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刀剣乱舞の刀と徳川家康

全体公開 36 3 4769文字
2019-03-26 21:07:41

刀剣乱舞に家康所有刀剣が増えたため、各刀剣の所有時期をまとめた。物吉,ソハヤ,南泉,包丁,宗三,太鼓鐘,江雪,大般若ほか、24振である。(2025.11.24更新)

Posted by @a_ri_no_ri

刀剣乱舞の刀と徳川家康の所有期間

家康所有刀剣が増える一方なので、自分用に整理したくてまとめた。
現時点でとうらぶに実装済の家康所有刀剣は、
所有逸話(説)ありまで含めると<24振>である。
以下に記す。

*所有(ほぼ)確実?
【刀紋に葵あり】物吉貞宗、ソハヤノツルキ、南泉一文字、三郎国宗
【刀紋が葵アレンジ】包丁藤四郎
【刀紋に葵なし】宗三左文字、太鼓鐘貞宗、江雪左文字、大般若長光、稲葉江
【刀紋以外に葵あり】九鬼正宗
【葵に似たカタバミ】古備前信房
*(一時)所有伝承(説)あり
大倶利伽羅、大典太光世、獅子王
薬研藤四郎、毛利藤四郎、愛染国俊
骨喰藤四郎、小竜景光、鬼丸国綱
太閤(しゅらく,聚楽)左文字
(実装予定:童子切安綱)
*再刃した刀剣
一期一振、鯰尾藤四郎

確実な所有期間が分かるのはごく少数であるため、逸話(物語)込みで所有期間を順に記してみる。
刀剣の所有は人生の浮き沈みと連動してもいるので、簡単な家康の年表も併記する。

<<徳川家康の年表と所有>>( )内は家康の実年齢

天文11(1542)年(0歳)
 竹千代(家康)が三河の岡崎城で誕生。

●物吉貞宗
尾張徳川家の『物吉記』は物吉の所有時期を「三河時代から」とする。
三河時代の幅は広く、最大で家康が生まれたときから、となる。
実際の物吉は慶長6年?に豊臣氏から動いてきたと思われるが、逸話は違うのだ。
よって、逸話の最大値となる家康誕生まで物吉の所有時期を延ばす。
刀ミュ『三百年の子守唄』は、この設定になっているようである。
以後、病没するまで家康が所有。

永禄3(1560)年(18歳)
 桶狭間の戦い:今川義元が織田信長に討たれる。
 └宗三左文字が信長に移動
永禄13/元亀元年(1570)年(28歳)
 姉川の戦い:織田・徳川VS浅井・朝倉
             
●大般若長光
姉川の戦いの褒美として、信長が家康に与えた。
『徳川実紀』では「長光の刀」と記される。

元亀3(1572)年(30歳)
 三方ケ原の戦いで武田に敗北。
天正2(1574)年(32歳)
 次男秀康(於義伊)、誕生。
天正3(1575)年(33歳)
 長篠の戦いで織田・徳川連合軍が武田軍をやぶる。

●大般若長光
長篠の戦いの褒美の1つとして奥平信昌(のぶまさ)に与えられる。
この場面では『徳川実紀』でも「大般若長光」と記される。
同年に家康の長女亀姫(16歳)が信昌に嫁ぐが、嫁入り道具ではないようだ。
以後、松平奥平家の所有。
家康の所有期間は5〜6年。

天正7(1578)年(37歳)
 三男秀忠(長丸)、誕生。
 長男信康(20歳)、切腹。正室築山殿も殺害or自害?
天正10(1582)年(40歳)
 本能寺の変で織田信長が死去→伊賀越え
天正11(1583)年(41歳)
 次女督姫(7歳?)が北条家に嫁ぐ。
  └北条氏家臣:板部岡江雪斎が交渉を担当
天正12(1584)年(42歳)
 小牧長久手の戦い:秀吉VS織田信雄・徳川家康
 秀吉と講和し、秀康を秀吉へ猶子(人質)に出す。

●ソハヤノツルキ
『久能山御宮御寶物目録』には「元来徳川家相伝の御物にあらず、織田信雄公御援兵の為に勝利を得たる謝恩として贈り参らせし物という」とある。
これは織田信雄(信長の息子)が、小牧長久手の戦いの礼として渡したという意味だ。
家康がソハヤを手に入れた時期は不明だが、逸話の最大値はここからとなる。
以後、病没まで家康が所有、更に久能山東照宮までお供。

●古備前信房
酒井忠次が小牧長久手の戦いで活躍した褒美として家康からもらったとされる。
家康がいつから所有していたかは不明。


天正18(1590)年(48歳)
 小田原の戦い:秀吉VS北条氏→北条氏、滅亡 
 秀吉から関東移封を命じられて、関東へ移る→江戸へ。
 次男秀康が結城家の養子となり、結城秀康と改名。
  └このとき御手杵を継承したとされるが、史料はない。

天正20(文禄元,1591)年(50歳)
 文禄の役<朝鮮出兵>→家康、名護屋へ
文禄2(1593)年(51歳)
 秀吉の息子秀頼、誕生。
文禄3(1594)年(52歳)
 次女督姫(18歳?)、池田輝政と再婚。(督姫の前夫は北条氏直)

●稲葉江
稲葉重通(or道通)から家康が500貫で買ったとされる。
稲葉江の金象嵌銘「天正13年」以降で、稲葉の者と家康が接触するなら、京都で文禄三年以降の可能性が高い。
この年から家康の京都滞在期間が長くなり、稲葉重通に姉妹が嫁いでいる吉田兼見の所を家康が何度か訪れているためである。


文禄4(1595)年(53歳)
 秀次事件。
 三男秀忠が秀吉の養女?お江(信長の姪)と結婚。
慶長3(1598)年(56歳)
 秀吉(61歳)、没。

●大典太光世
秀吉→家康と移動した説があり、これ以前に家康が所有か?
家康所有の場合、慶長12年に息子秀忠へと移っただろう。
●童子切安綱
同上
ただし、童子切には家康→秀康と移動した逸話もある。
●江雪左文字
板部岡江雪斎が家康に進上した時期は不明。
北条氏の再興が成った前後ではなかろうか。
家康存命中に息子頼宣(よりのぶ)の所有となる。
●太閤(しゅらく,聚楽)左文字
秀吉存命時と没後のどちらかに家康へ移動。
慶長3年より前or南泉一文字と同時(慶長16)、のどちらかである。
秀吉は家康の屋敷へ8回も「御成(おなり)=訪問」をしているため、
数多く(16振以上)の刀剣が秀吉→家康と動いているはずだが、
その詳細は不明。

慶長5(1600)年(58歳)
関ヶ原の戦い:毛利輝元(石田三成)VS徳川家康

●稲葉江
関ヶ原に向かう前、
家康が甲冑,采配とともに稲葉江を秀康に渡したとされる。
以後、秀康の子孫が継承し、津山松平家に伝わる。

●鬼丸国綱
本阿弥は秀吉から預かった鬼丸の処遇を家康に聞いている。
聞いた時期は、この慶長5年と元和元年の2バージョンがある。
家康はどちらも本阿弥家に預けたままとした。
所有していても手元には置いていないパターン。
●毛利藤四郎
関ヶ原の戦い前に毛利輝元→家康と移動したとされる。
時期は不明だが、家康は池田輝政か、その孫の池田光政に与えた。
●獅子王
関ヶ原後に斎村政広(さいむらまさひろ)から家康が没収したとされる。
時期は不明だが、家康は源頼政の血を引く土岐家に与えた。
●太鼓鐘貞宗
前の所有者毛利(小早川)秀包(ひでかね)の没年が慶長6年。
関ヶ原のときに秀包は西軍に属しているため、家康への移動はその後か?
以後、病没まで所有。
●宗三左文字
慶長6年に秀頼から家康に。
以後、病没まで所有。
●物吉貞宗
慶長6年に秀頼→家康と動いた「貞宗」か?とされる。
●九鬼正宗
関ヶ原後に九鬼守隆が家康に献上したとされる。
正確な移動時期は不明。
家康の形見として頼宣(紀州徳川家)に与えられたという情報があるが、遺品リストにはない。
病没まで所有か?



慶長8(1603)年(61歳)
 征夷大将軍となる。
 孫の千姫(6歳)が秀頼に嫁ぐ。
慶長10(1605)年(63歳)
 三男秀忠、征夷大将軍となる。

●包丁藤四郎
息子秀忠が家康に進上。
その前に上杉景勝が秀忠に進上しているため、家康への移動は秀忠将軍就任後だと思われる。
以後、病没まで所有。

慶長12(1607)年(65歳)
 駿府に正式に移住。
 └この時点で銘入りの由緒ある刀剣は息子達に譲った?
 次男秀康(33歳)、死去。

●大典太光世
●童子切安綱
家康から秀忠へと移動か?

慶長16(1611)年(69歳)
 二条城で秀頼と会う。

●南泉一文字
慶長16年3月28日に秀頼→家康と移動。
以後、病没まで家康所有。

慶長18(1613)年(71歳)
 池田輝政、病没

●三郎国宗
池田輝政がこの年に病没しているため、これ以前に家康の元に移動。
文禄3(1594)年に家康の娘督姫が輝政に嫁いでいるため、1594〜1613年の間に移動した可能性が高い。

慶長19(1614)年
 大坂冬の陣:幕府VS豊臣
慶長20/元和元年(1615)年(73歳)
 大坂夏の陣→豊臣、滅亡

●骨喰藤四郎
大坂の陣の後、本阿弥が探し出して家康に届けたのは確かっぽい。
しかし、家康が受け取るのと受け取らないのと2パターンの話がある。
大坂の陣の後に本阿弥が進上した刀剣は『駿府御分物刀剣元帳』に「号つき」で複数載っている。
清水藤四郎や大左文字などはあっても、骨喰の号はない。
そのため、家康は所有しておらず、本阿弥→秀忠と移動したと思われるが、一応、載せておく。
●一期一振、鯰尾藤四郎
夏の陣で焼けたが、回収されて再刃。
元和元年12月11日の奥付けがある埋忠寿斎の刀絵図に再刃後の姿があり、その時点までは京にあったらしい。
家康の発病は翌元和2年正月下旬。
尾張の犬山城にとどめられていたとの話もあり、病没前に家康に届いていたかどうかが不明。
2振とも尾張徳川家に分与。

元和2(1616)年(74歳)
 家康、駿府城で死去

●薬研藤四郎
宗三左文字とともに家康から秀忠へと譲られたと記す逸話はあるが、日記史料で秀忠の所有が確認できるのは宗三のみ。
●愛染国俊
家康が森忠政に与えたとされるが疑問視されている。
●小竜景光
秀吉と家康の所有伝承があるが大いに疑問視されている。
●大倶利伽羅
家康所有を記す史料はないが、拵から家康所有説?が出されている。

以上、現段階でのとうらぶの家康所有刀の所有時期である。
所有時期は南泉一文字のみ一次史料(駿府御分物刀剣元帳,書状他)で確認でき、他の刀剣は明確ではない。
家康所用伝承ありの「拵(こしらえ)」を有するのは、物吉、ソハヤ、江雪の3振。
(大倶利伽羅の拵も家康所用説あり)
刀剣乱舞に家康所有刀剣が増えたら、追加する予定。
江戸城イベントで「初実装」される刀剣は、途中まで「家康が(短期間)所有」した刀剣に限られていたが、現在は家康所有がない刀剣も実装されている。




○家康の所有刀剣全てを確認する場合はこちら
徳川家康の所有刀剣 https://privatter.net/p/3925704

○回想他で家康に触れる刀剣について
ソハヤ,物吉,包丁と徳川家康についての諸情報(刀剣乱舞用) https://privatter.net/p/2056910

○ソハヤノツルキに関する史料&情報
ソハヤノツルキウツスナリに関する史料 https://privatter.net/p/1738424
ソハヤノツルキウツスナリについての諸情報 https://privatter.net/p/2692990
ソハヤノツルキウツスナリ(伝光世作)についての基本情報と諸検討 https://privatter.net/p/3298034
「ソハヤノツルギと大典太についての一考察」の抜粋ほか https://privatter.net/p/3437404

○南泉一文字の史料&情報
南泉一文字の史料,拵と尾張徳川家の刀剣 https://privatter.net/p/3362684

○物吉貞宗の史料&情報
物吉貞宗の由緒と拵+封印について https://privatter.net/p/1583579

○徳川家康の簡易年表
徳川家康簡易年表 https://privatter.net/p/2235481


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