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鴻上了見は嫌われたい①

全体公開 了遊 12 3853文字
2026-01-06 11:15:49

前回までのあらすじ:自分に対し藤木遊作が好意的な事に懊悩し嫌われようと決めた鴻上了見

Posted by @d9_bond

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 さて、藤木遊作に嫌われるという方針は決まったものの具体的な内容については白紙のままである。
 了見は自室のイスに深く背を預け、瞑目して考える。
(そもそも何故、奴は私にああも好意的なのだ?)
 いくら思い返しても、おおよそ彼に対してロクなことをした記憶がない。共闘したこともあるがあれは利害の一致があったためであり、相棒であるAiの処遇については帰還した際に話し合ったものの根本的な意見は違えたままである。とはいえ藤木遊作とAiは再会して以降互いに対し非常に率直に大切にしていることは誰が見ても明らかなので当面問題はないだろうと踏んではいる。

 それにしても──と、了見の思考は常から騒がしい彼の相棒へ移る。父の作った最高知能のAIならばこそ、藤木遊作の愚行をとめるべきではないのか? しかし現状Aiは、遊作を止めることはない。別にこちらに対して意識が変わったなどという事もなく、顔を合わせれば了見にダルがらみをするかしょうもない悪態をつくしかしてこない。何を考えているのか分からないが、結論としてはやはりAIなど信用ならない。
 遊作のそばにいる人間と言えば草薙兄弟もそうだが、彼らから見ても遊作の好意は良く見えているはずなのでAIに限らず藤木遊作の周囲が頼りにならない。穂村尊がいればまだましだっただろうが、気軽に来るには距離がある。夏休みに遊作と再会の約束している情報は掴んでいるがそこまで待つのはいささか遠い。
(いずれにしても彼らの私に対する感情を考えるに、やはり藤木遊作の感覚はおかしい)
 了見はデスクのパソコンモニターをちらりと見やった。
 三つ並んだモニタの右側のひとつは藤木遊作の動向を優先して追うように設定している。無論プライベートを侵害することのないよう、公共エリアや店舗の防犯カメラ映像を借りており、安全を見守るための物なので問題ない。問題ないが外聞が良くないだろうという分別は辛うじてあるため、誰にも知られないようあれこれ手は回している。
 画面では藤木遊作は学校で授業を受けている。眠そうなのは授業内容というより昨日の夜更かしの影響だろう。リンクヴレインズでAiとデュエルに興じていたのだ。学生としては感心しないが平和を享受しているという点では悪くはない。あくびを噛み殺し、時折目を擦る仕草は少し幼く見える。
 しばらくぼんやりとその様を眺めてから、思考が逸れていたことに気が付いて了見は頭を振った。
(とにかく、今後のことを考えるならばもう少し細かい点を煮詰めておかないと失敗するに違いない)
 目的を果たすためなら情報収集は万全に、行動は的確かつ迅速に行うべきである。
(奴は、話は聞くが納得できなければ絶対に飲み込むことはない。ストレートに言うのは却下だな)
 なんなら説得と称してこちらが折れるまで手を伸ばしてくるまである。そういう時の真摯なまなざしは真っ直ぐで強すぎる。厄介だ。
(やはりこちらから思惑に乗るよう仕向ける他ない、か)
 そうは言っても、肉体的にも精神的にもストレートに彼を傷つけるのも却下である。了見は常から藤木遊作を無為に傷つける様な存在は決して許さないと決めている。加えて遊作は、急にこちらが態度を変えた場合に自分に何か原因があるのではと正面から追及してくるタイプだ。そういうことはなぜかよくわかる。
 そういうことは簡単に想像できるのに、なぜ好意的なのかが本当によく分からない。
(いや……分からないから、か?)
 藤木遊作という存在の情報を了見はよく知っている。パーソナルデータも通学路も学科の成績も経歴もスーパーで買っている水も全て把握している。だが、感情や考え方、嗜好や行動は把握しているとは言い難い。
 向こうはなおのことではないだろうか。
 藤木遊作は鴻上了見をよく知らないために、「過去に声をかけてくれた」という事実と探しつづけた10年という時の重みで大きな鱗でも張り付いている可能性がある。
(つまり、付け入るならここだな。奴へ私が好意に値しない人間と理解させれば良い)
 方針が決まればあとは行動するのみだ。
 了見は遊作と会う時間を捻出するため、ひとまず目の前の仕事に集中する事にした。


 目的があるとやはり行動は最適化されるものである。不測の事態に対応できるよう明日の分まであらかた仕事を片付けたところで、藤木遊作が下校する時刻になったので了見も船を降りた。私用と告げたが皆喜んで送り出してくれた。ありがたいことだ。
 今日も遊作はバイトの日のはずだ。記憶を頼りに真っ直ぐカフェナギに向かうと、店の前のテーブル席ではバイト前の腹ごしらえなのか、遊作がホットドッグにかじりついてる。夕方には早いせいか店に客の姿はないのは話すにうってつけだ。
 歩きながらも印象を悪くする方法を考えていた了見は、そこでようやくひとつ思いついて笑みを浮かべた。
(少しばかり説教でもしてやろう)
 保護者でも友人でもない相手から煩いことを言われるのはさぞ辟易することだろう。
 

 ホットドッグセットを今日は一人分だけ注文すると、了見は遊作に声をかけた。
「少し話したいことがある」
「珍しいな」
「お前に言っておきたいことがあってな」
 遊作は意外そうな顔をして、傍らに置かれたデュエルディスクに座っていたAiがいくらか目つきを険しくした。
「どーせろくな話じゃないぜ、遊作」
「おまえは黙ってろ。……それで、何の話だ?」
 いくらか居住まいを正した遊作とその相棒へ厳しめの目線を向けてやる。
「最近生活が乱れているようだからな。忠告に来た」
……本当に何の話だ?」
 困惑した様子の遊作の傍らでAiがうへえと声をあげるが構わず話を続ける。
「最近夜更かししてデュエルにかまけているようだな。学生はずいぶんと暇なようだ」
「何でそんなこと知ってんだよ」
 Aiの言葉を鼻で笑ってあしらう。
「ハノイはネットの全てを監視していると言ったはずだが」
「ネットストーカーが堂々宣言! 草薙通報しよー!」
 騒ぐAiの横で遊作が黙って不本意そうな顔を見せる。これは効果がありそうだと了見はさらに追い打ちをかけることにした。
「そろそろ試験の時期ではないのか? 睡眠がおろそかではおおよそ授業をきちんと受けているとは思えない」
「まあ……それなりには」
「それに、今日はコーヒーではなくオレンジジュースを飲んでいるが、もしや体調がよくないのでは? 睡眠不足では体調にも不調が出やすい」
 Aiが、すっげえ見てるし……と嫌そうな声を上げたが無視をする。遊作はというと、きまり悪そうにドリンクを手元に引き寄せた。
「別に、今日はそういう気分だっただけだが」
「それなら結構。とはいえ一応伝えておくが、100%のものならそこまで悪いとは言わないがどうしても果糖が多い。ジュースでビタミンを摂るくらいならバランスよい食事をとれ。そもそも体を冷やすな。お前はどうも生活環境に対する関心が薄すぎる」
「食生活で言ったらおまえも大概じゃないのか?」
「そうだそうだー! オマエこそ、今週ホットドッグ何本食べてんだよ絶対食べすぎだっての」
 Aiの言葉を了見は鼻で笑っておいた。
「私は自己管理している」
 小さく草薙が、こっちは助かってるからなどとと言っているのが聞こえたが聞こえなかった振りをしておく。
「っていうか何視点で説教してんだよ。遊作がちょっと夜更かししたって別に関係ないだろ」
「親切心からの忠告だ」
 言い切るとなおもAiは騒いだが、遊作は黙って口の端を引き下げた。
 いきなり来たかと思えば余計な干渉だ。これは心象も悪いだろう。ついでに藤木遊作が生活態度を改めてくれれば万々歳だと了見は小難しい顔の裏でほくそ笑んだ。
 ──が。
……確かに、おまえの言う通りだ。最近羽目を外しすぎていたかもしれない」
 遊作は手元に落としていた目線を上げて、真っ直ぐに了見を見た。
 どこか満更でもなさそうに見えるのは自分の気のせいだろうか。そう思いながら了見は、翠玉の目を見つめ返す。
「ジュースもコーヒーよりは良さそうだからと安易に選んでしまったが、お見通しだな」
 目元がやわらかく緩んで、淡い笑みを作る。
「気にかけてくれてありがとう。あらためるようにする」
 そんな風に言われて、それ以上因縁をつけるのも憚られる。了見はしかつめらしく、それが良いと頷くしかできなかった。


 その後、船に戻った了見はホットドッグを傍らに頭を抱えた。
 嫌われるどころか喜ばれてしまった。
「何故だ……
 呻いた言葉にツッコミをいれる者はいなかった。
 あと、さすがにドクター滝にホットドッグの食べ過ぎを咎められた。

 


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