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鴻上了見は嫌われたい⑤

全体公開 了遊 6 6144文字
2026-02-13 01:49:04

終話

Posted by @d9_bond

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 了見は、しばらくデンシティを離れることに決めた。自身の感情を自覚した今、これについては迷わなかった。
(そもそも遭遇する距離にいるから、間違いが起きるのだ)
 監視──もとい、様子を見るだけならば地球の裏側からでも事足りる。ホットドッグが食べたければ自作すればよいだけのことだ。
 ということで、了見は私情は伏せた上で皆に次の予定として数カ月の遠征を提案した。これ自体は元々計画はあって、予定の仕事を早めただけのことで、私情ばかりではない。
「本気ですか?」
「我々だけでも問題のないレベルの案件ですよ」
「急に戻りたいと言われてもそう簡単に行きませんし、やめておいた方が良いかと」
 三騎士に口々に言われて了見は半目になった。
 自覚してから改めて周囲を見回すと、皆ずいぶんと自分に配慮していたのだと分かる。
(どうせならば私の意に沿った配慮をしてほしかったものだが)
 とにかく、多少強引にでも離れた方が良い。了見は全て問題ないで一蹴した。


 仕事と行っても現地で対応したほうが早いというだけのことで、実際対応したが特別難しいものではなかった。
 後ろ暗い事をやっている現地組織へ取引という名の牽制を行い、最近台頭してきた過激派の別組織をついでに潰す算段をつけ、ひと月を過ぎた頃には片をつける目処が立っていた。事後処理を含めてももう一月は掛からないだろう。
 藤木遊作も変わりない。日によってはAiを伴い学校へ行き、財前葵の声がけでデュエル部に正式に入部し、カフェナギで週何日かバイトをして、放課後や休日にはAiにせがまれ出かけたりリンクヴレインズで尊や知り合いと会ったりデュエルしたりと自由に過ごしている。実に平和で健全でよろしい。
 見守る了見の心は存外穏やかだった。
 自身の感情を自覚した後では、このような荒療治とも言えることは難しいのではという危惧がなかったわけでもない。遊作が財前葵よりデュエル部に誘われた時点で部員の素性と生活態度を洗いざらい調べたのは記憶に新しい。別に何を警戒しているわけではないが、藤木遊作は一度仲間と判定するとどこまでも甘くなる。相手が間違った道へ行こうとすれば全力で止めようとする程度には情が深く、またその過程で傷つこうとも諦めることをしない。となれば部員に不安要素がないかの確認は、見守り側として必須の義務である。
 否、己の欺瞞である。
 了見はさすがに自覚していた。自分が藤木遊作の傷つく姿を見たくないだけである。道の小石を全て除くようなつもりはないが、道の先に飛び出してきそうな車がないよう先回りしておきたい。自分が安心したいのだ。藤木遊作は転んだところで自力で立ち上がりまた前に進むだけである。自明である。ゆえに欺瞞である。
 とにかくデュエル部の面々はごく普通の家庭であり一般人であり、むしろリンクヴレインズの状況によっては自主的に活動休止にする等非常に判断も配慮もできている。高校生ながらわきまえた心構えである。安心して藤木遊作を任せられると判断し、その上で自分は一体何様だと自問自答し了見は深く眉間にしわを刻んだ。
 鴻上了見の葛藤をよそに、藤木遊作の日々も了見の仕事もつつがなく過ぎた。一人にとっては重要な存在も、世界にとっては砂礫の一粒と変わらない。二人が会おうが会わなかろうが日は昇り月は沈み日々もまた巡っていく。


 しかし、ふた月が経とうかという頃に異変があった。
 どうも藤木遊作の様子がおかしいのだ。
 了見が得ている彼の動向についての主な情報源は、公共の場の防犯カメラや行き交うクルマの車載カメラ、学校の出欠記録等である。そのわずかばかりの情報からでも分かる。時折だが、ぼんやりと何か考え込んでいる。ふさぎ込むではないが、心ここにあらずといった様子だ。
 周囲の人間の通信記録まで確認すれば詳細情報が得られたかもしれないが、さすがにそれはプライベートの侵害である。少なくとも明確に藤木遊作の異常への関与が疑われない限りは手を出すべき情報ではないと理解している。世間的には既に一線を越しているかもしれないが、了見は了見なりに引いているラインがあるのである。それゆえに了見は、遊作の生活の大枠を知ることしかできない。
 彼に関わる面々も生活上も特に変わった様子もない。つまり、環境の変化や誰かとの関係の変化も特にない。
 匿名質問掲示板での相談も考えたが、またしても盛大に叩かれそうで躊躇した。不特定多数から言葉を変え方向を変えして本音をつつかれ性根を非難された傷は癒え切っていないのである。
 そこで、身近で人間心理に詳しい筆頭であるスペクターへ話を振ってみた。もちろん藤木遊作の事とは伏せてだ。
「少し聞きたいのだが──人が物思いにふけったり、上の空になるということが普段よりも増えたとしたら、どういったことが考えられるだろうか」
「藤木遊作ですか」
 あっさり言われてしまったが、相手はスペクターである。了見は無駄に否定はせず、回答を促した。
「そうですね。誰に限らずの話ですが、人が何かに思考を奪われる原因は大きく分けて財産か人でしょうね。人はさらに、対象が他人か自分かに分かれますが、そのくらいでしょう。私見ですが」
 言われてみれば人の悩みなど限られたものだ。スペクターに礼を言って了見は考え込みながらその場を離れた。


 藤木遊作はアルバイトをしているとはいえ、財産らしい財産はない。正確に言うと、国家のSランク保護プログラムの対象ゆえの保護費用として少なくない補償金が渡されているはずだが、必要な生活費や学費など最低限を使うしかしていない。カフェナギのバイト代も草薙翔一は正規の金額をきちんと支払っている。しかも藤木遊作は浪費するような趣味もないためほぼため込んている。Aiがむしろもっと使えと煽るような有様で、つまり金銭関係の悩みの線は薄い。
 となると人間関係だが、元々人間関係の狭い人間だ。周囲の数少ない面々も顔ぶれが変わるでもなく、先述のデュエル部も問題は見受けられない。
 藤木遊作は無自覚なようだが顔が整っている。また、愛想はないが性根が善良であり、親しい相手だけではなくカフェナギの常連客には和らいだ態度も見せるようになった。それゆえ一部女性にひそかな人気があるのは把握しているが、今のところその方面でのトラブルは見受けられない。
 一部その愛想のなさが良いという輩も居たのだが、行動に出ようとした者に関してはAiに情報を送っておいたところすぐに姿が見えなくなったので問題ない。以降Ai自ら藤木遊作の周囲を警戒しているようなので、そういった方面も安全は確保されている。
 藤木遊作のぼんやりの頻度は日増しに増えていた。了見がデンシティを離れ三ヶ月になろうかという頃には、Aiすら置いて、海岸沿のベンチで海を眺め何事かに思い悩む日が増えていた。
 何がその心を占めているのか、ここまでの情報があってなお分からないほど鴻上了見は愚鈍ではなかった。多分に蒙昧ではあるが、これは初めての感情に翻弄される青少年ならではの事態である。致し方ない。
 ともかく、鴻上了見は確信した。

 遺憾ながら自分が藤木遊作を好きすぎるのはもはや自他共に認める事実である。
 ──同時に、以前了見が感じていた「藤木遊作が鴻上了見を好きすぎる」も事実である、と。

 確信してなお葛藤がなかったわけではない。
 了見が藤木遊作から離れることを決めたのは、想いを断つためだ。しかし人の理性と感情は理屈が違うのである。理屈は正しくとも心が納得していないなら内側に軋轢が生まれる。結果がこれまでの藤木遊作に対する盛大な空回りと七転八倒である。
 本来10年前にあの街角で出会わなければ藤木遊作は全く違った日々を過ごしており、自分と関わることなどなかった。運命と抜かしたところで所詮その程度の縁なのだ。距離以上に彼我の間には何の関係もないと分かっている。そもそも自分が背負っているもの、やってきたことを思えば、立場も過去も弁えず抱いているこの感情すらも本来許されないものだ。
 だが、どうしようもなく醜いと思いながらもどうしたって感情を殺しきれなかった。
 鴻上了見は合理的な人間という自負がある。その合理も冷徹も捨てさせる存在をなかったことに出来はしない。
 覚悟を決めて、認めるしかなかった。


 予定を早めてデンシティ戻るには、と調べ始めたところでパンドールがさりげなく、しかし速やかにスケジュール短縮案を5つ提案してきた。
「丁度我々もあの店のホットドックが恋しくなってきたところでしてね」
「でも買うのは週2回までよ」
 皆の案の定といった反応に了見の心中は大惨事となったが、表には感謝のみ出した。そういう鉄面皮は得意である。
 残りの仕事を予定の三倍早く片付けると、一行はデンシティへの帰途についた。


*


 三ヶ月ぶりに戻ったデンシティだが、何が大きく変わることもない。
 着いてすぐ、了見は生家のそばの海岸沿いの道に向かった。名物であるスターダストロードは見えない時期であり、平日の午後という時間帯もあって人影はまばらだ。
 その道の端、鴻上邸にほど近いベンチに、藤木遊作はいつかの了見のように座っていた。
 海を眺めるその横顔は心ここにあらずといった風にぼんやりしている。
「──藤木遊作」
 声をかけると、遊作はパッと振り返った。
「了見!」
 見た目ほど気を抜いてはいなかったようだ。こちらの姿を認めるなり立ち上がり、傍らのスクールバッグもそのままにベンチを飛び越え駆け寄ってくる。
「戻ってきたのか」
「ああ」
「よかった。俺はてっきり……
 言いかけて、遊作は躊躇を見せた。いつもなら了見の姿を目にしたとたんに明るい顔になるというのに今はどこか思い詰めたようにも見える。
……私も似たような顔なのだろうがな)
 自嘲しながらそっと続きを促す。
「てっきり?」
「俺の、せいかと」
 遊作は小さく拳を握った。
「急にいなくなったから、俺が変なことを言ったからかと思って」
……
 了見は会話を思い返した。どちらかというと自分の方が妙な言動をしていた気がする。
「確かにお前との会話がきっかけではある。私は意識的にここを離れた」
 やはり、と眉を下げる遊作へ続ける。
「──お前にとって私の存在は害悪でしかない」
 ずっと思っている事だ。
 遊作は、鴻上了見が手を差し伸べてくれたと言った。自分を地獄へ、その後の過酷な運命へ連れて行った、この手を助けだと。そんなものは結果に過ぎない。
 誰が見ても同じように思うだろう。
 遊作以外は。
「絶対にそんなことはない!」
 分かっていたことだが、遊作は即座に反発した。
「お前がそのように信じているだけのことだ、藤木遊作」
「いいや、事実だ」
 じっとこちらを見つめる遊作の目は、先ほどの様子と打って変わって強く、まっすぐだ。
 絶対に自分の意思を譲らない、信じたものを諦めないと決めている、何度も見た、ずっと惹かれた輝きだ。たぶんずっと変わらないのだろう。
「仮に本当にそうだとして、ならおまえはなぜ戻ってきた」
「決めたからだ」
「決めた……?」
「いつかお前が言ったように、私は恐らく私を許すことは難しい。この先叶うかも分からない」
 もうずいぶん前のように感じる。
 同じ場所でした会話を、遊作がどのような気持ちで言ったのか、それを自分が正確に受け取れているか確証はない。それでも込められた想いが真摯で誠実なものであることだけは間違いようもない。
「それでも、私はお前から受け取った言葉を、忘れることも流すこともしない。……まずはそれを伝えたかった」
「了見」
 遊作の目元がやわらかくほころぶ。
 それだけで、伝えて良かったと思う。
 思えばあの会話から始まったのだと思う。二度と会わないつもりでいたというのに、容易く覆してしまった。そういうことだ。
 映像越しでなく、三か月ぶりに正面から見つめる遊作の穏やかな微笑はやはりとてもきれいで。
「そして、そのためにも私はできるだけお前の近くで過ごそうと考えている」
「本当か」
「無論、いつもとはいかないが、支障がない限り状況は伝える」
「つまりもう黙っていなくなったりしないと、そう思って良いのか?」
「そうだ」
 ぱあっ、と効果音でもしそうな明確さで遊作の顔が喜びで明るくなる。なんとわかりやすいことだろうか。
……やはり、お前は私を好きすぎる」
 思わず漏れ出た言葉に、遊作は小さく笑った。
「悪いか? 今まで通りだ。別に困らないだろ」
 なあ、と楽しげに顔を覗き込まれて了見は、大きくため息をついてみせた。
「藤木遊作」
 ことさら低く、名前を呼ぶ。
「なんだ、了見」
 笑いながら返す遊作へ、あえて静かに、言い聞かせるようにゆっくりと了見は言った。
「確かにお前の言う通りだ。何も困ることはない──」

「──私の方がお前のことが好きだからな」

…………
 遊作の顔から笑みが消える。
「は」
 いつかのように目を丸くして、何か言おうとした、らしかった。
 よろりと一歩下がって、了見をじっと見る。
「な、え……いや」
「聞こえなかったか?」
「そうではない、が」
 基本的にどんな窮地であろうと、何があろうと驚きはしても即座に動揺を立て直す冷徹さがプレイメーカーの、藤木遊作の強さのひとつである。そんな遊作でも、了見の返しは完全に想定外だったらしい。それはそれでどうかと思うのだが、その辺の追及はあとである。
 恐らくかつてないほどに動揺を晒している遊作の様が可愛らしくて、了見は無意識のうちに笑みを浮かべていた。
「りょ……
「ならばもう一度」
 さっきの遊作と逆に、一歩踏み込んで顔を寄せる。鮮やかな翠玉を覗き込むようにして、ことさらはっきりと告げてやる。
「私も、藤木遊作──お前のことが好きすぎて仕方ない。こうして一番に会いに来る程度にはな」
「それ、は」
「お前も困らないだろう?」
 言われて、遊作は一気に頬を染めた。
「っ、なんなんだ急に、困るに決まってる……!」
 動揺からか距離を取ろうとする。
 もちろんそんなことは予想のうちなので、了見は遊作の手をそっと捕らえて笑ってみせたのだった。

 


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