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鴻上了見は嫌われたい②

全体公開 了遊 11 4903文字
2026-01-12 01:43:57

前回までのあらすじ:自分に対し藤木遊作が好意的な事に懊悩し嫌われようと画策する鴻上了見

Posted by @d9_bond

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 了見は、カフェナギに通い過ぎを指摘され一週間のカフェナギ禁止令を出されてしまった。
 不本意ながら滝に医学的見地と一般論から切々と説かれてしまっては従うほかない。自分を思ってのことであり、そういった指摘をくれる相手がいるというのは良い事だ。
 しかしながら大きな問題が出来てしまった。
(店に行かないとなると、藤木遊作に嫌われるという作戦の遂行が難しくなってしまう)
 船の甲板からデンシティの街並みを眺めながら、了見は考える。
 先日、盛大に「藤木遊作の好感度を落とす」作戦失敗し、嫌われるどころか喜ばれてしまっている。なんとかそのプラス分含めて感情をマイナスにもっていかないとならない。だがそもそも会えないのでは行動の起こしようがない。
「難しいものだな……
 憂鬱に呟く。
 前回の失敗を鑑みるにどうも藤木遊作は平均よりポジティブな考え方の可能性がある。次はもう少しはっきりと嫌な言い回しをした方が良いのかもしれない。
(行動を指摘した結果があれ、ということは本人の気質を咎めるべきか)
 藤木遊作の悪い所──と、了見は思い返す。
 気質的なところを言えば一番に思いつくのはあの意志の強さだろうか。何が立ちふさがろうと、どれほど困難だろうと決めたことを必ず成そうとする様は一見美点であるが状況によっては無鉄砲にも映る。
(無茶をする上、なまじ能力があるばかりに結果を出すものだから周りも強固に止めきれないのだろうが……いつか取り返しのつかないことになりかねない。平和な今こそあれは直させた方が良い悪癖だ)
 次に言ってやるとしたらそのあたりだろうと考えをまとめたところで、了見は我に返った。
「次とはいつだ?」
 自問する。カフェナギ禁止令は一週間だがどのみち今日は藤木遊作はバイト休みの日である。店に行ってもいない。そして了見は藤木遊作の自宅を知っているが訪問する理由を持っていないのである。
 了見は踵を返すと歩き出した。
(どうも奴のことを考えると調子が狂う)
 分かっていながらも平静が保てない。その状態を世間では何と呼ぶのかを残念ながら了見は知らなかった。


 それから三日ほど、了見は船上で過ごした。仕事を問題なく処理し、藤木遊作の様子を見守り、仕事に従事し滞りなく進めていく。
 カフェナギも先週連日通いつめ過ぎただけなので、数日了見が来ないからといってなんの変わりもない。
 四日目に了見は船を降りたが、所用と私物の買い物のためであり滝と約束した通りカフェナギへは行かなかった。行ったとしても同行していたスペクターは黙っていたであろうが、言ったことは守るのが信条でありそういう部分は真面目なのである。
 だがしかし──
(あれは、藤木遊作……⁈)
 なぜか街中で見つけてしまった。駅前に続く大通りであり、遊作はその大通りを横切る陸橋を歩いていた。面の広い階段状のスロープが大きく弧を描いて了見側の道路へ続いている。じきに遊作も了見に気づくはずだ。下校の時間帯ではあるが通学路から外れているので遭遇は予想外だったが、駅前ということは了見と同じく用でもあったのだろう。
(なんという偶然だ。丁度いい、今度こそ奴に指摘を)
 と、そこまで考えて了見は気が付いた。もし了見の見立て通り遊作が平均よりポジティブなとらえ方をするのであれば、少し指摘したところで前回と同じ轍を踏むこととなる。万が一にもさらに喜ばれてはかなわない。
(く……ならばどうする)
 顔を合わせれば絶対に遊作は声をかけてくる。
 となると何かしらは会話することになる。そこで何を話そうと選択肢を間違えれば前回の二の舞。かといってこの状況で手っ取り早く嫌われる方法はそう簡単に浮かばない。
(無視は難しい)
 以前も町中で遭遇したことがあったが、遊作は思い切り了見に駆け寄ってきた。用でもあるのかと尋ねれば、姿が見えたから声をかけたという。今回も同じことになるのは間違いない。なんなら無視したところで大声で名前を連呼されかねない。
というか絶対にこちらに気づけば遊作は声をかけてくる。店でもそうだ。こちらの姿を目にした途端にパッと顔を明るくして、なんならバンから飛び出してきたこともあった。
(本当に……私を好きすぎだろう……!!)
 無意識に拳を握りながら胸中で叫ぶ。
 とにかくそうなると打つ手はひとつしか浮かばなかった。
(幸い向こうはこちらに気づいていない。今のうちに回避し会話自体を発生させないことが恐らく最適解)
 了見がそばを歩くスペクターを見やると、スペクターは笑みを見せた。
「心得ております、了見様」
 何事かを勝手に承知している。スペクターは優秀で周囲の考えや行動の先読みが非常に上手いので、合っているかはともかくある程度こちらの考えを酌んで動いてくれることは確かだ。ならば問題ないと、遊作との距離を測るため目線を戻す。
 駅前という事もあり、また平日の夕方近くということで他にも行き交う人はちらほらいる。遊作は一人階段を下りていたが、ふと前を歩く人に目を止めた。了見もついその視線の先を追う。
 遊作の前にいたのは年配の女性で、杖を手に、もう片方の手で階段の手すりを掴みゆっくりと階段を下りている。買い物を済ませたところなのか背中に重そうなリュックを背負っていて、歩みが遅いのはそのせいもあるだろう。通行はあるが混みあっているほどでもない。遊作は女性の様子を窺いながら、階段を降りる速度をやや緩めた。
 と、その時だ。階段を急ぎ足で上がる学生が女性とすれ違ったが、持っていたバッグが彼女の杖に当たり弾いてしまった。見ていた了見が瞬きする間に女性はバランスを崩し、ぶつかってしまった学生が気づいて振り向いた時にはもう杖は手を離れて階段に転がっていた。
 あわや転落──かと思いきや、その小柄な身体は片足が一段落ちたところで踏みとどまった。遊作が女性の腕をしっかりと捕まえ、支えたことで落下を免れたのだ。
 元より気にしていたようではあったが、それでも急に人ひとりが転びそうなところをとっさに支えるとはさすがの判断力と瞬発力いうべきか。
 遊作は何事もなかったような顔で、女性を立たせながら怪我がないかを確かめる。そこへ先ほどの学生が女性の杖を拾い、謝罪を口にしながら駆け寄る。
 ぺこぺこと遊作と女性に頭を下げる学生へ、女性が大丈夫というように手をあげて杖を受け取る。そのまま二人は遊作を挟んで何やら会話を始めた。声は聞こえないものの唇の動きで大体の内容は読み取れた。謝罪とお礼合戦の様相となっている。
「了見様?」
……ああ」
 この間にこの場を離れてしまえば遊作は了見の存在などまるで気づくことはないままだろう。
 学生が女性の背負っていた荷物を持ち、遊作が女性に寄り添うように並んで揃って階段をゆっくり降り始める。それを見ていた了見はため息をついて、藤木遊作を無視して回避するという選択を放棄した。


 学生はそのまま荷物を持ち、家族が迎えが来るという駅前まで女性を送っていくことで話がついた。階段を降りきったところで遊作はふたりを見送る。
 そして、そこでようやく自分へ向かって歩いてくる了見に気がついた。
「了見……!」
 嬉しげに呼ぶ遊作が、しかしすぐに顔を曇らせる。理由を察して了見はふんと小さく鼻を鳴らした。
「足を見せろ」
 挨拶も無しに言い放つ。
「? なんだいきなり」
 さすがに戸惑った様子の遊作へ、了見は続けた。
「一部始終を見ていたが、階段を降りる時ずいぶんと分かりやすく左を庇っていたな。誤魔化せると思うな」
「っ……
 遊作は、何か言おうと口を開いたが了見の眼差しに、半端に口を閉じた。
 ちらりと了見の後ろ──先ほどの二人を見やって、十分に距離があると見て取ってから視線を足元に落とす。
「気づかれないようにしていたんだがな」
 呟く。だろうなと了見は胸中で首肯した。先ほどの女性を助けた際に無理な姿勢にでもなったかで足を痛めたようだが、学生も女性も全く気付いていなかった。
「軽くひねっただけだから、少し休めば平気だ」
 この通り歩けると遊作は数歩歩いて見せるが、了見は遊作の腕をつかんで止めた。
「藤木遊作。せめてもの情けでどちらかは選ばせてやろう」
「何をだ?」
「背負われるのと担がれるのと、どちらがいい?」
 遊作が目を剥く。
「ああ、どちらも嫌だというのなら抱きかかえてやろう。その程度の力はある」
「それは……
 泳いだ目線が恐らく了見の後ろに控えるスペクターへ向けられた。制止するよう求めたかったのだろうが、スペクターは了見の意図を酌んで如才なく了見の荷物を引き受け両手を空にする手伝いをしており味方になるはずもない。
……か、肩を貸してほしい」
「良いだろう」
 ようやく絞り出したといった声で言われて、了見は笑顔で頷いた。恐らく嫌な笑顔だっただろう。


 この辺りは駅近くということでよく整備されており歩道が広く、あちこちに休憩用のベンチがある。
 幸い近くに空いている場所があったので、遊作を座らせて足を診る。
「腫れは出ていないようだな。痛みはあるか?」
「触られたり体重をかけると少し痛む。だが大したことはない」
 素人目だが骨に問題はなさそうだ。休めば平気だ、という先の台詞は強がりというわけでもなさそうで安堵する。とはいえこのまま置いていくのもためらわれる。スペクターが手当の間に買い物の残りを片付けてくると外してしまったのをいいことに、了見は戻りを待つからと遊作の隣にかけた。
「分かっているとは思うが、痛みが強くなるようならば言え」
「ああ」
 素直に頷かれたが、了見は藤木遊作をあまり信用していないので後ほどAiに知らせておこうと決める。今日のことを知れば絶対に大騒ぎして様子を確認し、悪化の兆しでもあれば病院へ引きずっていくのは間違いない。この一点だけは信用している。
「今日は店に来るのか? 草薙さんが気にしていた」
「残念ながら今週はお預けだ。さすがにドクターストップがかかった」
「なるほど。だから今日は説教しないのか」
「そうきたか」
 軽口に、つい笑みが出る。
「怪我を隠そうとしたことは確かに褒められたことではないが──大方、怪我を口にすればあの二人が気に病むと考えてのことだろう。身を挺するような真似も感心しないが、結果からすれば妥当な選択だ」
 何が正解かは結局分からない。そんなものがない場面もいくらでもある。
 それでも確かなことはあって、
「いずれにせよ大した怪我ではなくて良かった」
 ぽろりとでた言葉に、こちらを見返す鮮やかな新緑の双眸が一層にやわらかな弧を描く。
「ああ。──ありがとう、了見」
 ひどく優しい声音に、ささやかだが甘やかな笑みに目を奪われそうになって、了見はそっと目を逸らした。



 スペクターが戻ってきた頃には遊作の足はほぼ回復していたが、念のためと了見は強引に遊作を無人タクシーへ押し込んだ。無論料金はこちらで支払い設定済なので藤木遊作に断る権利はない。
 そうして遊作を乗せたタクシーが見えなくなるまで見送って──がっくりと項垂れた。

「──お言葉ですが、了見様」
「みなまで言うな。さすがに今回は分かっている……


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