@satomi8429
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「陛下の出陣を取りやめろとはどういうことだ!」
「年端もいかぬ貴様ごときが陛下に進言など笑わせる」
「今上皇帝陛下は神童であらせられたお方ぞ!」
「そうだ、必ずや紅南国を勝利に導く、朱雀神に選ばれしお方だ」
鼻息荒く、ほうぼうから反発の怒声が上がる。一方で、重臣たちの一部は何とも言えぬ表情で口を一文字に結んでいる。
「度重なる不敬をご容赦願い申し上げます。なれど、どうかお聞き届けくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
張宿は今一度頭を垂れてから、星宿に視線を戻した。
「今上皇帝陛下は神童であらせられる。それは私も存じております。朱雀神の守護するこの紅南の地が、他国に蹂躙されるなど、あって良いはずがない」
星宿は伏し目がちに張宿の視線を受け止めた。
「ですが、戦場は戦場でございます。刃が飛び交い、槍が交錯し、爆薬が仕掛けられ、火焔が街を飲み込むのが戦場です。さらに、敵国の青龍七星士は特殊かつ強力な能力を操る集団でございます。雷を自在に操る者、特殊な飛び道具で人体を貫く者、策略に長ける一方、気弾を操り接近戦も遠隔攻撃も可能な者」
目に見えるように説明する張宿の言葉に、無言となった役人たちの顔が青ざめていく。先程熱を帯びたばかりの儀式の間に、重い沈黙が垂れ込めた。
「人間は心の臓を穿たれれば生きてはいられません。そして、戦場に絶対はないのでございます」
皇帝も人間である、と。そして人間である以上、戦場での生死は誰にもわからないと、張宿は必死の思いで訴えた。力を入れるあまりに顔がかっと熱くなり、不本意なことに下まぶたがじわりと滲んだ。
「張宿よ、そなたの言い分はわかった」
早朝のつめたい泉のように澄んだ声が遮った。
「しかしそれでも、私は軍を引かねばならないのだ」
わがままを言う子を宥めるような、ひどく落ち着いた声音に心がざわめく。
(まだだ)
感じる焦りを、理性が制する。
(まだ。ここからだ)
張宿は床についていた片膝を伸ばすと、立ち上がって続けた。
「畏れながら皇帝陛下、失礼を承知で申し上げます。陛下はまだお世継ぎをお持ちにならざる身、陛下にもしものことがあれば、紅南国はお終いです」
「今も戦場で、余の国のために戦って散っていっている民がいるのだ」
「しかし!」
「私だけがのうのうと宮殿に座しているわけにはいかぬ。民が命をかけて国を護っているのなら、私も命をかけて民の平和を守る義務があるのだ」
星宿が冷静な口調で返し、張宿が食い下がる。
「陛下は避難をされるべきです!なんとしてもお命を繋ぎ留められ、皇后陛下とお生まれになる皇太子殿下とともに次の時代をお作りになることが、真の民へのまごころとなりましょう」
(行ってはいけません)
「陛下!」
(どうか、星宿様……!)
「もう良い」
(星宿様に、死んでほしくないんです)
「陛下の行軍を、今すぐ中止してください!どうか……お願い申し上げます」
本当の想いを胸に隠し、表向きの言葉を繰り返す。既に張宿の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。冷静であろうと思っていたのに、感情が高ぶるにつれて涙が勝手に溢れてくるのだ。
「星宿様は、っ……!」
とっさに飛び出そうになった言葉を、張宿はかろうじて飲み込んだ。
『民と心中なさるおつもりですか』
『それは、星宿様の自己満足ではないんですか』
星宿様はお優しい。
自分たちが帰ってきた際、彼は言ったという。
我々ひとりひとりが立たねばならぬ、と。
たとえ勝算がなくとも、最後まで諦めないと。
その言葉は、半分本当で半分嘘だ。
現実的に考えて、追い詰められた小国はこのまま転がり落ちるだろう。奇跡でも起きない限り。
勝算がない時、未来のために逃げるという選択肢はあって然るべきである。過去の歴史を振り返っても、そのようにして命をつなぎ、国として復活した例はいくつもある。
勝算がないから玉砕覚悟で突撃するのは、諦めているのか?いないのか?
国の主が自ら戦場に赴き、万にひとつの奇跡を信じ、救世主の降臨まで時間を稼ぐのは是か?否か?
お優しい星宿様。
おそらく今、あなたは生まれて初めて、思いのままに生きようとされているのですね。
国のためにと自分を抑えてきた十余年。せめて最後くらいは、自らが愛する者の盾になりたい、と。そうして命を投げ出すことを、命を燃やし尽くしてでも愛する者のために生きることを許されたい、と。
伝わってしまうだけに、切なかった。
なにも願うことが許されなかった星宿様が最後に願った願いならば、叶えてほしいと心から思う。熱い涙が頬を伝う。
でも。
ごめんなさい、星宿様。
それは、断じて、看過できない。
「陛下、」
顔を上げ、呼び名を正し、更に言葉を繋ごうとしたその時、星宿は張宿から視線を外して役人のひとりに命じた。
「そこの者!」
「は!」
「この者は国のために戦い負傷した英傑である。心して、丁重に部屋まで送り届けるように」
「承知しました、皇帝陛下」
「他の者は引き続き儀式を執り行う。今も戦場で戦っている者がいる。急ぎ儀式を完了するのだ」
「御意」
「星宿様……皇帝陛下!」
「張宿」
星宿は、戦が目前にある国の主とはとても思えない穏やかな表情で、張宿の目線に屈みこんだ。
「まだ体は辛いのだろうに……このような諫言を私にしてくれるのはそなたくらいだ。国と、それから私自身への想いやりに感謝する。私は七星士として、そなたや皆とともに戦えることを誇りに思うよ」
腰を落とし、張宿の頭に己の手を当て星宿が静かに笑んだ。その勇気に。そして友情に。心からの感謝を。
星宿の凪いだ視線に、張宿の背をえもいわれぬ嫌な感じが走った。
「……陛下?」
「ありがとう、張宿。そなたは息災で」
早く元気になるんだぞ、と冗談めかして言い置いて、星宿は祭壇へと踵を返す。
「さ、張宿様。参りましょう」
先ほどの年若い役人がそういいながら、追い縋ろうとする張宿を引きはがす。
「星宿様、星宿様……!」
仲間の名前を連呼しながら、張宿は自分の無力を感じた。
扉の外は、さっきと同じ平和な風景が広がっていた。何もなかったように。
やや傾いた西日が頬を刺す。
「張宿様、大丈夫ですか」
丁重に、しかし強引に張宿を引っ張っていた役人が遠慮がちに声をかけた。我に返った張宿は、毅然と返すことに決めた。
「すみません、お手間をかけて。私は大丈夫です。部屋へは一人で行けますから、あなたは儀式にお戻りください。」
「ですが」と、役人が慌てる。皇帝陛下直々に丁重に部屋まで送り届けるようにと仰せつかったのだ。任を途中で放り出したとあれば、斬首ものだとでも思ったのだろう。
「陛下をお守りするのが臣の務め。私に構わず、あなたはあなたの仕事をまっとうしてください」
胸中を察した張宿はつとめて穏やかに言った。
「あなたにご武運がありますように」
役人が行ってしまうと、廊下に誰もいないことを確認した張宿は、とうとう膝から崩れ落ちた。忘れていたが、おそらく血が足りていないのだろう。頭がぐらりと回転し、かろうじて両手を床につく。と、体重を支えかけた左腕が悲鳴を上げ、張宿は歯を食いしばったまま床に転がった。どんなに吸っても息苦しいので、自然呼吸が早くなる。
庭に潜んで気配を消し、一部始終をうかがっていた井宿が駆け寄った。
「張宿、しっかりするのだ。オイラなのだ」
がばと背中に腕を回すと耳元でささやく。
「井宿さん……やっぱり、駄目でした。力及ばず、すみません」
後は、大臣たちの判断に任せるしかない。苦いものを含んだように沈黙を守っていた、星宿様を幼き頃からよく知る老大臣たちが、星宿様へ働きかけてくれることを期待するしか。
「張宿はよくやってくれたのだ。ともかく今は部屋に戻って」
言いかける井宿の腕を、張宿がきゅ、と掴んだ。
それはそれとして、こちらも手は打っておかねばならない。息を切らしながらも、張宿の目はぎらぎらと強い光を放っていた。
「井宿さん……すぐに、次の作戦に、とりかかってください。……星宿様、を」
「わかったのだ」
井宿は張宿を背負うと、気配を消したまま、足音をほとんど立てずに廊下を駆け去った。
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