲しいのかも、もはやよくわからない。

 死んでしまいたいような心地になったのは、二度目のことだ。

 最初のとき、つまり牢の中で「嘆きの谷」の真実を知ったとき、運命とはそういうものなのだと、知ったはずだった。覆せない、手出しできない、理不尽に見舞われる悲しみや苦しみ。そんなことがあっていいわけがないと、決められたことなどあっていいはずはないと、新しい可能性を見出すためにあらゆることをするのだと、その時に決めたはずだった。どんな代償でも支払うのだと。

 しかし自分たちがそもそも、そういう存在として創られたのだとしたら。これに自分が、なんの手出しができるというのか。

 だが、どれだけつらくとも、諦めることもできない。心は理屈ではない。死ぬことは選べない。

 どうして自分は、なにをするにも足りないのだろう。

 カイの絶望は、いつのときも、この一言に尽きた。

 どこにも届かない。何をしても無駄だ。真実をしり、人を縛る「運命」、その最も根幹にある女神に働きかけようとしたところで、魔界に囚われているかぎりどうしようもない。女神は魔界を見ることはない。文字通り、自分から最も遠いところにいるのだ。牢獄の中の、足らざる者の声は、なんの意味も価値もない。

 このゲームを知る神は、あと1人。魔王たちの父。女神には届かなくとも、彼には届くだろうか。人が定められた役割を果たすだけの神の駒ならば、この行動も、やはりただの役割でなんの意味もあるわけはないけれど。

「魔王たちの神様、おねがいします、もう誰かが、傷つくようなことは、やめてんか。もう誰にも酷いこと、せんといてや。こんなに哀しい遊びで、誰かのことを縛らんといて。もう勇者も、魔王も、だれもかれも、許したって。なんだってするから、どんなことだって耐えてみせるから」

 どうか助けて、と今まで自身に向けられてきた言葉を、届くはずのない邪神にささげる。これは一種の、祈りだった。女神にするのと同じ作法でこうべを垂れる。必死の、懇願だった。泥をみるような気分で、鉄格子から見える星に祈った。

 むなしい行為だった。自分でも分かっていた。

「ウィル、ごめん」

 おれでは、なんの為にも、だれの助けにも、足りひんわ。

 示された友情に報いるには到底足りない。それが良く分かっていた。不完全で、大きなものに振り回されるのは、脆弱な自分だけではないと知ってしまえば尚更だった。それでも何一つ諦められない見苦しさを思えば、詫びの言葉しか出てこない。

 カイは気づかない。彼が邪神に祈りをささげ、真実と失意を知ってなお、折れることのできない心を抱えたまま本体を眠らせたあと、鉄格子の前を、白い羽をゆらし、ゆっくりと立ち去る足音のあることを。

 泥を見つめるしかない心持ちの人間が、周囲に目を向ける余裕があったためしはない。

 邪神に祈りが届くかはわからない。
 ただ、女神の使者、運命に縛られ負うた重荷に背をかがめる天使は、囚人の祈りを聞いていた。


***

 分身の意識がふわりと浮上する。体は寝台の上のようで、そういえばさっき慌てるあまり、適当に体を放置して本体に戻ったことを思い出す。髪の上を、誰かの手が撫でていく。まるで故郷の母の手のように優しくて、余計に目覚めたくなくさせる。

 ぼんやりと瞼を開けば、友人が心配そうにのぞき込む。窓から赤い光が差し込み、空気はやや冷えていた。カイが本体にいたのが、どれほどの時間であったかはわからない。しかし、彼はカイが気持ちに整理をつけるまで、近くで待っていてくれた。

「ウィル、おれ、どないしたらええんやろ」

 前振りもなしに、ぼやいた。

「僕がこれからやろうとしていること……この『希望』は、君がいつもやっている生き方と、同じ方向を見ていると思うんだ」

 友人はこちらの気持ちを慮ってか、噛んで含めるように、それでいてむしろ、自身がゆっくりと噛んで飲み込むように、繊細なやり方で「希望」という言葉をつかった。

「カイ、君は、人間かい?」

 かつてそうであったように、話の流れからすれば唐突に渡された質問に、答えあぐねる。もはや自分がそうであろうとした理由は、あまりに意味を失っていた。

……そうだな、カイ、君は、どうありたい?」

 穏やかなまなざしがカイを見る。空気の澄んだ場所の夕暮れ、赤い日の光の中で瞬く緑色の閃光。思えばこの友人は、いつも自分を見守り、幸運をもたらしてきた。

 体を起こし、伸びをひとつ。

 どうありたいか。それだけでいうのなら、何を知ったところで、変わることはなかった。あらゆることに、可能性があるように。すべての絶望の中に、なにかの希望があるように。誰もが自分自身の選択を行えるように。

 カイは希望を贖ってみせると、選択をしたのだ。
 友人は、それを思い出させてくれた。

「せやな、そんなら、おれは、人間や。そんで、囚獄の勇者、カイ。おれがやることも、できることも、変わらんけどな。皆がみんな悪い夢から覚めて、自分で牢獄から出ることを選べたら、それがいっとう嬉しいことだと思うわ」

 努めて、いつもどおりの笑顔で答える。

「おおきに、ありがと。やっぱウィルは、優しいねんな」
……泣きながら笑うのはよしなよ」

 困惑したように、友人が言った。気づけばまた、涙が出てきていた。自分の顔というのは、自分で見えないものである。








END


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@chuchuhakokaina
https://twitter.com/w_maou/status/763127429602750464
さんてんりーださんからの頂きもの。ありがとうございます!
2016-08-10 08:55:03
@chuchuhakokaina
http://privatter.net/p/1732030
公式アカウント様の小説。邪神様に祈りが届いたようです。
2016-08-10 20:47:45
@chuchuhakokaina
https://twitter.com/w_maou/status/764757064346284032
さんてんりーださんからの頂きもの。ありがとうございます!
2016-08-17 02:13:50
@chuchuhakokaina
http://privatter.net/p/1746420
公式アカウント様の小説。祈りの先にあるかもしれない未来。
2016-08-17 02:15:12
@chuchuhakokaina
http://privatter.net/p/1740176 http://privatter.net/p/1728919 このお話に関連して。
2016-08-17 02:21:51

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