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鴻上了見は嫌われたい④

全体公開 了遊 7 5823文字
2026-01-29 20:12:06

前回までのあらすじ:自分に対し藤木遊作が好意的な事に懊悩し嫌われようと考えているが行動が一致しない鴻上了見

Posted by @d9_bond

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 了見は引き続き懊悩していた。
 藤木遊作に嫌われるだけだというのに、何もかもがうまく機能していないのである。
(見込みが甘かったとしか言いようがないが……
 ここから目的達成のためにどう行動したものかあれこれと考えるものの何も浮かばない。
 独力での限界を感じた了見は、外部の力を借りることにした。


 さて、新たな方針を決めたは良いが、問題は当てが非常に限られている事だ。
 周囲の面々を順に浮かべて了見は、麻生とゲノムについては最初から除外した。色々飛ばして合理的手段の提案をしかねないためだ。スペクターのほうが一般的な人の考え方や社会倫理を把握している分信用できるまである。実際の言動はさておき。
 ということで了見は一度スペクターへ話を振ったのだが、今回は「恐れならが、私から申し上げることは何もありません」とちょっと遠い目で言われてしまった。滝とパンドールにも固有名詞は出さずに話をしてみたが、いずれも「前提が間違っているのでは」という方向へ持っていかれてしまい、具体的な案は出なかった。


 成果なく船内を一周しただけになってしまった了見は、自室のイスで途方に暮れる羽目になった。
(前提も何も、藤木遊作が私を好きすぎるのは由々しき問題だというのに)
 二人の周囲の人間で危機感を抱いているのが自分一人というのはどういうことだろうか。ため息しか出ない。
 とはいえ行き詰っているままではいられない。何とかして方策を見つけようと了見は何も映していないモニターを眺めながら考える。もちろん、普段は藤木遊作の動向を追わせているモニターも今は思考に集中しようとオフにしている。
……そういえば、匿名の相談場所があったな)
 ふと思い出す。
 AIが発達した今だからこそ、人間の意見や考えが聞きたいという目的で作られた質問掲示板があったはずだとパソコンを起動し、検索する。
 はっきり名前は憶えていなかったのだが、幸いうろ覚えの検索でも見つけられた。世間的にも有名なようで、ちらりと覗いただけでもパソコン部品の選び方から職場の人間関係、網戸の修理方法、身近で起きた不可解な出来事から恋愛相談まで様々な質問や相談がならび、そこへいくつもの回答が寄せられている。もちろん素人の回答ではあるがそれだけに様々な視点からの意見があり、中にはハッとさせられるような内容もあった。
 了見は、対人経験が少ない自覚がある。こういう時こそ世間を頼るのも悪くないだろうとここで相談をすることにした。類似の質問と回答などハノイの技術を使うまでもなく収集できるような情報だが、あいにく現在鴻上了見の周囲にツッコミは不在である。



『友人に好かれ過ぎているので嫌われたいのですが、いい方法はありますか。』

 勝手が分からないため、とりあえずで質問を入力する。
 シンプルな方が分かりやすいと思ったのだが、半日ほど待った結果回答は二つだけ、しかも情報が少な過ぎる、聞く気あるのかと怒られてしまった。ごもっともである。了見は少し考えて追記した。

『補足
友人は二つ年下の高校生です。彼の人間性に問題があるため離れたいというわけではありません。彼は優しくてデュエルも強く、正義感もあり周囲からも好かれている好人物です。ただ私は過去に彼が大きく傷つく原因を作り、彼と大きな諍いを起こしたこともあります。だというのに彼は私を見かけるとすぐに声をかけてくるし、私が冷たい対応をしても気にせず笑顔を見せてくれます。
私は、彼が困っていることがあればどこにいようと駆けつけ、助けるつもりでいます。しかしこれまでのこともあり、住む世界が違いますし私は彼とできるだけ近づかない方が良いと考えています。そのため嫌われる方法を探しています』

 書ける範囲で状況を正確に伝えたつもりだったのだが、今度は多数の励ましと叱咤のコメントが寄せられてしまった。
 やれ、考え直せだの、彼の気持ちをきちんと聞けだの、きっと彼は気にしていないからやめろだの、あげく素直に気持ちを認めろ、告白しろ、付き合っちゃえとなにか勘違いした回答まで並ぶ始末だ。その後も少し様子を見たが、自慢なのか、お前は本当に嫌われたいのか、独りよがり過ぎる、言い分が傲慢だと散々な言われようである。傲慢は承知ながらもいざ赤の他人からこうも揃って指摘されると身につまされるものがあるが、さりとてこれが最適解というのが了見の頭である。
 色々と削られながらもなにか状況の打破に繋がらないかと回答を見繕うと、数少ないながらもいくつかの提案があった。
『映画に誘うとか。つまんなくてよく寝られるやつ』
『趣味じゃない展示に誘う。自分のこと分かってないなーって思われて、感じ良くないんじゃないかな』
『某有名テーマパークに2人で行く。カップルは別れるってジンクスがある』
(カップルではないのだが……
 とはいえ、悪くない案かもしれない。退屈な人間と無駄な時間を過ごすなど楽しいわけがないのだ。善は急げと了見は適当に眠くなりそうな映画のチケットを手配し、遊作へ声をかけた。
 本末転倒に気付いたのは、嬉しそうに予定を確認する藤木遊作を目にしてからである。


 映画は壮絶に退屈だったが、逆にそのひどい体験を共にしてしまったことで妙な一体感が生まれてしまい結果的に悪くない時間となってしまったのはもはや想定すべき事態であっただろう。
 船に戻った了見は頭痛をこらえつつ、再度質問掲示板を開いた。

『先日の続きです。
アドバイスを参考に彼と評価の低い映画に行ったのですが、逆に喜ばれてしまいました。他になにかよい方法はあるでしょうか』

 続きの相談をすると、数分もせずに大量の回答が寄せられた。彼氏ドMかよ、ただのデートじゃん、良かったな素直になれよ等の発言が散見されるあたり担がれた感もあるが、それにも気づけない程度に判断力が下がっていたようだ。周囲の人間には絶対に知られたくない大失態である。
 とにかく次は失敗するわけにいかない。了見は次々に投稿される回答を順に眺めていたが、ここでもいくつか良さそうなものがあった。
『約束とか関係なく家に押しかけるとか。この前酔っぱらった先輩が夜中に来て最悪だった』
『勝手に遊びに来て一日居座られた。ああいうの効くと思う。しかも手土産とかって期限切れのカップ麺持ってきやがった』
『自分の体験で言うと、呼んでないのに友達についてきて部屋に上がり込んできたヤツ。しかも何か勘違いして隣に座るし頭ポンポンとかしてくるし無理』
(ふむ……家というパーソナルスペースに上がり込んだ挙句傍若無人というのは効果が期待できそうだな)
 ついでに不要そうな手土産の一つでも押し付ければさらに効果が見込めるかもしれない。ということで了見はさっそく藤木遊作が全く興味なさそうな流行りの菓子を手に、不意打ちで彼の住居へ土曜の朝から押しかけてやった。
 もちろん遊作が迷惑がるわけもなく、どちらかと言うと彼の部屋の生活感の無さに了見の方こそひっそりと打ちのめされダメージを受け、またAiから「すっごい積極的じゃん」というツッコミを受けて遅まきながら失策に気がついた。


 用はなかったとはいえデュエリストが揃えばやることは一つである。Aiも交えてただ楽しむためだけのデュエルを行い、合間に昼食や了見の手土産をつまみながら他愛のない会話をして気がつくと日が暮れていた。藤木遊作が終始嬉しげだったことについては何も思わないことにした。
 船に戻って了見は死んだ目で質問掲示板を開いた。

『先日の更に続きです。
アドバイスを参考に彼の家へアポなしで訪問したのですが、普通に歓迎されてしまいました。夜まで居座ったのですが、また来てほしいと言われてしまっています。私はどうしたらよかったのでしょうか。また、何か決定的な手立てがあればご教示お願いいたします』

 今度は一分もせずに数多のツッコミ──もとい回答が入った。天然か、いいかげん諦めろよ、おうちデートとかやるじゃん等々かなり言いたい放題されているが全て甘んじて受け取った。落ち着いて考えれば逆効果に決まっているというのに何故効果があると思ったのか。我ながら謎が過ぎるが、以前より藤木遊作が絡むと冷静な判断が狂うので致し方ない。
 とはいえ、ツッコミの通り全て裏目に出ていることは分かっている。スクロールする手が疲れてきたところで了見は画面を閉じた。



 何の打開策も見つけられないまま、それから1週間が過ぎた。その間余暇もあったのだが、手ぶらで藤木遊作に会うのは憚られて了見は終始船にこもっていた。
 あまりに引きこもっていたからか、滝をはじめ皆からせっかく近くにいるのだからと船を降りるように勧められ、押し切られるようにして了見は1週間ぶりに地面に立った。
 とはいえいつものようにカフェナギに行く気が起きなかった。かといって市内をうろつくと思わぬ場所で藤木遊作と遭遇しそうで、結局生家の風通しをした後に近くの海岸を臨むベンチで時間を潰すことにした。天気は良いが風があるせいか海岸沿いの人影は数えるほどで、男が一人ぼんやりしていたところで気にする者はいないだろう。
(私の感情は関係ない。一般的な考えとして、影響という意味で私は藤木遊作に近づくべきではないのだが、なぜ皆理解しないのだろうか)
 海風に乱れる髪をそのままに、つらつらと考える。
(藤木遊作も藤木遊作だ。なぜ素直に受け入れる)
 脳裏に浮かぶのは、自分の姿を認めた時の顔だ。大きな丸い目を一層に丸くして、ひどく分かりやすく表情が明るくなる。薄い唇が、あの案外低くも耳あたりの良い声で名を──

「──了見?」

 呼ぶ声に、ハッと我に返る。思考が堂々巡りを繰り返しすぎて瞑想の域に入っていた。
 見やると声の主は私服姿の藤木遊作だった、そのことに動揺するが辛うじて表情には出さずに堪えた。
「藤木遊作」
 なぜここに、と問う前に遊作はさっさと了見の隣に腰を下ろした。
「おまえに似たやつがいるなと遠目に見えて、もしかしたらと思ったらやっぱりおまえだった」
……そうか」
「考え事か? ずっと同じ姿勢だったな」
 言われてみれば、集中しすぎて遊作が近づいてきたことに気づきもしなかった。
 海風にあたりながらのせいか冷え切った体はすっかり固まっている。了見は小さく伸びをして、大きく息を吐いた。
「お前のことを考えていた」
「俺の?」
「ああ。──お前は私を少し、好きすぎていないか」
 少しばかりの非難を込めて言えば、遊作は目を丸くした。
「なんだその顔は。自覚がなかったのか?」
「否定はしないが……おまえの目に俺はそんな風に映っていたんだなと、そっちに驚いた」
 ふ、と微かな笑いをこぼし、遊作は海へ目線を向けた。
 了見もつられるように海を見た。波は穏やかで、傾き始めた陽光に時折水面が銀に光っている。海風に乗って鳥が海と空の間を横切っていく。
「おまえは、まだ自分を許せていないんだな」
 ぽつりと言われて、了見は息を詰めた。
「俺は、おまえとこうして話ができるだけで嬉しい。おまえと同じ時間を過ごせるのが嬉しい。だから、おまえも同じように思ってくれたら嬉しいし、それを信じてほしいと思っている」
……私でなくとも構わないはずだ。なぜそのように思う」
「たぶん、おまえには分からない」
 その言葉は拒絶にも思えるのにあまりに声音が優しくて、了見は遊作を見た。
 遊作は穏やかな顔でこちらを見ていて、目が合うと微かな微笑を見せた。こちらを見つめる大きな翠の目はいつもの強さよりずっと柔らかな、慈しみを多分に含んでいる。
(初めて見る顔だ)
 言葉の意図を探るより先に、何の意味もない感想が浮かぶ。きれいだ、と。
「そうだな──」
 遊作は言いながら椅子から立ち上がった。パーカーの裾を軽く払って整えて、ボディバックを掛けなおす。
「──気が向いたらでいい。また店に来てくれ。うちにも。今はそれでいい」
「だが、」
 言いかけた了見の言葉は、喉でつまった。頭にふわりと温かい感触があって──予想外のことで理解が遅れたが、頭を撫でられていると気が付いた。
「なあ、少し根を詰め過ぎなんじゃないか?」
 俺はちゃんとおまえに言われた通り休むようにしているぞとからかいを含んだ口調で言われて、茫然と了見は目線で遊作を見上げた。
 こちらを見下ろす藤木遊作は柔らかく笑っている。
「おまえもちゃんと休めよ」
 名残りを惜しむように絡んだ了見の髪先をするりと躱して、白い指先は何の躊躇もなく離れる。遊作も。
 じゃあな、とあっさり背中をみせたその細い後姿が見えなくなっても了見はその場から動けなかった。

『自分の体験で言うと、呼んでないのに友達についてきて部屋に上がり込んできたヤツ。しかも何か勘違いして隣に座るし頭ポンポンとかしてくるし無理』

 質問掲示板で見た一文が蘇る。
 呼んでもいないのに現れて、隣に座り、頭を撫でてくる。回答者が『無理』と両断した行動そのままだというのに、感じたのはまるで逆でしかない。
(私は)
 もう見えない姿を無意味に探しながら、自身の頭に手を置く。先ほど触れたささやかなぬくもりはとうに海風に奪われ残っていない。
 ようやく──周囲からすれば本当にようやく、鴻上了見は自身の前提の誤りに気が付いた。

「私が、藤木遊作を好きすぎているのか……!」

 落ちた呟きに突っ込む者はやはりどこにもいなかった。


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