前回までのあらすじ:自分に対し藤木遊作が好意的な事に懊悩し嫌われようと考えているがつい手が出てしまう鴻上了見
@d9_bond
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鴻上了見は懊悩していた。
私室のテーブルには細い緑のリボンのかけられた真っ白な紙袋が乗っている。
藤木遊作からの謝礼──という名のプレゼントである。
つまり「藤木遊作から嫌われる」という作戦は今のところ全く機能していない。
それについて了見は、自らの不甲斐なさと意志の弱さが起因であり忸怩たる思いを抱いてはいるが、そもそも他人の感情を自分の利益のためにどうこうしようという行為が傲慢であるとの理解もしており、相手が相手だけに思い切った手段が取れないでいる。
その結果がこの現状である。
***
今週頭にカフェナギ禁止令は解除されていた。
とはいえ今週の前半は、ネットワークでどうも不穏な動きをしている輩がいるとパンドールからの報告があったためその調査と対策のため仕事に専念しており店には行かなかった。そういう切り分けは問題なくできるのである。
結果、事件の芽を叩き潰し騒ぎが起きる前に制圧できたのはネットワークの監視者を名乗る身としては当然ながら満足のいく結果と言える。
そうしてハノイの監視体制も業務体制もいつもの状態に戻ったところで、今週の藤木遊作の行動をチェックしていた了見は彼が普段と違う行動を続けていることに気が付いた。
そもそもなぜ彼の行動をチェックしているのかというとその平穏な日々を見守るためでありやましいことは全くないのである。ちなみに先週の半ばに藤木遊作は足を怪我していたがごく軽傷だったようで、翌日から支障なく通学しているのを確認している。
このようにあくまで行動や時間帯を把握しているだけであり、見守りである。彼がカフェナギで楽しそうに接客をしていたり、学校で友人と雑談をしたりとごく一般的な高校生の日々を送っている姿を確認するのは義務であり癒しである。昨今言われるストーカー行為と混同されても困るため誰にも言っていないが。
とにかく、そういった経緯で仕事にかまけておろそかになっていた遊作の数日の行動と安全確認を行っていたのだが、今週遊作はカフェナギのバイトを休みにしており、代わりに熱心に情報を集めていた。
周囲の人間にあれこれと尋ねて回り、ネットで「同年代 プレゼント」と検索してはあれこれと記事を読み漁る。いつも行かないような店に入ってはあれこれと物を物色し、デュエルディスクのAiと何やら言い合いながら、色々な品を手にとっては戻す。
つまり、誰かへのプレゼントを探しているのだ。
クリスマスやバレンタインのような季節のイベントにさして興味を示さず、自身の誕生日すら気にしていないようなタイプだ。プレゼントに苦慮するのは理解できる。自分でも、よく知っている間柄とは言えハノイの面々にプレゼントをしようとなると、なかなか迷うものだ。
(しかし随分と熱心に考えているな。プレゼントといえば誕生日が思い浮かぶが相手は誰だ)
彼の周囲に、近日で誕生日を迎える者はいない。見ているものも金額的にさほどの物でもないことを考えるに、謝礼の方が近いかもしれない。
(謝礼……まさか私か?)
先日、藤木遊作が軽い怪我をしたので成り行きで助けるような真似をしてしまった。あれ自体は自分でなくともそうするだろうと思うのだが、なにせ藤木遊作である。以前にも偶然彼の窮地に飛び込み助ける様な形になったことを感謝されているようなので、礼をと考えていてもおかしくない。
(いやさすがに厚かましいか)
とにかく見守りには関係ない事だ、と切り替えることにして了見は遊作の行動を検める。
記録によれば月曜日の下校時には遊作は既にその話をしていた。
『やはり役に立つものが良いと思う』
『って言ってもさー、向こうがどういう生活してるとか全然知らないじゃん』
『そうだな……』
デュエルディスクのAiと、通学路を歩きながら相談する。
『例えばさ、遊作は今欲しいものとかないの?』
『キーボードで気になっているものはある』
『この前言ってたコンパクトの青軸のアレか。今の二台目もそうだし遊作って青軸好きだよなァ』
『音がな。速さだけならラピッド一択になるが』
なるほど藤木遊作はキーボードは青軸派か、と了見は遊作のパーソナルデータへ記憶する。悪くはないと思うものの、集中したい時にノイズに感じることもあるので了見は静音重視派である。
『だが、ああいうものはやはり好みが合致しないと受け取ってもらえないだろう』
『アイツなら遊作からだったら、スカした顔で「悪くない」とかいって何でも受け取ると思うけどなァ』
『俺は喜んでもらいたい』
『ハイハイ』
誰だか知らないが藤木遊作にずいぶんと想われているようだ。しかもAiも許容している。
翌日の記録でも、遊作は周囲の人間にあれこれと意見を求めていた。
『プレゼント?』
『というほど大げさなものではないんだが』
カフェナギのカウンター越しに、財前葵にも尋ねていた。
『誕生日プレゼント……とかではないのよね? 日頃のお礼なんかだったら、一番無難なのは消えものじゃない? お菓子とか石鹸とか』
『そんなものでいいのか』
『例えばお兄様だったら、私は好みとか知ってるからハンカチとかネクタイみたいな小物なんかも選べるけど、そういうのが浮かばないってことでしょ?』
『ああ』
遊作は少し寂しげに眉を下げた。
『考えてみたんだが、俺はあいつのことを何も知らないんだ。助けてもらってばかりなのに』
『……藤木君にも、そういう人がいるのね』
葵は逆に笑みを見せた。
『なら、逆にいい機会じゃない』
『どういうことだ』
『あなたが良いなって思うものをあげて、それを会話のきっかけにしたらいいと思うの。だって、藤木君はその人と仲良くなりたいんでしょ?』
遊作は、その言葉にひどく感銘でも受けたような顔をしていた。
確かにもっともであるが、その相手が勘違いでもしたらと思うと不安がある。いや勘違いも何も藤木遊作がそれを望んでいるのならば外野がどうこう言うことでもないのだが相手によっては問題が生じる可能性が否定できない以上は当然の心配である。
その後二日間、遊作は草薙や穂村尊にも相談し、Aiと共にデンシティ内の店舗を巡りさんざん悩んでようやく一つの品を選んだ。
個人焙煎のコーヒーショップのもので、品も草薙のお墨付きということで満足のいく選択が出来たようで見守っていた了見も謎の達成感と共に胸をなでおろした。
ということで本日午後、仕事に一区切りつけた了見は気分転換と称しカフェナギへ向かったのだ。
主目的としては無論、継続中の藤木遊作の好感度を落とす作戦のためだ。
遊作の怪我の様子伺いと称して何かイヤミでも言ってやろうという魂胆である。善行はともかく身を挺するような真似はいただけない。
そんな遊作を助けるような真似をしてしまったのは失敗と言わざるを得ない。嫌われるどころか好感度が上がるに決まっている行動であるが、さすがにケガ人を見てみぬふりは人道に悖るというものであり仕方ない。
(そもそも奴はどうしてああも見境がない)
ため息がでる。
元よりプレイメーカーの頃からあのような側面は強かった。何かを求めてリスクをとる、というのはまだ理解できる。だが、何か成そうという使命感を持ちながらも、関係のない存在が目の前で危機に逢っていると簡単に飛び出す、助けようと手を伸ばす、人質を取られたら動けない──倫理観がしっかりしているのはよろしいが、その甘さで良く生き延びてきたものだと評せざるを得ない。ライトニングと対峙しまんまと罠にはまっていた際など、自分がたまたま、偶然、あくまで運よく良いタイミングで割って入らなければどうなっていたことか。
やはりイヤミに加えて説教も必要だとあれこれ考えているうちに了見は見慣れた黄色いバンの前に立っていた。
「了見」
店先のテーブルを拭いていた遊作は、こちらに気づくとパッと顔を明るくする。
「しばらくぶりだな」
「ああ」
頷く遊作を素早く検分する。不自然な動きもない、見た目も問題ない、健康そのものである。
「先日の怪我は問題なかったようだな」
「その事なんだが……了見、少し良いだろうか」
「何だ?」
「渡したいものがあるんだ」
布巾を放ってぱたぱたと奥に引っ込むと、紙袋を手に駆け戻ってくる。
差し出されたのは見覚えがある──まさに今週の藤木遊作の行動検分の映像で見た、あの包みだった。シンプルな店名ロゴが入っただけの紙袋に、彼の眼の色によく似た緑の瀟洒なリボン。
「これを」
あの時はありがとう、と微笑と共に差し出されたそれを前にして了見は息を詰めた。
「この前ずいぶんと親身になって助けてもらったからな。その礼だ」
「……」
「了見?」
考えなかったわけではない。
ただ、あそこまで心を砕いて礼を考えられるような事をした覚えもない。
(たかだか肩を貸した程度のことで、何日も思い悩むほどに謝礼を考えるなど──)
多少の混乱すら来しながらも考えを巡らせた了見は、思い出した。
(──私の考えが甘かった。そうだ、藤木遊作は私を好きすぎるのだ……!)
となれば次に考えるのは対応である。
(考えろ──どうする、どうするのが最善だ?)
『受け取れ』
脳内に、黒い羽根を背に頭に角を生やした悪魔が現れて言う。
『向こうが自ら持ってきただけのことだ、何を躊躇うことがある』
『その通りだ。丁重に受け取ると良い』
続けて白い羽根を背に頭上に光輪を浮かべた天使が現れる。
『お前はあれに嫌われたいのだろう? 目の前で開封し、気に入らないと文句をつけて突き返す方が効果的だ』
「『鬼か!』」
了見と悪魔の声が脳内できれいにハモる。おおよそ天使の発想ではない。
天使はそれをフフンと鼻で笑った。
『くだらん。お前の本音はそれだ。所詮、お前は無為に藤木遊作を傷つけることなど出来はしない。嫌われるなど以ての外だろう、諦めて受け取れ』
『そうだな受け取れ』
「ぐ……」
「どうした、了見」
少し不安げな遊作の声に、了見は我に返った。平静を取り繕いながら口を開く。
「……礼を言われるほどのことはしていない」
「俺は嬉しかった」
「お前は彼らを助けた時、見返りを期待はしなかっただろう。あれと同じことだ」
「ならばなおのこと、気持ちとして受け取ってもらえないか」
真っ直ぐに見つめられて。
差し出された包みがどれほどの時間をかけて選ばれたものかを知っていてなお断ることは、どうしても、どうしてもできなかった。
***
──そんなこんなで懊悩する冒頭に至るのである。
(情けない。だが、天使の言う通りだ)
ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
実のところ鴻上了見には自覚があった。大義や理由があり、自身で納得していれば藤木遊作と意見の対立があろうが和解が失敗し戦うことになろうがどれほどぶつかり合おうが、その過程や結果で彼を傷つけたとしても了見は行動できる。使命と感情を切り離し判断することは組織の上に立つ者としての立場と矜持から飲み込める。
また、藤木遊作の方も正面からそれを受けて立つことだろう。
だが──善意と感謝から差し出されたものを、傷つけるためだけにつき返すことに何の大義があろうか。
受け取るよりほかなかった。
遊作が嬉しそうだったのは幸いであるが、さっそく藤木遊作に嫌われるのと真逆を行く自己矛盾に苛まれ自己嫌悪が増したのも事実である。
「なぜ断れなかった……!」
悲痛な叫びであったがなぜもなにもなく、また一人きりの部屋で突っ込むものは誰もいなかった。